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第6章 後藤茉莉編
第3話 自分を殺さないで
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マリさんの部屋のドアを叩く。
「マリさん、話があるんだ」
ドアが開き、マリさんが出てきた。
「中へ入って」
部屋の中へと入る。思えば、女子の部屋って初めて入るな。見渡すと、死亡扱いの五人の遺品が少しずつ置いてある。
「どうしたの?」
「……その……、中野先生に聞いたんだ、脳みそを集めることまではしていないって……」
「そう、あれはウソ……」
「じゃあ、他の五人の人格っていうのも……」
「それもウソ……。全部私が演じてたの」
「やっぱり……」
「あんまり意外そうな顔はしてないのね」
「違和感があったんだ。ほら、エリちゃんの想い出の話で、セミの鳴き声……」
「ミーンミーンって?」
「僕らのところではセミはミーンミーンとは鳴かないんだ。アブラゼミだからね。ジリジリって鳴くんだよ。
だからエリちゃんの記憶ではないのかなって」
「その通り、エリちゃんからは幾太君のことはたくさん聞いてたわ。中等部のときに。花火の話も、結婚の約束の話も」
「どうして、そんな……って言わなくてもだいたい分かるよ。五人のやり残したことを叶えるため、だよね?」
「そう、事故で私一人だけ生き残って……。すごく申し訳ないと思うの。
みんなの体を使って私一人だけ……。みんなの体だからみんなのために使わないと」
「それは……分かるけど。でも、それに縛られてたらダメじゃないかな。前に言ってたよね。『事故でショックを受けている後藤茉莉を演じないといけない』って。だからって、亡くなった人まで演じる必要はないんじゃない。そもそも、『事故でショックを受けている後藤茉莉』も演じる必要はないんじゃないかな?」
「でも……」
「今まで、プライベートな時間は五人のために割いていたんだよね。これからは全部自分の時間として使ってもいいんだよ。いや使うべきだよ。
亡くなった五人のやり残したことを叶えたいって言ってたよね。五人のやり残したことはまだ一つ残っているよ。
「……?」
「それは、生き残った後藤茉莉さんに幸せに生きてもらうことだよ」
マリさんはそんなことは考えたこともなかったというような顔をした。
「僕の記憶の中の小学校時代のエリちゃんなら、きっと『あたしのことは気にしないで』っていうと思うよ。それは、マリさんの中のエリちゃんでもそうじゃないかな? 前にマリさんが演じていたエリちゃんは『みんなには自由に生きてもらいたいの』って言ってたよね。これはエリちゃんが言いそうなことなんだよね。僕とマリさんの中のエリちゃんは同じことを言うんだよ。
エリちゃんだけじゃない。先輩たちもみんな優しい人じゃないか。みんな自分の意見を殺して周りの人の期待に応えるような人たちだよ。きっとマリさんが先輩たちに気兼ねしていると気分が悪いんじゃないかな。それこそ成仏できないっていうか。せっかく生き残ったのに、まるでマリさんだけが死んでるみたいじゃないか。
だから、ね、今度は『事故で亡くなってしまった人の代わりに幸せな人生を送る』後藤茉莉を演じてみないかい」
マリさんは困惑している。どう振る舞っていいのか分からないのだ。
「難しく考えることはないよ。やりたいことをやれば。僕も協力するよ。
たとえば、ほら、文芸部に入るのもいいんじゃない? 堀戸さんも待っているよ。明日部室へ行ってみようよ」
「……そうね。行ってみようかな」
「はい決まり! きっとみんなも喜ぶよ」
「幾太君、協力してくれるっていったよね?」
「はい?」
「先輩たちの……先輩たちのやり残したことはこれでもういいとして。エリちゃんのやり残したことだけは叶えたいの」
「えっと、頭の片隅でいいから覚えておいてほしいっていうやつかな?」
「それじゃなくって」
「えーと、結婚の約束をキャンセルして欲しいだっけ?」
「それより前」
「……大きくなったら結婚するってやつ?」
こくんと頷くマリさん。
「えっと、そ、それは……まだ考えるのは早いんじゃないかな……」
「協力するって言ったじゃない! 責任とって!」
「ええーー!」
頬を赤く染め、ポカポカと僕を叩くマリさん。きっとこれが素の後藤茉莉なんだろう。
事故のあとは学校でいつも陰鬱な顔をしていたマリさんは明るさを取り戻した。
それが演技なのかどうかは分からない。
マリさんの体の傷痕に引いていたクラスメイト達だったが、時間がそれを解決してくれた。慣れてしまえばそれが日常だ。マリさんの方からも話しかけるようになったためクラスメイトとも打ち解けるようになっていった。
学園で唯一の男性である僕は、相変わらず女生徒から距離を置かれている。
そんな中でクラスの女子と話しているマリさんの爆弾発言があった。
「私、幾太君と結婚の約束をしているの」
休み時間の教室に驚きの声が響き渡る。
「ねーねー、入江君、本当なの?」
「ねーねー、いつから?」
「ねーねー、結婚式はいつ?」
それまで話しかけられたことのない自分が女子に取り囲まれ質問攻めにされた。
恐怖の対象であった男性が一転無害な存在と認識されたのだろうか。
北極探検の氷砕船のように周りの氷を砕いて距離を縮めた。
この一件以来、僕もクラスの中に打ち解けるようになった。
それまで喋る相手はマリさんだけだったのが、他の子とも話すようになった。
僕がマリさん以外の女子と話をしているときは、マリさんは自分の席で本を読んでいることが多い。
他の誰でもない、マリさんがやりたかったこと。
読みかけだったマリさんの小説が、またページをめくられるようになった。
マリさんが読む物語の先に、僕はどんな風に描かれているのだろうか。
それを考えると僕の心臓は鼓動を早める。
(了)
「マリさん、話があるんだ」
ドアが開き、マリさんが出てきた。
「中へ入って」
部屋の中へと入る。思えば、女子の部屋って初めて入るな。見渡すと、死亡扱いの五人の遺品が少しずつ置いてある。
「どうしたの?」
「……その……、中野先生に聞いたんだ、脳みそを集めることまではしていないって……」
「そう、あれはウソ……」
「じゃあ、他の五人の人格っていうのも……」
「それもウソ……。全部私が演じてたの」
「やっぱり……」
「あんまり意外そうな顔はしてないのね」
「違和感があったんだ。ほら、エリちゃんの想い出の話で、セミの鳴き声……」
「ミーンミーンって?」
「僕らのところではセミはミーンミーンとは鳴かないんだ。アブラゼミだからね。ジリジリって鳴くんだよ。
だからエリちゃんの記憶ではないのかなって」
「その通り、エリちゃんからは幾太君のことはたくさん聞いてたわ。中等部のときに。花火の話も、結婚の約束の話も」
「どうして、そんな……って言わなくてもだいたい分かるよ。五人のやり残したことを叶えるため、だよね?」
「そう、事故で私一人だけ生き残って……。すごく申し訳ないと思うの。
みんなの体を使って私一人だけ……。みんなの体だからみんなのために使わないと」
「それは……分かるけど。でも、それに縛られてたらダメじゃないかな。前に言ってたよね。『事故でショックを受けている後藤茉莉を演じないといけない』って。だからって、亡くなった人まで演じる必要はないんじゃない。そもそも、『事故でショックを受けている後藤茉莉』も演じる必要はないんじゃないかな?」
「でも……」
「今まで、プライベートな時間は五人のために割いていたんだよね。これからは全部自分の時間として使ってもいいんだよ。いや使うべきだよ。
亡くなった五人のやり残したことを叶えたいって言ってたよね。五人のやり残したことはまだ一つ残っているよ。
「……?」
「それは、生き残った後藤茉莉さんに幸せに生きてもらうことだよ」
マリさんはそんなことは考えたこともなかったというような顔をした。
「僕の記憶の中の小学校時代のエリちゃんなら、きっと『あたしのことは気にしないで』っていうと思うよ。それは、マリさんの中のエリちゃんでもそうじゃないかな? 前にマリさんが演じていたエリちゃんは『みんなには自由に生きてもらいたいの』って言ってたよね。これはエリちゃんが言いそうなことなんだよね。僕とマリさんの中のエリちゃんは同じことを言うんだよ。
エリちゃんだけじゃない。先輩たちもみんな優しい人じゃないか。みんな自分の意見を殺して周りの人の期待に応えるような人たちだよ。きっとマリさんが先輩たちに気兼ねしていると気分が悪いんじゃないかな。それこそ成仏できないっていうか。せっかく生き残ったのに、まるでマリさんだけが死んでるみたいじゃないか。
だから、ね、今度は『事故で亡くなってしまった人の代わりに幸せな人生を送る』後藤茉莉を演じてみないかい」
マリさんは困惑している。どう振る舞っていいのか分からないのだ。
「難しく考えることはないよ。やりたいことをやれば。僕も協力するよ。
たとえば、ほら、文芸部に入るのもいいんじゃない? 堀戸さんも待っているよ。明日部室へ行ってみようよ」
「……そうね。行ってみようかな」
「はい決まり! きっとみんなも喜ぶよ」
「幾太君、協力してくれるっていったよね?」
「はい?」
「先輩たちの……先輩たちのやり残したことはこれでもういいとして。エリちゃんのやり残したことだけは叶えたいの」
「えっと、頭の片隅でいいから覚えておいてほしいっていうやつかな?」
「それじゃなくって」
「えーと、結婚の約束をキャンセルして欲しいだっけ?」
「それより前」
「……大きくなったら結婚するってやつ?」
こくんと頷くマリさん。
「えっと、そ、それは……まだ考えるのは早いんじゃないかな……」
「協力するって言ったじゃない! 責任とって!」
「ええーー!」
頬を赤く染め、ポカポカと僕を叩くマリさん。きっとこれが素の後藤茉莉なんだろう。
事故のあとは学校でいつも陰鬱な顔をしていたマリさんは明るさを取り戻した。
それが演技なのかどうかは分からない。
マリさんの体の傷痕に引いていたクラスメイト達だったが、時間がそれを解決してくれた。慣れてしまえばそれが日常だ。マリさんの方からも話しかけるようになったためクラスメイトとも打ち解けるようになっていった。
学園で唯一の男性である僕は、相変わらず女生徒から距離を置かれている。
そんな中でクラスの女子と話しているマリさんの爆弾発言があった。
「私、幾太君と結婚の約束をしているの」
休み時間の教室に驚きの声が響き渡る。
「ねーねー、入江君、本当なの?」
「ねーねー、いつから?」
「ねーねー、結婚式はいつ?」
それまで話しかけられたことのない自分が女子に取り囲まれ質問攻めにされた。
恐怖の対象であった男性が一転無害な存在と認識されたのだろうか。
北極探検の氷砕船のように周りの氷を砕いて距離を縮めた。
この一件以来、僕もクラスの中に打ち解けるようになった。
それまで喋る相手はマリさんだけだったのが、他の子とも話すようになった。
僕がマリさん以外の女子と話をしているときは、マリさんは自分の席で本を読んでいることが多い。
他の誰でもない、マリさんがやりたかったこと。
読みかけだったマリさんの小説が、またページをめくられるようになった。
マリさんが読む物語の先に、僕はどんな風に描かれているのだろうか。
それを考えると僕の心臓は鼓動を早める。
(了)
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