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第四章 自覚と成長と、ときどき暴走
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改めて実感する。
この人が好きだ、って。
「そ……」
頬に触れる孝之さんの手に自分の手を重ねて握る。同じ男なのに俺より大きくて、がっしりと固く、とても頼りがいがありそうな大人の手。
「……孝之さん」
「ん?」
「さっきの……誠実でないことを告白して、いずれ話すって約束してくれるのは、……俺は、誠実と言えるように思います」
見上げた瞳が驚くように見開かれたけど、驚く事じゃないと思うんだ。
だって好きな人に好きだって言われたんだよ。
俺が好きなのもバレてる。
それなら、もうしばらくこうしていたい、離れたくないって思うこの気持ちを、どう昇華するのが正解なのか。
「男女交際の経験すらないから、男同士で付き合うっていうのがどういうことか、よく判らないけど、付き合ってなくても、こうして傍にいられますか? 触りたい、触って欲しいって、言葉にするのは許されますか」
「奏介……」
孝之さんは俺の頬に添えていた手を器用に動かして、そこに重ねていた俺の手を握り返してくる。
逆の手は、もう一方の手を握った。
「……そうだ。俺は男で、君も男だ」
顔が近付いて来て「まさかキス⁈」って思ったのも束の間、彼の額が俺の肩の上に乗せられた。
「判っていて、そんなことを言っていいのか?」
「え……」
「俺の好きは、君にキスがしたい、抱き締めたい、服を脱がして髪の一本一本から足の爪先まで余すところなく俺のものにしたいって……獣じみた欲望込みだ。君の望まないことを、強いるつもりはないが……プライドを傷つけることだってあるかもしれない。君の真っ直ぐさは美徳だが、不誠実な相手に簡単に心を許してはダメだ」
「……本当に不誠実な人はそんなことを言わないと思うんです」
握り合う手に力を込める。
伝わって来る熱さが。
じわりと滲む汗が彼の緊張を伝えて来る。
「それに……いま、孝之さんがしたいこと……想像したら、なんか……ちょっと、どきどきします」
「奏介……」
「……こんなことを言う俺はダメですか?」
「……そんなわけが、あるものか」
手が、指が離れて、直後に抱き締められた。
あの日と同じユーカリの匂いに包まれて「あぁやっぱり好きだな」って。
「好きだ。好きだよ、奏介。君だけだ」
「俺も、好きです」
「……後悔しても……いや」
孝之さんは言い掛けた言葉をそこで途切れさせるとより強い力で抱き締めてくれる。
「後悔させないよう努力する……問題が片付いたらすぐに本当のことも話す。だから……だから、俺の恋人になって欲しい」
「はい……はいっ。よろしく願いします」
こちらかも抱き締め返す。
二人の間に一分の隙もないくらいくっついて、体いっぱいに、焦がれて止まなかったこの人の匂いが満たされる。
「ずっとこうしたかったんだ……やっと君に触れる権利を得られたんだな……」
吐息のように囁かれた言葉がストンの胸の内に落ちる。
やっと。
うん、俺も同じ。
「俺もです。あの日からずっと、あなたに会いたくて……せめて、匂いだけでもって、探してました……ずっと、本当に」
「ああ……そうか、その件もあったな」
「この件?」
聞き返す耳朶をくすぐるような孝之さんの笑う声。
「同じメーカーのフレグランスなのに匂いが違ったと言っていただろう」
「はい」
「違うに決まっているんだ。使っている人間が違うんだから」
「へ……?」
「日本人はあまり体臭が強くないし若いほど気付かないと思うが、誰にだってそれはある。俺が君に渡した匂袋は集中しやすくなるって効果を好んで俺が持っていたものなんだから、ついていた匂いはユーカリのそれだけではなかったんだろう」
「……どういうことですか?」
「くくっ……いまの俺からは、君の好きな匂いがするか?」
「はいっ、間違いなくこの香りです!」
「だったらそういうことだ」
「そう、って……」
本気で判らなくて首を傾げる俺に、孝之さんは、なんというか眩しいものを見るように目を細めていた。
「……おかげで再会してすぐに君に好かれているという自信が持てたんだが、無自覚というのは恐ろしいな」
「え……ちょ、どういう意味ですか? ユーカリの匂いが何か……」
「ふっ……くくっ……わかった。一緒に札幌駅の専門店に行こう。そうしたら意味が判るさ」
「一緒に行ってくれるんですか?」
それなら確実に匂袋を元に戻せるって喜んでいる俺の横で、孝之さんは必死に何かを堪えるように肩を震わせている。
「15日に一緒に山を下りるのは決定でいいか? それなら、その足で札幌駅の中にある専門店に寄れる」
「はい、ぜひ!」
予定が決まって顔が緩む。
孝之さんも笑顔で、そんな俺の頭を撫でてくれた。
この人が好きだ、って。
「そ……」
頬に触れる孝之さんの手に自分の手を重ねて握る。同じ男なのに俺より大きくて、がっしりと固く、とても頼りがいがありそうな大人の手。
「……孝之さん」
「ん?」
「さっきの……誠実でないことを告白して、いずれ話すって約束してくれるのは、……俺は、誠実と言えるように思います」
見上げた瞳が驚くように見開かれたけど、驚く事じゃないと思うんだ。
だって好きな人に好きだって言われたんだよ。
俺が好きなのもバレてる。
それなら、もうしばらくこうしていたい、離れたくないって思うこの気持ちを、どう昇華するのが正解なのか。
「男女交際の経験すらないから、男同士で付き合うっていうのがどういうことか、よく判らないけど、付き合ってなくても、こうして傍にいられますか? 触りたい、触って欲しいって、言葉にするのは許されますか」
「奏介……」
孝之さんは俺の頬に添えていた手を器用に動かして、そこに重ねていた俺の手を握り返してくる。
逆の手は、もう一方の手を握った。
「……そうだ。俺は男で、君も男だ」
顔が近付いて来て「まさかキス⁈」って思ったのも束の間、彼の額が俺の肩の上に乗せられた。
「判っていて、そんなことを言っていいのか?」
「え……」
「俺の好きは、君にキスがしたい、抱き締めたい、服を脱がして髪の一本一本から足の爪先まで余すところなく俺のものにしたいって……獣じみた欲望込みだ。君の望まないことを、強いるつもりはないが……プライドを傷つけることだってあるかもしれない。君の真っ直ぐさは美徳だが、不誠実な相手に簡単に心を許してはダメだ」
「……本当に不誠実な人はそんなことを言わないと思うんです」
握り合う手に力を込める。
伝わって来る熱さが。
じわりと滲む汗が彼の緊張を伝えて来る。
「それに……いま、孝之さんがしたいこと……想像したら、なんか……ちょっと、どきどきします」
「奏介……」
「……こんなことを言う俺はダメですか?」
「……そんなわけが、あるものか」
手が、指が離れて、直後に抱き締められた。
あの日と同じユーカリの匂いに包まれて「あぁやっぱり好きだな」って。
「好きだ。好きだよ、奏介。君だけだ」
「俺も、好きです」
「……後悔しても……いや」
孝之さんは言い掛けた言葉をそこで途切れさせるとより強い力で抱き締めてくれる。
「後悔させないよう努力する……問題が片付いたらすぐに本当のことも話す。だから……だから、俺の恋人になって欲しい」
「はい……はいっ。よろしく願いします」
こちらかも抱き締め返す。
二人の間に一分の隙もないくらいくっついて、体いっぱいに、焦がれて止まなかったこの人の匂いが満たされる。
「ずっとこうしたかったんだ……やっと君に触れる権利を得られたんだな……」
吐息のように囁かれた言葉がストンの胸の内に落ちる。
やっと。
うん、俺も同じ。
「俺もです。あの日からずっと、あなたに会いたくて……せめて、匂いだけでもって、探してました……ずっと、本当に」
「ああ……そうか、その件もあったな」
「この件?」
聞き返す耳朶をくすぐるような孝之さんの笑う声。
「同じメーカーのフレグランスなのに匂いが違ったと言っていただろう」
「はい」
「違うに決まっているんだ。使っている人間が違うんだから」
「へ……?」
「日本人はあまり体臭が強くないし若いほど気付かないと思うが、誰にだってそれはある。俺が君に渡した匂袋は集中しやすくなるって効果を好んで俺が持っていたものなんだから、ついていた匂いはユーカリのそれだけではなかったんだろう」
「……どういうことですか?」
「くくっ……いまの俺からは、君の好きな匂いがするか?」
「はいっ、間違いなくこの香りです!」
「だったらそういうことだ」
「そう、って……」
本気で判らなくて首を傾げる俺に、孝之さんは、なんというか眩しいものを見るように目を細めていた。
「……おかげで再会してすぐに君に好かれているという自信が持てたんだが、無自覚というのは恐ろしいな」
「え……ちょ、どういう意味ですか? ユーカリの匂いが何か……」
「ふっ……くくっ……わかった。一緒に札幌駅の専門店に行こう。そうしたら意味が判るさ」
「一緒に行ってくれるんですか?」
それなら確実に匂袋を元に戻せるって喜んでいる俺の横で、孝之さんは必死に何かを堪えるように肩を震わせている。
「15日に一緒に山を下りるのは決定でいいか? それなら、その足で札幌駅の中にある専門店に寄れる」
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予定が決まって顔が緩む。
孝之さんも笑顔で、そんな俺の頭を撫でてくれた。
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