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第七章 対決
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翌朝は孝之さんに起こされて目が覚めた。
だんだんと意識が覚醒するにつれてどんな顔をしたらいいのか判らなくなり焦ったが、彼の態度がまったくと言っていいほど変わらないおかげですぐに気を取り直すことが出来た。
時刻は7時より少し早いくらいで普段に比べると少し寝過ごした感じだが、それから身支度を整えて朝食を食べ、部屋に戻ると、孝之さんはコートを着ながら言った。
「先に実家に車を取りに行ってくる。チェックアウトまでには戻ってくるから時間になったら一階のロビーで待っていてくれるか」
「え……一緒に行きますよ?」
「親に紹介したいのは山々だが、今日は……情けない姿を見せたくないので待っていて欲しい」
戸惑う俺を更に混乱させるようなことを言って結局一人で出て行ってしまった。
あまりに真剣に言うから受け入れてしまったが、彼が見せたくないと言っていた情けない姿というのが何なのか気になって仕方がない。
同性を恋人として紹介するのは無理だと言われたら納得しかなかっただろうけど、そういう言い方が彼らしくないのと同様に嘘を吐くとも思えない。
ならば孝之さんの情けない姿とは?
「そういえば昨日の電話の相手が弟さんて言ってたっけ……」
所属している事務所の所長だというお父さんと三人揃って弁護士。
しかもうちの会社から何かしらの依頼を受けてホテル内部の調査をしていたんだっけーーというところまで考えて、ふと気付いた。
依頼内容は明かせないと彼は言ったが、支配人達からの言動を振り返ってみれば俺が守られていたのは確かで、じゃあ誰が自分にとっての危険人物だったかって言ったら、藤倉部長しかいない。孝之さんの口振りからしても間違いないだろう。
だったら、弁護士が身分を偽ってまでホテルに潜入し、なるべく事を表沙汰にしないため掴みたかった事実とは?
情報、とは。
現在は会長という事実上の会社のトップにいる創業者を実父にもつ藤倉部長。
経営責任者の女性社長は藤倉部長の妻で、今回の依頼人。
「法的に会長の退任要求をしたい、とか?」
もしくは藤倉部長。
……もしくは両方。
この予想が当たっているとしたら、藤倉部長が俺に薬を盛ったかもしれない件や、盗聴器の件は重要な鍵になるのではないだろうか。
でも、もしそうなら。
薬の件は証拠がなくても、盗聴器については見れば判る。不在にしている昨日、今日のうちにまた部屋に忍び込んだら向こうだって無くなっていることに気付くだろう。
そうなると、とてもまずいのでは。
もしかしたら孝之さんは責任を取らされてクビ、とか? 出発前のあの言葉がそんな情けない姿を見せたくないという意味だったとしたら!
「こんなところでのんびりしている場合ではないんじゃ……」
サーッと顔から血の気が引いていく。
孝之さんが戻ってくるまでの一時間弱、俺は生きた心地がしなかった。
で、チェックアウトの九時少し前に戻ってきた孝之さんと合流。一緒にホテルを出た後は自分の予想がズバリ当たっているのではないかと思い込んで孝之さんに「大丈夫なんですか?!」と詰め寄ったわけだが、返ってきた反応は意外にものんびりしたもので。
「すごいな奏介。だがクビにはならないから、その点は心配要らないよ」
「こ、このままでいいんですか? 証拠を隠されたり、そういう心配は?」
「部長がいま心配していることと言ったら、夜中に侵入しようとしたことを俺に気付かれたこと――つまり勝手に合鍵を使おうとしたことがバレたのと、盗聴器だろうな。君が不在中に外しておこうと思うのは当然だろうから、仕事休みで不在の君の部屋に侵入して、それが無いことに気付けば今ごろ大慌てだと思う。警察に通報されていたらどうしよう、とかな」
「ですよね?」
「ああ。だがそれを誰に言える?」
「へ?」
「自白してくれるなら、それはそれでアリなんだ。だが、いままでのことを考えるとそう都合よくはいかないだろう」
「いままで……って、今回の睡眠薬と盗聴器以外にもなにかあるんですか?」
問うと、孝之さんは少し難しい顔をした後で「君は無関係だが」と。
つまり以前にも似たようなことがあったってことで。
それは、つまり。
「……俺の前にあの部屋にいた人……?」
「どうかな」
孝之さんの即答は話せないから誤魔化すのではなく本当に判っていない言い方だった。
「その女性については特に聞いていない」
「……そう、ですか」
彼がそう言うならそうなんだと思おうとするけど、ひどくもやもやする。
依頼内容の詳細を聞けないせいもあるだろうし、自分だって当事者のはずなのに中心から弾かれていることも正直に言えば納得がいかない。
盗聴器のことを考えたら藤倉部長はほぼ間違いなくこの休みの間に俺の部屋に入っているだろうし、盗聴器が仕掛けられていたって事は、それ以前の室内の音を聞かれているってことで、それは例えば、あの日の孝之さんとの告白だって――。
「……なんか、すっごい腹立って来たんですが」
「え?」
「はっきり言って藤倉部長と同じ職場で働くのは金輪際御免です。不愉快です。何だったらいますぐ辞表出して来ます」
「待っ……」
突然の宣言に驚いた孝之さんが止めに入ろうとするも、すぐに「安全を考えれば……」って思案顔に。
「いや、しかし……」
「なんですか」
「……すまない。それは、本社と相談して欲しい」
「相談」
「ああ……本社としては部長より君に残って欲しいから俺たちに依頼して来たわけだからな」
……それは意外というか、ちょっとびっくりした。
だんだんと意識が覚醒するにつれてどんな顔をしたらいいのか判らなくなり焦ったが、彼の態度がまったくと言っていいほど変わらないおかげですぐに気を取り直すことが出来た。
時刻は7時より少し早いくらいで普段に比べると少し寝過ごした感じだが、それから身支度を整えて朝食を食べ、部屋に戻ると、孝之さんはコートを着ながら言った。
「先に実家に車を取りに行ってくる。チェックアウトまでには戻ってくるから時間になったら一階のロビーで待っていてくれるか」
「え……一緒に行きますよ?」
「親に紹介したいのは山々だが、今日は……情けない姿を見せたくないので待っていて欲しい」
戸惑う俺を更に混乱させるようなことを言って結局一人で出て行ってしまった。
あまりに真剣に言うから受け入れてしまったが、彼が見せたくないと言っていた情けない姿というのが何なのか気になって仕方がない。
同性を恋人として紹介するのは無理だと言われたら納得しかなかっただろうけど、そういう言い方が彼らしくないのと同様に嘘を吐くとも思えない。
ならば孝之さんの情けない姿とは?
「そういえば昨日の電話の相手が弟さんて言ってたっけ……」
所属している事務所の所長だというお父さんと三人揃って弁護士。
しかもうちの会社から何かしらの依頼を受けてホテル内部の調査をしていたんだっけーーというところまで考えて、ふと気付いた。
依頼内容は明かせないと彼は言ったが、支配人達からの言動を振り返ってみれば俺が守られていたのは確かで、じゃあ誰が自分にとっての危険人物だったかって言ったら、藤倉部長しかいない。孝之さんの口振りからしても間違いないだろう。
だったら、弁護士が身分を偽ってまでホテルに潜入し、なるべく事を表沙汰にしないため掴みたかった事実とは?
情報、とは。
現在は会長という事実上の会社のトップにいる創業者を実父にもつ藤倉部長。
経営責任者の女性社長は藤倉部長の妻で、今回の依頼人。
「法的に会長の退任要求をしたい、とか?」
もしくは藤倉部長。
……もしくは両方。
この予想が当たっているとしたら、藤倉部長が俺に薬を盛ったかもしれない件や、盗聴器の件は重要な鍵になるのではないだろうか。
でも、もしそうなら。
薬の件は証拠がなくても、盗聴器については見れば判る。不在にしている昨日、今日のうちにまた部屋に忍び込んだら向こうだって無くなっていることに気付くだろう。
そうなると、とてもまずいのでは。
もしかしたら孝之さんは責任を取らされてクビ、とか? 出発前のあの言葉がそんな情けない姿を見せたくないという意味だったとしたら!
「こんなところでのんびりしている場合ではないんじゃ……」
サーッと顔から血の気が引いていく。
孝之さんが戻ってくるまでの一時間弱、俺は生きた心地がしなかった。
で、チェックアウトの九時少し前に戻ってきた孝之さんと合流。一緒にホテルを出た後は自分の予想がズバリ当たっているのではないかと思い込んで孝之さんに「大丈夫なんですか?!」と詰め寄ったわけだが、返ってきた反応は意外にものんびりしたもので。
「すごいな奏介。だがクビにはならないから、その点は心配要らないよ」
「こ、このままでいいんですか? 証拠を隠されたり、そういう心配は?」
「部長がいま心配していることと言ったら、夜中に侵入しようとしたことを俺に気付かれたこと――つまり勝手に合鍵を使おうとしたことがバレたのと、盗聴器だろうな。君が不在中に外しておこうと思うのは当然だろうから、仕事休みで不在の君の部屋に侵入して、それが無いことに気付けば今ごろ大慌てだと思う。警察に通報されていたらどうしよう、とかな」
「ですよね?」
「ああ。だがそれを誰に言える?」
「へ?」
「自白してくれるなら、それはそれでアリなんだ。だが、いままでのことを考えるとそう都合よくはいかないだろう」
「いままで……って、今回の睡眠薬と盗聴器以外にもなにかあるんですか?」
問うと、孝之さんは少し難しい顔をした後で「君は無関係だが」と。
つまり以前にも似たようなことがあったってことで。
それは、つまり。
「……俺の前にあの部屋にいた人……?」
「どうかな」
孝之さんの即答は話せないから誤魔化すのではなく本当に判っていない言い方だった。
「その女性については特に聞いていない」
「……そう、ですか」
彼がそう言うならそうなんだと思おうとするけど、ひどくもやもやする。
依頼内容の詳細を聞けないせいもあるだろうし、自分だって当事者のはずなのに中心から弾かれていることも正直に言えば納得がいかない。
盗聴器のことを考えたら藤倉部長はほぼ間違いなくこの休みの間に俺の部屋に入っているだろうし、盗聴器が仕掛けられていたって事は、それ以前の室内の音を聞かれているってことで、それは例えば、あの日の孝之さんとの告白だって――。
「……なんか、すっごい腹立って来たんですが」
「え?」
「はっきり言って藤倉部長と同じ職場で働くのは金輪際御免です。不愉快です。何だったらいますぐ辞表出して来ます」
「待っ……」
突然の宣言に驚いた孝之さんが止めに入ろうとするも、すぐに「安全を考えれば……」って思案顔に。
「いや、しかし……」
「なんですか」
「……すまない。それは、本社と相談して欲しい」
「相談」
「ああ……本社としては部長より君に残って欲しいから俺たちに依頼して来たわけだからな」
……それは意外というか、ちょっとびっくりした。
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