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第一部

パン屋さんのお仕事 2

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「俺は!!!リオンさんの恋人でも、お嫁さんでもありません!!!!!!」


ざわざわとしているお店全体に聞こえるように、お腹の底から声を出す。


すると、お店がシンと静まり返った。


「「「「「そうなの………?」」」」」


俺がリオンさんをジトッと見つめると、俺の視線をたどり、お店にいる皆がリオンさんの方を向く。

傍観者としてニコニコしていたリオンさんは、その笑顔を崩さないまま、
やっと口を開いた。


「そうですね。恋人……ではないかな。
タケルは、昨日倒れているところを拾ったんだ。
記憶喪失で色んなことを忘れちゃってるから、この町に慣れるまで、ここで働いてもらうことにしてます。みなさんよろしくね。」

「よろしくお願いします。タケルです。この子はコメという名前です。皆さんと仲良くなれたら嬉しいです。」


自己紹介をと思い、コメをポケットから出して、一緒にお辞儀をする。


「そっかぁ!早とちりだったか!!!」

「昨日、お店が開いてなかったのはそれでか!!」

「リオンもついに結婚かと思ったのにねー。残念だわ。」

「記憶喪失?大変ね。なんでも教えるわよ!」

「コメちゃん?あんまり見たことない小鳥ね!可愛いわ。」

「じゃあ!歓迎会だ!!歓迎会!!!歓迎会しよう!!」

「はぁ。どんだけ宴会したいのよ………。」



皆さん思い思いのことを言っているが、歓迎的な感じだ。


良かった。これから楽しくやっていけそうだ。




ホッと安心していると、お母さんと手を繋いでいる一人の5才くらいの女の子が、リオンさんに話しかけた。




「えーっ!リオンお兄さん!私、リオンお兄さんはタケルお兄さんと好き好き同士だと思ったのに……。倒れていたところを助けるなんて、絵本に出てくるお話みたいだよ!「運命」じゃないの?」

「ちょっと、アンナ。やめなさい、リオンさんが困るでしょう。」

「…でも、お母さんもお兄さんたちの噂聞いて、はしゃいでここまで来たんでしょ?」

「くっ……そうだけど……。」



「運命、かぁ……。あのね、アンナちゃん、恋人、じゃないんだ。今のところはね。」

「そっかぁ。」

「うん。わかってくれた?」














………ええええぇぇーー?




い、今のところ…………?









リオンさんの爆弾発言で、お店がものすごく騒がしくなったのは言うまでもない…………。


リオンさん、実は結構いたずら好きだったりする…………?








今日は、とても疲れた…。





初めてのパン屋さんの仕事を終えて、日が沈んだ頃。
俺は二階のリビングでリオンさんと夕食を食べた。



お店を閉めたあとも、リオンさんは明日のパンの仕込みがあったので、何ができることがあればと、野菜炒めを作った。
いつも自分で作ったものは自分一人で食べているので、リオンさんに食べてもらうのは、何だかむず痒かった。




今、皿洗いはリオンさんがしてくれているので、俺はコメとソファーでだらだらと遊びながら今日のことを振り替える。




この町の人は、皆さんスーパーにパワフルだ。

でも、温かい人ばかりで、俺のことを歓迎してくれた。

仲良くなれなかったらどうしようかと思っていたけど、馴染めそうで安心した

必死すぎて名前はまだ覚えられていないので、徐々に覚えていきたいなぁ…





「タケル、今日は一日お疲れさま。この仕事はやっていけそう?」


後片付けを終えたリオンさんがマグカップを2つ持ってきて、隣に座る。1つを礼を言って、受け取る。

「はい。この町の人たちは元気な方ばかりですね。」

「みんな、タケルが来てくれて、舞い上がっていたんだよ。」

「そう、でしょうか。……俺、これからこの町のこと、皆さんのこと、どんどん知っていきたいです。それに、パンのことも、もっと知りたいです。…………リオンさんの役に立てるように。」



俺がそう言うと、リオンさんは本当に嬉しそうに目を細めた。




その表情を見たとき、鼓動が一際大きく跳ねた。

鳩尾辺りがキューッと絞られるようで、目を合わせてられなくなって、思わずうつむいてしまう。



「……。タケルは、本当にいい子だね。…………分かった。
まずは、週末に材料を仕入れに行くから、それを一緒に行こう。」


頭に感触があって、頭を撫でられているのだと分かる。


心臓は、速くなったまま鎮まってくれない。
自然と頬に熱が集まってきてしまう。






どうしよう…。


リオンさんのことが…………。




…………駄目だ。


まだ、大丈夫、違う。




この世界に来たばかりで、だから、リオンさんが助けてくれたから、それで、





この世界に来てまで、失恋するのは、……嫌だ。






色んなことをぐるぐる、ぐるぐる考えてしまって、

小さな声で、「お願いします。」というのが精一杯だった。
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