ユーカリの花をいつか君と

柚鷹けせら

文字の大きさ
上 下
30 / 46
第四章 自覚と成長と、ときどき暴走

6 五十嵐孝之‐4

しおりを挟む
 想定外、だ。
 奏介に自分を意識するよう仕向けていたのは間違いないし、あわよくば恋人という立場を我が物にしようとしていたのは事実だ。
 例え現在進行形で恋人がいたとしても必ず自分を選ばせるつもりだった。
 だが、それはあくまでも自分が此処にいる本来の目的が達せられてからの話であって、彼が護衛対象であるうちは一定のラインを越えるつもりはなかったのだ。
 もう今となってはこれっぽっちも信憑性がないけれど。

「いまさら、か」

 今回のことは本当に想定外で、俺が彼と付き合うつもりでいることを匂わす程度のはずだった。奏介が少しでも「まさか」と意識して、その後の俺の言動に注意してくれれば大成功だったんだ。
 なのに彼は、既に自身の好意を自覚していた。
 彼は俺を好きだと気付いていた。
 触れたい。
 触れられたい。
 触れて欲しい……好きな相手にそう乞われて拒める男がこの世にどれだけいるというのか。
 仕事を盾にぎりぎりのところで保持した本職の矜持すら奏介の素直な言葉によって瓦解し、あとに残されたのは純然たる本音だけ。

「好きだ」

 彼を男として欲する本能だけ。

「好きです」

 奏介は、問題が片付けばきちんと話すといった俺を信じて、選んでくれた。
 男同士だと認識した上で、男の、俺を。
 正直に言えばあのまま押し倒してしまいたかった。唇を奪い、服を剥ぎ、全身に俺のものだという跡を刻んであらゆる他人を牽制したい衝動に駆られた。
 それを抑えられたのは単に奏介が「少しでも休んだ方が良い」と今夜の仕事を引き合いに出したからだ。
 この後は14時出勤23時退勤ということは、それまでに食事と仮眠を済ませなければならず、ただでさえ延長して時間が押しているのだから色ボケしている場合ではない。

「また、お昼に」

 そう言って別れた後はそれぞれにシャワーだ、食事だ、仮眠だとバタバタしてしまった。
 いまは壁の向こう、自分の寝台で眠っているだろう彼を思う。

「……キスだけでも……」

 彼が自分を選んでくれたのだという実感が足りない。
 それでも匂いの件で話題を掘り下げるほどに熱烈な告白に聞こえてしまうから、今日のところは充分と言えなくもない、か。

「したら、したで……ますます手放せなくなりそうだし、な……」

 彼がその先にいるだろう壁に手を添え、目を閉じる。

「……早く解決しないと……」

 目を閉じれば驚くほどあっさり深い眠りに誘われた。
 自分自身、思っていた以上に疲弊していたらしい。


 正午過ぎに目が覚めて、身支度を整え終えた後に最初にしたことはバス会社への電話予約。15日午後発、ウェルカムセンター前から札幌駅行きを、二名分。座席指定はなく、先着順に好きな場所に座る形だが、トップシーズンにはまだ早いし隣同士で座れないなんてことはないはずだ。
 夜は実家に送って、16日は一日そちらでゆっくりしてくれればいい。俺は本社に顔を出して現状報告と今後のことと、……まぁ、そうだな。
 奏介との関係についても黙ってはおけないので報告するとして。
 17日は、また夜から仕事だ。
 午前中の内に向こうを出てゆっくり戻ってくればいい。そんなふうに予定を組み立てながら電話を切ったすぐ後にアプリが通知音を響かせる。

『おはようございます。お昼ごはん一緒に社食に行きませんか』

 文字だけの文面に奏介の遠慮というか、躊躇いを感じて自然と顔が綻ぶ。
 可愛い。
 何をしてもあの子はいちいち可愛い。

『いいよ』

 文字を打って、送信してから、若い彼にはスタンプで答える方がいいのだろうかとしばし悩む。自分ではまだ若いつもりだが新卒の彼に比べれば年嵩なのは事実。
 その辺りも本人との話題の一つにしようと思いつつ部屋を出た。
 と、ちょうど彼も部屋から出てきた。
 タイミングが良いのはやはり音が聞こえるからだろう。

「おはようございます、ちゃんと休めましたか?」
「思っていたよりは。君も休めたか」
「はい……えっと、俺も思っていたよりは」

 言って、互いに顔を見合わせた。
 どちらともなく笑みが零れ俺は肩を竦めた。まぁあの直後にしっかり寝れるかと言われれば無理だろう。今日の勤務で今朝みたいな延長はないだろうし帰寮後にゆっくり休めれば……ん? 明日の出勤は七時だったか……なるほど、五日に一回は休みが確保されている代わりに連勤中はなかなかのスケジュールだ。
 24時間常に無人に出来ない職場だと考えれば当然か。

「今日もよろしく」
「はい!」

 しっかりと戸締りし、俺たちは社食に移動した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!

toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」 「すいません……」 ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪ 一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。 作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

「誕生日前日に世界が始まる」

悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です) 凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^ ほっこり読んでいただけたら♡ 幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡ →書きたくなって番外編に少し続けました。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...