紫銀の戦乙女

白神 怜司

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Prologue

Prologue Ⅰ MSOの世界へ

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《――ようこそ、AA0001。梛野なぎの 凛空りあ様》

 光の線が走る世界を抜けて、暗闇へ。
 そこで聞こえてきたのは、まるで微笑みを湛えて語りかけるかのような、優しい女性の声だった。

「お久しぶりです、エリュールさんっ」
《おや、お名前を憶えていてくださったのですね。ありがとうございます》
「忘れるわけないよー。だって、わたしにとっても感慨深いもん」

 やっぱりエリュールさん、普通の人間のように思えるぐらい会話も自然だ。
 機械的っていうか、どうしても抑揚がない喋り方しかできなかった頃に比べると、ずいぶんと変わった気がする。

「……ついに、完成したんだね」
《えぇ。凛空様を含めたテスターの皆様のおかげで、ようやく完成しました。運営よりお礼のメッセージを受け取っております。後ほど、メールで送らせていただきます》
「そんなのいいのにー。お礼を言いたいのは、むしろわたし達の方だよ」
《そうはいきません。特に凛空様にはテスターの方々の中でも、様々な実験にご協力いただきましたから。本来ならそれに感謝とお礼の意味も込めて、それなりの装備をお渡ししようと……》
「だめだよー、それはー。わたしだって楽しかったし、ズルはなしだよっ。みんな今日を楽しみにしてるんだし、わたしだけそんなの受け取れないよー」

 確かに私達はテスターとして参加していたけれど、それは私達にとっても凄く嬉しい提案だったからね。

《……かしこまりました》

 渋々って感じで納得してくれたけれど、せっかく今日から始まるのに、わたしだけ特別な装備を持ってたら平等じゃないからね。ここは譲らないよ。

《お使いのアバターですが、今ご利用のアバターをそのまま利用するという事でよろしいですか?》

 エリュールさんの問いかけに、真っ暗な暗闇の中に見慣れているわたしの姿が映し出された。これはいわゆる仮想世界を過ごすための仮の身体――アバター。
 本来なら仮想世界で使うアバターは現実世界での行動に支障をきたす可能性があるから、なるべく類似した体型や顔つきがいいって言われているんだけど、わたしみたいに少し特殊な事情・・・・・・・を持っている人の場合はその限りじゃない。
 現実のわたしをそのままアバターなんかにしたら、ちょっとしたホラーみたいになっちゃうだろうから、ね。

「うん、このまんま。お姉ちゃんにも特徴伝えてあるし、名前もリーリアのままがいいな。それにこのアバターはお姉ちゃんの顔とわたしの昔の写真を基にシミュレートして作った顔だから、変える気はないよ」
《かしこまりました。では、リーリア様。アバターと名前の登録は完了致しましたので――》




 エリュールさんがそこまで言って、暗闇の続くトンネルから光の溢れる世界へと抜け出るように、わたしの視界は真っ白に染まって――――




《――ようこそ、〈Midgard Saga Online〉へ》

 


 ――――世界初となる完全感覚没入型MMORPG、通称VRMMOの先駆けとなるMSOの世界へと足を踏み入れた。







 ◆





 

 頬を撫でる風に、香る草の匂い。
 照り付ける太陽はぽかぽかと温かくて、目を開ければ一面の青空。
 ほんのちょっと前までは絶対に再現できないって言われていた風の感覚や匂いも、風に揺れる草も、このMSOの中ではしっかりとリアルを切り取ってきたかのように再現されている。

 その光景に、ついつい頬が緩んだ。

「――ただいま、わたしの世界」

 一年の内、三六〇日以上をこの仮想世界で過ごしているわたしにとって、仮想世界こそがわたしの世界。現実世界を浮かび上がるモニター越しに見ていないと満足に受け答えもできないからね。
 歩く、跳ねる、スキップする。
 うん、特に誤作動はないみたいだし、正式サービスに移行したからって何かのバグが生まれたりはしていないみたい。

「――凛空……、よね?」
「ん? あ……、お姉ちゃん?」
「……ッ、凛空っ!」

 後ろから声をかけられて、振り向いた途端に駆け寄って抱きつかれた。
 うーん、転びそうになりながらもいきなり走れるなんて、やっぱりさすがだね。

「……ひと目で分かったわ。やっぱり凛空なのね」
「あはは、大袈裟だよー。どう? 大人でしょ?」

 お姉ちゃんの手から離れてくるりとターンしてみせると、お姉ちゃんは目を丸くして驚いた様子を見せてから、微笑んだ。

「ふふふ、凛空は凛空ね。その顔も、やっぱり私に似てるわ」
「そりゃそうだよー。わたしの小さい頃の写真と、今のお姉ちゃんの顔のデータを使って作ったんだもん。そりゃ、リアルだと似てるとは思えないだろうけどね」
「……リアルでも凛空は私にそっくりで、可愛いもの。そんなこと……」
「あはは、お世辞でも嬉しいよ。ありがと、お姉ちゃん」

 現実世界のわたしは、お世辞にも美人なお姉ちゃんとは似ても似つかないと思う。何せわたしの身体は、チューブで送られてくる栄養剤で生かされているだけで、見た目だけなら骨と皮の欠食児童も真っ青な見た目だもの。

 そう、わたしは病気を患っている。
 その病気は多分――ううん、もう絶対に治ることはない。

 小さい頃に、たまたまお父さんとお母さんの知り合いの人にVR技術の日本での大々的な導入に伴って、脳のスキャンとかを体験させてもらったんだけれど、そこでわたしの病気は発覚した。難しい病気で、そもそも発症から二年と保たずに命を落とすような病気みたいだけれど、わたしも詳しいことは分からない。
 ただ、病気の研究に協力する代わりに、わたしにはVR技術の優先的な使用が認められていて、わたしの治療費はVR技術のテスターとして様々な実験に付き合ったり、その感想などを報告する事で報酬がもらえるんだけれど、その全てが治療費に充てられている。
 緩やかに死へと向かっているわたしだけれど、お父さんとお母さんに負担をかけなくていい上に、仮想世界でならわたしはこんなにも自由に生きていられるのだから、こんなに幸せなことってないよね。

 お姉ちゃんとこうして仮想空間で会うのは、これで三度目。
 お姉ちゃんはまだ慣れないキャラクター操作に四苦八苦しながらも、一面に広がる空と草原に心を奪われているかのように目と口を大きく開けていた。

「……すごい。前までとは比べ物にならないぐらい、リアルに近い」
「ふふん、わたしも色々テストに参加したんだよ」
「すごいのね、凛空。それにしても、何もないところみたいだけれど……」
「あ、ここはチュートリアルステージだからね。本当なら一人きりで受けるのがチュートリアルクエストなんだけど、お姉ちゃんはわたしと一緒に受けるんだよ」

 あまりゲームをやらないお姉ちゃんは、どうもチュートリアルがどういうものか分からないらしくて、首を傾げていた。
 操作方法やアイテムの使い方なんかを教えてもらう、要するに「こうすればこうなりますよー」っていう案内を受けるのがチュートリアル。最近多いのだと、ゲームを始めてすぐに戦闘が始まって、そこで操作方法を教えてもらったりする。
 でも、この〈Midgard Saga Online〉こと通称MSOは、世界初のVR大規模多人数同時参加型RPG――VRMMORPGだから、操作方法はもちろん、VR内での行動に慣れる必要もあって苦労すると思う。
 ほんとなら一人一人、一対一で説明を受けるのが普通なんだけど、わたしは今回特別措置を受けさせてもらって、こうしてお姉ちゃんと一緒に受けられるっていう事も説明した。

「初めまして、アリア様。そしてお久しぶりです、リーリア様」

 目の前に現れた、一人――と言っても過言ではない程に自然体な、さらさらとした金髪の若い男性。
 チュートリアルNPC――《ノンプレイヤーキャラクター》――のエリックさんが、私達に向かって微笑みながら声をかけてきた。

「チュートリアルを始めたいと思います。アリア様、準備はよろしいですか?」
「え、えっと、はい。リアは?」
「わたしは付き添いだから、見てるだけだよー。がんばって、お姉ちゃん」

 なんとなく心細そうに眉尻を下げながらも、お姉ちゃんはこくりと頷いた。
 
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