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互いの全力

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「見事だ、一成よ。」


 回復により無傷の俺と、片腕を吹き飛ばされ瀕死のノブナガ。

 本来なら圧倒的に俺の方が有利であるはずが、息を切らし膝に手を付いているのは俺の方である。

 ノブナガはまるでその右腕が元々なかったかのような威厳のある立ち姿をし、腕を失っていてもなお強者として俺の前に君臨していた。


「一国の王に褒められるのは悪い気はしねぇな。」


 皮肉じゃない。

 相手がノブナガだからこそ心からそう思う。


「最後に我儘を言わせてもらって良いか?」


「なんだ?」


「王である前に、グールである前に、1人の男として我の全力を受けてくれ。」


 ノブナガはそう言い、咥えていた鞘に刀を戻し、頭を俯かせて刀の刃を真下に、先程までの抜刀から90度傾けた状態で構えた。

 とてつもなく歪な構え。

 それなのにさっきまでと迫力が違う。


「なら俺も、俺自身の全力で行かせてもらう。」


 男同士、正直これは俺の我儘だった。

 何度攻撃を外したか分からない。

 たった数発のラッキーパンチが当たっただけ。

 何度殺されかけたか分からない。

 レインの回復魔法があったからこそ助かった。

 俺は俺自身の力だけでノブナガと対峙していない。

 過去の王、過去の武人だからこそ、今の俺自身の力がどれほど通用するのか試してみたかった。


 お互い最後の一撃だ。

 たとえ腕が折れようと、喪失感と脱力感に襲われようと、俺自身のあの技を出すしかない。


「行くぞ一成!!」


「来いノブナガ!!」


 俺は【灰の一撃】の速度を上げる為に上空へ飛び上がる。

 空中で静止したタイミングでタバコで一息入れ、ジャンプによって消費した魔力を回復する。

 そして拳を掲げ、掲げた拳を真下にいるノブナガへ向けゆっくりと振り下ろす。


 ただ重力に身を任せ、灰が落ちるように俺もまた落ちていく。

 1度タバコから落ちた灰は残り火を孕みながらゆっくり地面へと突き進み、地面に当たったと同時に崩れ、浸透する。

 灰は風で飛ばされようと、踏み潰されようと、必ず落ちた先に跡を残す。

 その跡は拭おうとすればするほど広がり、更に浸透していくのだ。


「上か。調度良い。この技は上に向けて打たねば、山を喰らうからな。」


 ノブナガは上空の俺に向け、気合いを込めた抜刀を放つ。

 それは刀の刃ではなく、腹の部分で行う抜刀だった。

 今までの空気の圧を飛ばして斬っていた技と違い、飛ばすのは最早空間そのもの。

 簡単に言えば団扇や扇子で風を起こす原理ではあるが、これはそんな次元の話では無い。

 押し寄せた空間は目の前の空間のありとあらゆるものを喰らいながら前方に進み、空気すら無くなるまで食い尽くしている。

 山切が山1つを両断するのだとしたら、最後に放った技は山1つを消し飛ばす山喰。

 ただ、それは使用者の命をも食らっていた。


「フン。流石に利き腕を失った今の我ではこれが限界か。」


 抜刀を放ったノブナガの左腕はだらんと垂れ、刀を握る力すら込められないのか、刀は地面に突き刺さっていた。


「止めてみろ一成。これはかつて一撃で10万の命を食らった技だ。」


 その言葉に嘘はないだろう。

 放たれた技越しに見える地上が、蜃気楼のように歪む。


 どうやら俺の【灰の一撃】は1度発動すると途中で止めることが出来ないらしい。

 振り下ろした拳は言うことをきかなくなり、まるで腕に鉄球が着いたかのように重い。

 発動した瞬間からどんどん重くなっていき、時間が経つ事に、加速する事に重くなる。

 それと比例して加速度もどんどん上がっていく。

 多分このまま地面に当たれば俺自身が肉塊になる。


 歪んだ空間は目の前だ。

 隕石のように俺はその空間に飛び込んだ。


「ぐぁぁああ!!」


 拳がその空間に入った瞬間だった。

 2つの技がぶつかった衝撃と、生きたまま拳を握りつぶされるような感覚。

 加速度が上がっているはずなのにほとんど前に進まない。

 やがてゆっくりと全身が亜空間に包まれた。

 山喰の中は全てが狂っていた。

 全身を握りつぶされたかと思えば、今度は引き伸ばされる。

 それを永遠と繰り返される。

 レインの回復魔法は発動していない。

 どうやらノブナガの技は魔力すらも喰らっており、その中に飛び込んだ俺には外から魔法が届かないようだ。


「だがまだ、技は、【灰の一撃】は生きている。」


 異様な空間の中で俺が生きていられたのは【灰の一撃】が発動していたからだった。

 拳を中心にして、その周辺ではこの空間の影響を受けづらい。

 そしてその範囲は少しづつ広がっている。

 膝から先の足はもう残っていない。

 だがそれ以外の箇所は辛うじて存在していられている。


 俺はまだこの技の本質を理解していない。

 だがひとつ言えることは、この技を発動してから俺の拳は圧倒的な質量を持っている事。

 この地獄のような空間で全くその影響を受けず、真っ直ぐに真下に突き進む質量。

 恐らくだがこの技は魔力を質量に変えて、何かに当たるまで俺の魔力を吸い続ける捨て身の技だ。

 つまり、俺の魔力が切れない限りは発動し続けることが出来る。


「最後の1本か。」


 技がぶつかりあったとき、痛みで声をあげてしまったせいで前のタバコは落としてしまった。

 これが最後の1本。

 左手でポケットを探り、ほとんど空になったタバコの箱から1本取り出し、空箱を握り潰して放り投げる。

 そのタバコにライターで火をつける。

 このタバコが消えた時が俺が死ぬ時だろう。


 ひと吸い。


 ふた吸い。




「それほどまでか。」


 地上のノブナガから見た一成はゆっくりだが前に進んでいた。

 ノブナガの全力を込めた山喰は本来無尽蔵に目の前の物を喰い続けるが、唯一弱点があった。

 それは圧倒的な質量の物体。

 彼らが今足を着いている大地、さらに言えば星のような超巨大物体の場合、喰いきることが出来ず反発させられ、自らを喰い消滅する。

 ノブナガが生前使った時、数多の魔物や人間を無差別に食い続けたが、たった1人の男の前に消滅した。

 その者の名が、加藤勇。かつての転生者である。


「イサミ。お前が我を止めたように、あやつも我を止めてくれたのかもな。」


 上空、ノブナガの山喰は消滅した。

 続けて力無く落下してくる一成。

 タバコの火は既に消えていた。

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