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第四章 自覚と成長と、ときどき暴走

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 ――……温まって上気した君を見て平然としていられる自信はないからな……

 それってどういう意味ですか、とは聞けなくて。
 しかも温泉から出て来た孝之さんが何事もなかったみたいな顔で普通に接して来るなら俺も合わせるしかない。寮に戻り一緒に社食で夕飯を食べ、19時前には解散。
 とても健全な休日だった。

「健全て!」

 部屋で一人、叫びながらベッドに飛び込んだ。
 どういうこと!
 なんなの一体!

「孝之さんは俺をどうしたいのさ……!」

 おおおおお。
 心臓がバクバクする。
 落ち着かない。
 何度も、何度も彼の言葉が耳の奥で繰り返される。
 上気って、だって、それを言うなら彼だって。

「っ……」

 思い出すのは体を洗い出した後でこちらの視線に気付き振り返った、気恥ずかしそうに笑ったあの顔。平然としてられないと言うなら自分の方だ。
 さっきからずっとそう。
 ようやく部屋で一人きりになって孝之さんの視線から逃れられたのに、落ち着くどころか、こんな。
 そればかりか別れる時に「また明日」っていう言葉がなかなか出て来なかった己を自覚している。
 動揺して、恥ずかしくて、早く隠れたかったのに。
 もう少し、あと少し一緒にいたかった。
 離れたくなかった、なんて。

「こんな……」

 言語にばかりかまけていたからこそ、こういう現象は何度も文字で追って来た。古今東西どんな物語だってこういう心境の先に導かれる結論で一番多いのはーー。

「……いやいやいやいや、ダメだろ。そもそも、俺も孝之さんも男なんだから……」

 有り得ない。
 ダメに決まってる。
 でも。

「まさか同じなんてこと……」

 平然としていられないのが今の自分と同じなら、もしかしたら。

「ええぇ……違う、絶対。だって、孝之さんと違って俺は泣いていただけだ……」

 俺はあの人に救われたけど。
 俺はあの人に愚痴っただけ。
 泣いて、弱音を吐いて、どうにもならない子どもの癇癪に付き合わせただけじゃないか。
 俺が、というなら納得しかない。
 あの日からずっと。
 今日まで。
 会いたくて、会いたくて、匂いのしなくなった匂袋を握り締めながら思い出の中の彼に励まされて来た。もしも再会出来たなら「あなたのおかげで頑張れた」と、そう伝えたくて。

「あー……そっか」

 ぐるぐると感情が渦巻く中で、ストンと胸に落ちてきた答え。
 違うと否定しつつも納得してしまっている自分に気付く。
 気付いてしまった。

「これが「好き」か……」

 あの異国の地で出逢った日から、あの人だけがずっとこの心に居続けた。
 忘れられなかったのも。
 他の誰にも心惹かれなかったのも。
 全部、全部、無意識に『特別』を知っていたからだ。
 
「……あぁぁ……バカじゃん」

 それが判ったからって、どうなる。
 自分の気持ちを自覚したところで叶うはずがない。
 ……本当に?
 孝之さんは平然としていられないと言った。それは、少なからず意識してくれているという意味ではないだろうか。

「……いまからでも努力したら好きになってもらえるだろうか」

 男同士なのに?
 いや、先に思わせぶりなことを言ったのは彼の方だが、本音が自分と同じだなんて都合良くは考えられない。当たり前だ、今日までに好かれる要素が一つも思い当たらないのだから。

「どうしたら……」

 いままでに読んできたたくさんの本の内容を思い出してみる。
 まずは自分の気持ちを伝えて意識してもらわなければ始まりようがない、という話があったが、男同士でそれは厳しい。
 男同士という関係が一昔前に比べれば許容されてきていることは普通に生活していれば情報として入ってくるけれど、そんな関係は異端だと拒否する人たちだって当たり前に存在する。
 それでなくてもこれから冬の間は一緒に働く同僚である。
 勇み足で気まずくなるのは絶対に避けたい。
 となれば、まずは好みを知るところから?

「それで胸の大きな女の子とか言われたら立ち直るのに時間掛かりそう……」

 気持ちが沈む。
 その、自分自身の変化に実感してしまう。

「……俺、本当に孝之さんのことが好きなんだ……」
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