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第三章 温泉とは裸の付き合いにより云々
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「体は洗い終わったのか?」
「いえ、いまから」
「なら早く洗って湯舟に浸かった方がいい。冷えるぞ」
洗い場も温泉の熱気でそれなりに温まっているとはいえ素っ裸でいつまでも居座っていれば冷えるに決まっている。
「それとも俺が背中を流そうか」
「っ、お構いなく!」
揶揄われて、言い返して、心臓が騒がしくて。
両隣の二人が頭を洗っている間に身体を洗い終え「先に入ってますね」と声を掛けてその場を離れた。タオルは畳んで湯舟の外。頭の上に置いたりはしない。
「はああぁぁ……」
湯船に肩まで浸かったら自然と声が漏れ出た。
気持ち良い。
少し熱いくらいが丁度いい。
おかげで顔の火照りが気にならなくなるから。
ちらと洗い場を窺うと、孝之さんは佐藤さんとなにか喋っている。自分と一緒にいるときと比べると表情が怖い……ような気がする?
そこまで考えて、孝之さんが普段はこんな人だと語れるほど彼のことを知らないのだと気付いた。
異国の地で初めて会ったあの日から彼を思い出さない日はなかった。
だって六年半だ。
六年半。
家族に次いで心の大半を占めてきた彼の存在だから知った気になっていたが、実際に隣で過ごした時間なんて24時間にも満たない。人柄の話だけなら誰より関わりたくないと思っている藤倉部長の方がよほど確信をもってこんな人だと断言できるだろう。
「どんな人、か」
呟きがこぼれて消える。
湯船の縁に腕を置き、その上に顎を置いて楽な態勢を取りながら孝之さんを観察してみる。自分より頭一つ分大きかったから、身長は190センチくらいだろうか。大きい。それに裸を見て判ったけど肩幅が広いというよりはいかり肩だからそう見えるんだ。
綺麗についている筋肉もその効果でマッチョじゃないのに強そう。
それに足が長い!
モデルさんみたいだ。
顔はどっちかって言ったら強面。真顔でいられると近寄り難い雰囲気が増し増しだし、睨まれると逃げたくなるだろう怖さもある。
けど笑うと途端に優しい。
甘い。
あと、人を揶揄うのが好きな気がする。
動揺させられて笑われたのがこの三日間で何度あっただろうか。
食べ物の好き嫌いはいまのところ無さそう。
好きないろは黒や濃紺かな、背広の色がそうだし一緒にホームセンターで買ったあれこれも暗色が多かった気がする。
温泉が好き、は昨日聞いたな。
それから、……それから?
ほら、やっぱりほとんど知らないまんまだ。
食べ物の好みは?
お酒は飲む?
高級なバーが似合いそうだけど居酒屋には行きますか?
「……知りたい」
聞いたら教えてくれるかな。
ああ、体は腕から洗う派かぁ……って。
「っ!」
不意に視線が重なって、ハッとした。
「……っ!!」
孝之さんが微笑う。
こっちをまっすぐに見て、少し気恥ずかしそうに。そりゃそうだ、ガン見していたのバレバレだよ! うあーーー!!
慌てて体ごと反転して視線を外すが遅すぎる。
判ってる!
おおおおお。
動揺し過ぎて顔を覆っていたら、不意に頭を撫でられた。
当然、孝之さんだ。
「っ……」
ボンッ、て。
顔が爆発するんじゃないかと思うような衝撃が心臓を襲ってきて、追い討ちを掛けるみたいに孝之さんの笑い声が聞こえてくる。
「そんなに俺を意識してくれるとはな」
「ちっ……がいますけど!」
「へぇ?」
「くっ……」
誤魔化したって無駄だ、それくらい見ていたのは自分でも自覚している。でもこの話題をこれ以上続けられると俺の精神が保ちません!
「さ、佐藤さんは」
「彼なら急に眩暈がして来たから休憩してくると言って出ていったよ」
「えっ。大丈夫なんですか?」
「足取りはしっかりしていたから平気だろう」
湯船に浸かる俺の隣に、同じように体を沈めた孝之さんから「っ……はぁぁ……」って気持ち良さそうな吐息が漏れ聞こえてきて。
温泉に入るとやっぱりそういう声が出るよなっていう気持ちと、よく判らないどきどきで顔の熱が高まっていく。
「温泉は久々に来たが、やっぱりいいな」
「……生き返るーって気分になりますよね」
「ああ」
ああって低く穏やかな声が耳から胸の奥に染み入る。
なんか、もう、堪らない気持ちになる。
「孝之さん」
「ん?」
「……いえ」
何て言ったらいいのか判らなくて意味もなく顔を湯につけたら、湯の中から大きな手が額を押し上げてくる。
「溺死するぞ」
「……しません」
いくらなんでもそんなつもりはない。
「……孝之さん」
呼び掛けることはできる。
でも、何を言えばいいのか判らないから黙るしかなくて「なんでもないです……すみません……」とまた顔を伏せ。
「のぼせたか?」
「え……」
「先に上がって休憩していたらどうだ。そうしてくれると俺も助かる」
その言葉に疑問符が浮かぶ。
「先に上がったら、助かるんですか?」
「ああ。温まって上気した君を見て平然としていられる自信はないからな」
「……ん?」
言われた意味を掴みかねて聞き返すも、孝之さんは笑みを深めただけ。
「いま此処で考え込んだら、本当にのぼせるぞ」
「ぁ……そう、ですね。じゃあ……またあとで」
「ああ」
立ち上がって湯船を出る。
うん、動ける。自分の言動もちゃんと把握している、……と思う。だけど頭の中は真っ白だ。孝之さんの言った台詞だけが何度も何度も耳の奥で響く。
「待っ……え……どうゆうこと……?」
疑問が音になると同時、いまだかつてないくらい心臓が騒ぎ出した。
「いえ、いまから」
「なら早く洗って湯舟に浸かった方がいい。冷えるぞ」
洗い場も温泉の熱気でそれなりに温まっているとはいえ素っ裸でいつまでも居座っていれば冷えるに決まっている。
「それとも俺が背中を流そうか」
「っ、お構いなく!」
揶揄われて、言い返して、心臓が騒がしくて。
両隣の二人が頭を洗っている間に身体を洗い終え「先に入ってますね」と声を掛けてその場を離れた。タオルは畳んで湯舟の外。頭の上に置いたりはしない。
「はああぁぁ……」
湯船に肩まで浸かったら自然と声が漏れ出た。
気持ち良い。
少し熱いくらいが丁度いい。
おかげで顔の火照りが気にならなくなるから。
ちらと洗い場を窺うと、孝之さんは佐藤さんとなにか喋っている。自分と一緒にいるときと比べると表情が怖い……ような気がする?
そこまで考えて、孝之さんが普段はこんな人だと語れるほど彼のことを知らないのだと気付いた。
異国の地で初めて会ったあの日から彼を思い出さない日はなかった。
だって六年半だ。
六年半。
家族に次いで心の大半を占めてきた彼の存在だから知った気になっていたが、実際に隣で過ごした時間なんて24時間にも満たない。人柄の話だけなら誰より関わりたくないと思っている藤倉部長の方がよほど確信をもってこんな人だと断言できるだろう。
「どんな人、か」
呟きがこぼれて消える。
湯船の縁に腕を置き、その上に顎を置いて楽な態勢を取りながら孝之さんを観察してみる。自分より頭一つ分大きかったから、身長は190センチくらいだろうか。大きい。それに裸を見て判ったけど肩幅が広いというよりはいかり肩だからそう見えるんだ。
綺麗についている筋肉もその効果でマッチョじゃないのに強そう。
それに足が長い!
モデルさんみたいだ。
顔はどっちかって言ったら強面。真顔でいられると近寄り難い雰囲気が増し増しだし、睨まれると逃げたくなるだろう怖さもある。
けど笑うと途端に優しい。
甘い。
あと、人を揶揄うのが好きな気がする。
動揺させられて笑われたのがこの三日間で何度あっただろうか。
食べ物の好き嫌いはいまのところ無さそう。
好きないろは黒や濃紺かな、背広の色がそうだし一緒にホームセンターで買ったあれこれも暗色が多かった気がする。
温泉が好き、は昨日聞いたな。
それから、……それから?
ほら、やっぱりほとんど知らないまんまだ。
食べ物の好みは?
お酒は飲む?
高級なバーが似合いそうだけど居酒屋には行きますか?
「……知りたい」
聞いたら教えてくれるかな。
ああ、体は腕から洗う派かぁ……って。
「っ!」
不意に視線が重なって、ハッとした。
「……っ!!」
孝之さんが微笑う。
こっちをまっすぐに見て、少し気恥ずかしそうに。そりゃそうだ、ガン見していたのバレバレだよ! うあーーー!!
慌てて体ごと反転して視線を外すが遅すぎる。
判ってる!
おおおおお。
動揺し過ぎて顔を覆っていたら、不意に頭を撫でられた。
当然、孝之さんだ。
「っ……」
ボンッ、て。
顔が爆発するんじゃないかと思うような衝撃が心臓を襲ってきて、追い討ちを掛けるみたいに孝之さんの笑い声が聞こえてくる。
「そんなに俺を意識してくれるとはな」
「ちっ……がいますけど!」
「へぇ?」
「くっ……」
誤魔化したって無駄だ、それくらい見ていたのは自分でも自覚している。でもこの話題をこれ以上続けられると俺の精神が保ちません!
「さ、佐藤さんは」
「彼なら急に眩暈がして来たから休憩してくると言って出ていったよ」
「えっ。大丈夫なんですか?」
「足取りはしっかりしていたから平気だろう」
湯船に浸かる俺の隣に、同じように体を沈めた孝之さんから「っ……はぁぁ……」って気持ち良さそうな吐息が漏れ聞こえてきて。
温泉に入るとやっぱりそういう声が出るよなっていう気持ちと、よく判らないどきどきで顔の熱が高まっていく。
「温泉は久々に来たが、やっぱりいいな」
「……生き返るーって気分になりますよね」
「ああ」
ああって低く穏やかな声が耳から胸の奥に染み入る。
なんか、もう、堪らない気持ちになる。
「孝之さん」
「ん?」
「……いえ」
何て言ったらいいのか判らなくて意味もなく顔を湯につけたら、湯の中から大きな手が額を押し上げてくる。
「溺死するぞ」
「……しません」
いくらなんでもそんなつもりはない。
「……孝之さん」
呼び掛けることはできる。
でも、何を言えばいいのか判らないから黙るしかなくて「なんでもないです……すみません……」とまた顔を伏せ。
「のぼせたか?」
「え……」
「先に上がって休憩していたらどうだ。そうしてくれると俺も助かる」
その言葉に疑問符が浮かぶ。
「先に上がったら、助かるんですか?」
「ああ。温まって上気した君を見て平然としていられる自信はないからな」
「……ん?」
言われた意味を掴みかねて聞き返すも、孝之さんは笑みを深めただけ。
「いま此処で考え込んだら、本当にのぼせるぞ」
「ぁ……そう、ですね。じゃあ……またあとで」
「ああ」
立ち上がって湯船を出る。
うん、動ける。自分の言動もちゃんと把握している、……と思う。だけど頭の中は真っ白だ。孝之さんの言った台詞だけが何度も何度も耳の奥で響く。
「待っ……え……どうゆうこと……?」
疑問が音になると同時、いまだかつてないくらい心臓が騒ぎ出した。
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