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第六章 狂気は恐ろしくも時に甘く
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先にシャワーを浴びておいでと促された客室の風呂場は、洗面台、トイレ、シャワー付きバスタブが一つの空間に並んでいる典型的なユニットタイプで、シャワーの水が洗面台の方まで飛ばないよう防水のカーテンが引けるようになっていた。
備え付けのシャンプーとボディソープ。
タオルは大中小の三種類。
フリーサイズのバスローブ。
洗面台には使い捨ての髭剃りや整髪料などのアメニティなど、すべて二人分ずつ。ビジネスホテルとしてはなかなかの品揃えだと思う。
襲っておいてなんだが、いざシャワーと聞いて肩を跳ねさせた俺に、孝之さんは「何の準備もなく最後までするつもりはないから普通に入っておいで」と言ってくれた。
「……最後って、ここだよな?」
この数日で俺もスマホでいろいろと調べた。
と言ってもネット広告に表示された漫画だったり、ブログ記事といった真偽半々くらいで覚えておく方が良さそうな知識ばかりだが、それでも男同士で繋がろうと思えば尻を使うのは理解した。
漫画の中には恋人の大きなそれがスルッと入って初回からすごく気持ち良さそうなのもあったけど、実際には自分で触るのだって抵抗があるし、……なんせ尻だ。
今日は使わないと言われて安堵したのは確かだが、ともあれ普段より念入りに体を洗ってからバスローブを羽織って浴室を出ると、部屋がとても暖かくなっていた。
暖房を強めてくれたらしい。
「お待たせしました」
「ああ、お帰り。ちゃんと拭いたか?」
「拭きました」
梳くように孝之さんの指が俺の髪を撫でる。
まだ乾き切っていはいないけど水滴が落ちるほどじゃないし、大丈夫。
「……俺も入って来る」
「はい」
まだ躊躇いがあるのか、何処か遠慮がちな声音に笑んで返す。
こういう場合って、どちらかというとされる側が躊躇う気がするんだけど……んん? いや、でも最後までするつもりないとか言ってたし、認識は共通している……はず。
「確認した方がいいのかな……」
声に出して呟きながらベッドに倒れ込むと、スプリングが上下してマットレスが揺れる。寮のそれより少し固めで真新しいシーツの匂い。
いまから此処で――そう考えると心臓の音が聞こえて来るくらいドキドキする。
「っ……」
こういう経験が乏しい自覚はある。
自慰くらいはしたことがあるが、エッチな想像をするわけじゃなく溜まってるかなって感じで風呂場で一週間に一度も抜けば充分だったのに、中途半端に蓄えた男同士の情事に関する知識と孝之さんの言葉や、声、手の温もり、匂いなんかが混ざり合ってしまった想像は生々しく俺の呼吸を乱れさせる。
ズクッ、て下腹部に蠢く熱。
ローブの上から其処を抑えつけて体を丸めた。
「まだ……まだだろ……」
孝之さんが戻って来るまで我慢。
我慢……。
「なにか気晴らし!」
急いでスマホに手を伸ばし、日参しているサイトの新着記事を確認することにした。
孝之さんが戻って来たのはそれから10分後くらいだ。
ギシッとベッドが僅かに軋む程度の、遠慮がちに置かれた大きな手は俺のすぐ横に。
「……なにか面白い記事があったか」
「……いえ。ただ待っているだけなのは、余計なことをかんがえてしまいそうだったので」
「余計?」
「……えっちなこと、とか」
これからすることを考えれば嘘を吐くのも変だろうと思ったから正直に伝えたのだが、孝之さんは目を瞬かせた後で「君は……」と息を吐く。
「……呆れちゃいました……?」
「……いいや」
低く答えて、孝之さんは手に続いて膝を寝台の上に乗せて来る。
「攻め方を考え直した方がいいかもしれないと思っただけだ」
「……?」
「どうやら君は、俺が想像していたよりもずっと……許容範囲が広そうだから」
「……それ、褒めてないですよね」
「個人的にはとても嬉しい誤算だ」
笑みと、言葉と、キスと。
チュッて軽い音を立てて離れた彼は俺の手からスマホを抜き取ってサイドボードにそれを置く。
「……本当にいいんだな?」
「ここで止めるなんて言ったら、一週間は口利きません」
本気ですよ、と付け足して腕を伸ばす。
孝之さんは一つ頷いて深い口付けをくれた。
備え付けのシャンプーとボディソープ。
タオルは大中小の三種類。
フリーサイズのバスローブ。
洗面台には使い捨ての髭剃りや整髪料などのアメニティなど、すべて二人分ずつ。ビジネスホテルとしてはなかなかの品揃えだと思う。
襲っておいてなんだが、いざシャワーと聞いて肩を跳ねさせた俺に、孝之さんは「何の準備もなく最後までするつもりはないから普通に入っておいで」と言ってくれた。
「……最後って、ここだよな?」
この数日で俺もスマホでいろいろと調べた。
と言ってもネット広告に表示された漫画だったり、ブログ記事といった真偽半々くらいで覚えておく方が良さそうな知識ばかりだが、それでも男同士で繋がろうと思えば尻を使うのは理解した。
漫画の中には恋人の大きなそれがスルッと入って初回からすごく気持ち良さそうなのもあったけど、実際には自分で触るのだって抵抗があるし、……なんせ尻だ。
今日は使わないと言われて安堵したのは確かだが、ともあれ普段より念入りに体を洗ってからバスローブを羽織って浴室を出ると、部屋がとても暖かくなっていた。
暖房を強めてくれたらしい。
「お待たせしました」
「ああ、お帰り。ちゃんと拭いたか?」
「拭きました」
梳くように孝之さんの指が俺の髪を撫でる。
まだ乾き切っていはいないけど水滴が落ちるほどじゃないし、大丈夫。
「……俺も入って来る」
「はい」
まだ躊躇いがあるのか、何処か遠慮がちな声音に笑んで返す。
こういう場合って、どちらかというとされる側が躊躇う気がするんだけど……んん? いや、でも最後までするつもりないとか言ってたし、認識は共通している……はず。
「確認した方がいいのかな……」
声に出して呟きながらベッドに倒れ込むと、スプリングが上下してマットレスが揺れる。寮のそれより少し固めで真新しいシーツの匂い。
いまから此処で――そう考えると心臓の音が聞こえて来るくらいドキドキする。
「っ……」
こういう経験が乏しい自覚はある。
自慰くらいはしたことがあるが、エッチな想像をするわけじゃなく溜まってるかなって感じで風呂場で一週間に一度も抜けば充分だったのに、中途半端に蓄えた男同士の情事に関する知識と孝之さんの言葉や、声、手の温もり、匂いなんかが混ざり合ってしまった想像は生々しく俺の呼吸を乱れさせる。
ズクッ、て下腹部に蠢く熱。
ローブの上から其処を抑えつけて体を丸めた。
「まだ……まだだろ……」
孝之さんが戻って来るまで我慢。
我慢……。
「なにか気晴らし!」
急いでスマホに手を伸ばし、日参しているサイトの新着記事を確認することにした。
孝之さんが戻って来たのはそれから10分後くらいだ。
ギシッとベッドが僅かに軋む程度の、遠慮がちに置かれた大きな手は俺のすぐ横に。
「……なにか面白い記事があったか」
「……いえ。ただ待っているだけなのは、余計なことをかんがえてしまいそうだったので」
「余計?」
「……えっちなこと、とか」
これからすることを考えれば嘘を吐くのも変だろうと思ったから正直に伝えたのだが、孝之さんは目を瞬かせた後で「君は……」と息を吐く。
「……呆れちゃいました……?」
「……いいや」
低く答えて、孝之さんは手に続いて膝を寝台の上に乗せて来る。
「攻め方を考え直した方がいいかもしれないと思っただけだ」
「……?」
「どうやら君は、俺が想像していたよりもずっと……許容範囲が広そうだから」
「……それ、褒めてないですよね」
「個人的にはとても嬉しい誤算だ」
笑みと、言葉と、キスと。
チュッて軽い音を立てて離れた彼は俺の手からスマホを抜き取ってサイドボードにそれを置く。
「……本当にいいんだな?」
「ここで止めるなんて言ったら、一週間は口利きません」
本気ですよ、と付け足して腕を伸ばす。
孝之さんは一つ頷いて深い口付けをくれた。
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