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スクナビコナとアマカニ合戦④―キジヒメの怒り!その原因はやはり“やつら”か!!―

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『…ケーン、ケーン……!』
『だんだん声が大きくなってきたよ』
「やっぱりキジみたいだな」

 声のするほうへと近づくにつれて、キジのものと思われる鳴き声がけたたましく聞こえてくる。

『…あれは……?』
『…あっ!』
「…やっぱりキジだったか……」

 走っているスクナビコナたちの視線の先にはケーン、ケーンと鳴きながら忙しく動き回っているキジの様子がはっきりと映る。

「…おい、お前は何をそんなに動き回って…、あっ!」
『ああっ!』
「…お前は、…キジヒコ!」
『失礼ね!私はキジヒメよっ!』

 キジヒメはスクナビコナの言葉に茶褐色の両翼を広げて、胴体に打ちつけて、ブルブルと羽音を立てながら抗議する。

「…キジヒメってことは…、お前は女なのか?」
『そうよ!私は夫のキジヒコと交代であなたたちのことを監視しているの!はじめにあなたたちに声をかけたのは夫のほうだったけど、今は私があなたたちの見張り役よ!だいたいキジのオスとメスでは外見にはっきりとした違いがあるのよ!そんなことも知らないのっ!』

 キジヒメは激しく興奮しながらまくし立てる。

「…そうか……」
『なんかキジヒコに会ったのはずいぶん昔のことだった気がするね』
「ああ、確か僕たちが最初に地上に降りてきた直後に会ったんだよな」
『ふんっ!言っとくけどあのときから今に至るまでずーっ、とあなたたちのことは監視し続けてるんだからね!たとえ私たちの姿が見えなかったとしても、あなたたちは常に見張られているのよ!』
「その割には、さっきは僕たちのことはそっちのけで慌ててたみたいだけどな」
『うっ、うるさいわね!だいたいあなたさっきから私のことを〝お前〟呼ばわりするなんて失礼よ!私はキジヒメという名前のれっきとした女性なのよ!夫でもないあなたにお前なんて呼ばれる筋合いはないわ!』

 キジヒメはヒステリックな調子でスクナビコナに対して怒りまくる。

「…そ、そりゃあ悪かったな……」

 そのあまりの剣幕に押されて、スクナビコナは謝ってしまう。

『ふんっ!あなたたちがちょっとでも悪いことをしたら、すぐに高天原に報告することだってできるんだからね!』
「おいおい、僕たちは地上に降りてから今に至るまでやましいことなんて一つもしてないぞ」
『あらあ、そうかしら。ネコを退治したときはチュルヒコを危険にさらしたんじゃない?』

 キジヒメは嫌味っぽい調子でスクナビコナに言う。

「でも結局チュルヒコはちゃんと生きてるだろ?結果がよけりゃ全てよし、だよ」
『ふふん、そんなことじゃあまたあなたたちは危険な目に会うわね。命がいくつあっても足りないわよ』
「僕は〝危険〟なんていくらでも大歓迎さ。全部まとめて乗り越えてやる」

 スクナビコナはキジヒメの皮肉めいた言葉に対してもあくまで楽観的である。

『…ぼ、僕はなるべくなら危険な目には会いたくないんだけど……』
「何言ってんだよ、チュルヒコ。冒険に危険はつきものだ」
『でも何も自分から進んで危険な目に会いに行くことはないんじゃあ……』
「お前まだそんなこと言ってるのか…。そんなんじゃあ地上で生きていけないぞ」
『…そうかなあ……』
『…あ、あの……』

 スクナビコナたちの会話にカニヒコが始めて割って入る。

「ん、なんだ?」
『何?』
『言いたいことがあるの?』

 そんなカニヒコにその場にいた全員の注目が集まる。

『…い、いや…、その…、一つ気になったことが……』

 突然その場の注目を一身に浴びて、カニヒコは戸惑う。

「なんだよ?遠慮せずに言ってみろよ」
『…は、はい……』

 スクナビコナに促がされてカニヒコは話し始める。

『…そもそもなんでキジヒメさんは僕たちが来たときにあんなに騒ぎ回っていたんですか?』
『ケーン!すっかり大事なことを忘れてたわ!』

 カニヒコの言葉を聞いて、キジヒメは大声で叫ぶ。

『スクナに挑発されて変なことばかり喋っちゃったじゃない!』
「なんで僕のせいなんだよ!先にあれこれ因縁をつけてきたのはそっちだろ!」
『ふん、まあいいわ。私はもうあなたの挑発になんて乗らないのよ。これ以上あなたにこちらの調子を乱されたくないから』
「…なんか嫌な言い方するよね……」
『…ふーっ、気持ちを落ち着けて…。私が騒いでいたのは…、そう、ここに置いてあった私の大事なキビダンゴが盗まれたからなのよ!』

 そう言うと、キジヒメは地面を足で示して、〝食料〟が置いてあった場所をアピールする。

「キビダンゴ?」
『そうよ!キビダンゴは私のこの世で一番の大好物なのに!高天原からわざわざここまで口の中に入れて持ってきたのに!ここに帰ってきて食べるのを楽しみにしていたのに!それなのに!ケーン!』

 キジヒメはキビダンゴのことを説明しながら怒り狂う。

「…そうか、…でもそんな場所に食べ物を置いておくなんてあまりにも無用心過ぎるんじゃないの?」
『う、うるさいわね!あなたいちいち私の神経を逆なでして、本当にけんかを売っているつもりなの?』

 スクナビコナの言葉を聞くやいなや、キジヒメは激高する。

「…もうこれ以上不毛な口論をするのはお互いによそうよ。…さあ、話を続けて……」

 スクナビコナは呆れ気味に言う。

『…ふん、わかったわよ。私がこの場所に帰ってきたときにはすでにキビダンゴはなかったの。そのことに気づいた私はすぐに辺りを見回してみたわ。すると遠くのほうに二つの小さな影が見えたの。私はそいつらが食べ物を盗んだんじゃないかと直感して、すぐにあとを追いかけたわ。でもそいつらは予想以上に逃げ足が速くて、しかも森の中に逃げ込んじゃったの。だから結局完全に姿を見失っちゃったのよ…!ああ、今思い出しても悔しい!』

 キジヒメは忌々しげにキビダンゴを盗まれた後の状況を語る。

「…その逃げたっていう二つの影のことをもっと具体的に話せないかな?」
『ああ、二つの影ね。…かなり遠くから見たんだけど…。確か影は二つともかなり小さくて、一つは二本足で走っていて黒、もう一つは四本足で走っていて灰色だったわ』
「ああ、それだけ情報があれば十分だ。影の正体がわかったよ」
『アマノジャクとドブヒコだね』
『アマノジャクとドブヒコって…。何度かあなたたちとも因縁があるあの……?』
『そう』
「ほんっと、あいつらは何かと僕たちの行くところに絡んでくるんだよね」

 スクナビコナは多少うんざりしたような調子で言う。

『…そう…、じゃあ結局そのアマノジャクとドブヒコが〝犯人〟ってことで間違いないのね』
『うん、間違いないよ』
「ちなみに僕たち、あいつらがどこに住んでるかも知ってるよ」
『なんですって!』

 スクナビコナの言葉を聞いてキジヒメは再び興奮し始める。

「なんだ、知らなかったのか。僕たちはあいつらのすみかにも直接行ったことがあるのに」
『う、うるさいわね!私はあなたたちを自分だけで見張ってるわけじゃない、ってさっき言ったでしょ!』
「ふーん。んであいつらの家がある場所を知りたいの?」
『当たり前よ!』
「知ってどうするの?」
『決まってるでしょう!あいつらのすみかに行ってキビダンゴを取り返すのよ!私は食い物の恨みは永遠に忘れない女なのよ、ケーン!』
「…悪いけど盗まれたキビダンゴはもうすでに食べられちゃってるかもしれないよ?あいつらがその気になれば食べ物なんていつでも食べることができるわけで……」
『…ケ、ケーン!そうだとしても私はあいつらに復讐したいのよ!このままじゃあ私の気が収まらないわ!』

 キジヒメは少し動揺した様子を見せながら、言う。

「そうか!だったら一つこちらから提案があるんだけど……」
『テイアン?…どんな?』
「ここにいる僕たちといっしょにアマノジャクとドブヒコに〝復讐〟したらいいじゃない?」
『あなたたちと?』
「そうさ!僕たちもあいつらをらしめたいと思ってるんだ。あいつらはこの辺りじゃあ頻繁に悪事を繰り返してることで有名なやつらなんだ。だからこの機会にもう二度と悪事をする気にならないくらいに罰を与えてやりたいと思ってるのさ」
『…ふうん……』
「つまり僕たちもあんたもあいつらを懲らしめたいわけだ。だったらいっしょに協力することになんの問題もないだろ?」
『…あなたたちと私が協力する?』
「そういうこと。力を合わせてあいつらにきつーい罰を与えてやろうよ!」

 スクナビコナはキジヒメに〝共闘〟を持ちかける。

『…嫌だわ……』
『協力してくれないの!…なんで?』

 チュルヒコはキジヒメが提案を拒絶したことに驚く。

『私はあなたたちを監視する立場なのよ!そんな私があなたたちと協力なんてできるわけないでしょ!』
「僕たちの仲間になってくれないの?」
『当然よ!』
「…ふう、頑固だな…。じゃあ僕たちのためには協力してくれなくていいよ。ただ代わりに……」
『…代わりに…、何よ……?』
「ここにいるカニヒコのために力を貸してよ」

 そう言うと、スクナビコナはすぐ隣にいるカニヒコのほうを両手で示す。

『…このカニのために……?』

 突然の話にキジヒメは戸惑う。

「このカニヒコにはアマノジャクたちとの間に浅からぬ因縁があるんだ。さあ、カニヒコ、話すといいよ。あいつらとの間に何があったのかをね……」

 スクナビコナはカニヒコに話をするよう促がす。

『わかりました。ではキジヒメさん、僕の話を聞いてください……』

 こうしてスクナビコナは自分と自分の母、そしてアマノジャクとの間に起こった出来事について話す。

『お願いです!キジヒメさん!僕は母の仇を討ちたいんです!ぜひあなたの力を僕たちに貸してください!』

 そして話を終えたあと、カニヒコは頭を下げながらキジヒメに助力を懇願する。

『…ふう、しょうがないわね…、いいわよ……』
『えっ、じゃあ!』
『ええ、あなたたちに力を貸してあげるわ』
『やった!ありがとうございます!ありがとうございます!』

 カニヒコは嬉しそうにそう言いながら、キジヒメのほうに向かって何度もペコペコと頭を下げる。

『…まあ、あなたのお母さんのことに比べたら、私のキビダンゴの問題なんて本当に小さなことだからね……』

 キジヒメはカニヒコの境遇に深く同情している様子を見せる。

「よしっ!とにかくこれでキジヒメは僕たちの仲間になったってわけだ!これでカニヒコの仇討ち達成に一歩前進ってところだ!もちろんキジヒメのキビダンゴもまだ取り返せる可能性はあるぞ!」
『ふん!言っとくけど、私はあなたに力を貸すんじゃないわよ!あくまでもカニヒコに協力するんだからね!私はカニヒコのことを気の毒に思って……』
「そんなことはいちいちこだわらなくてもいいよ!とにかくキジヒメは僕たちの仲間になった。それで十分だろ!さあ、次は当初の予定通りにズミの穴に行くぞ!」

 こうしてスクナビコナたちはキジヒメをも伴い、ネズミの穴へと向かって歩き始めるのだった。
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