【完結】闇狩

柚鷹けせら

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誓い抱きし者達

二十

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 それは光が死ぬ直前…、河夕が今後のことを伝えた後で交わされた会話。
 
 ――最初は似ていると思っただけだったんですけどね。…僕が死なせてしまった姉に…

 そんな台詞から始まった光の言葉は、雪子への想いの変化を語った。
 姉に重ねて、守ろうと傍にいるうち、姉にはなかった強さを雪子の内に見出した。
 純粋に岬を守ろうとする勇気。
 人を想うことを怖がらない姿勢。
 そして光の過去の傷を癒した限りない慈愛の言葉。

「姉貴の末路を見ているしかなかったあいつは、絶対に誰かを好きになったりしないと言っていた…、特別なのは俺達影見の兄弟だけで、他に守りたい人間なんかいらないと。けどおまえを見ていたらそれは間違いだって気付いた、おまえを守りたいと思う気持ちは増していったって…、そんなこっぱずかしいこと平然と言えるのはあいつくらいだよ」
「っ…」
「…その指輪はあいつの家族の唯一の形見で、光が一番大事にしていたものだ。…だからおまえが持ってろ」
「っ…けど…!」
「おまえが持っているのが一番いい。…言ったろ、指輪は永遠の象徴だと」

 言いながら、雪子の手に光の指輪を握らせる。

「光はおまえを好いていた。あいつが死んだからこそ言えることだが…、あいつの想いは永遠におまえのものなんだ」
「そんな…っ…」

 雪子の目から涙が落ちる。
 とめどなく溢れてくる。

「頼む。受け取ってやってくれ、あいつのために。俺はこんなことでしか光に償えない」
「影見君…」
「あいつを死なせたのは紫紺があんな手段に出ると予測出来なかった俺の責任だ。どうして一族が人との関わり、情を禁じたのかが今更理解できた気がする。情ってのは人を想うものばかりじゃない、人を害するものも当たり前のように存在する。王が人を思えば掟に従う一族は反発する、その反発は敵意になり憎悪に変わる…。俺達が敵対してきた闇の魔物が最も好む感情を、よりによって一族の内に生み出してしまうからだ。俺が一族の王として正しく在れば紫紺はあんな真似せずに済んだ、光も死なずに済んだだろう」
「――っ、けどそんな影見君だったら誰も影見君好きになったりしないわ!」

 完全には否定できない河夕の言葉を、しかし雪子は必死に拒む。

「緑君が信じたのは今の影見君じゃない! 薄紅さんが好きになったのも蒼月さんや白鳥さんが王様だって認めるのも……っ、岬ちゃんが死なないのも今の影見君がいるからじゃない! 私はそんな影見君のこと否定なんかしない! 影見君は間違ってない!!」
「松橋…」
「影見君が影見君だから皆が信じられるんじゃない……っ!」

 泣きながら叫ぶ雪子の涙を、河夕は指でぬぐってやる。
 そうして、もう彼女には嘘をつけないと思い切る。
 信じてくれるならなおさら、…光がいなくなった今、これ以上は雪子を騙すわけにいかないのだと。

「…松橋。岬のこと、任せたからな」
「…え……?」
「今日の是羅との戦で俺は岬から速水を分離させる。戻ってきたあいつはしばらく意識を取り戻さないはずだ。その間におまえは岬と四城市に戻れ。岬は俺と知り合った頃からの記憶を失っている。住職達には蒼月か白鳥から説明がされるだろうし、四城市の岬の関係者には桜や紅葉が記憶操作を施す。岬は去年の十月に事故に遭い、今日までずっと昏睡状態が続いていて、一昨日の闇の襲撃で起きた地震がきっかけで意識を取り戻したってことにするんだ」
「なっ…」
「おまえ達の安全は保障する。俺がいなくても、俺の十君がちゃんとおまえら二人を地球に送り届けるから…、だから余計な心配はするな」
「ちょっと待って! 影見君がいなくてもってどういうこと?!」
「言葉通りだ」
「影見君と会った頃からの記憶がないってどういうことよ!!」
「そのままの…」
「違う! そんな言葉遊びがしたいんじゃないわ! なんなのっ? なんでそんな…、私と岬ちゃんのこと他人任せにするみたいな言い方するの?! なんで…っ、是羅を倒して影見君だって戻ってくるんでしょ?! 岬ちゃんと一緒に帰って来るんでしょ?!」
「……」
「影見君!」

 強く腕を掴んで詰め寄ってくる雪子の痛々しい表情に…、切ない声音に、戻ってこれるならそんな楽なことはないと思った。
 だが無理だ。
 取れる方法はどちらか一つ。
 河夕が死ぬか、岬が死ぬか。

「…俺は戻らない」
「――っ」
「俺は今日死ぬ。是羅を倒して、一族の役目を終えて」
「…めよ…っ、そんなの絶対駄目よ!!」

 雪子は真っ青になり、河夕の胸元をつかんで叫んだ。

「やめてよ、そんなの絶対ダメなんだから! なんで…っ、なんで影見君も緑君もそんな簡単に自分の命諦めちゃうの?! 守られて死なれる私達の身にもなりなさいよ!! そんなの…っ、こんな辛いのもうたくさんよ!!」
「松橋…」
「影見君死んだら岬ちゃんだってどうなるの…っ?! 岬ちゃん、影見君に死んで欲しくなくて自殺しようとしたのよ?! 庇われたくなくてあんなことしたのよ?! なのに……っ」
「松橋」
「なのに影見君死んじゃったら岬ちゃんだって生きてけないじゃない!」
「だから忘れさせるんだ!」
「っ…」
「岬から闇狩に関する記憶は全部奪う。あいつの記憶は、俺が是羅と一緒にあの世まで持っていく。あいつには何も残さない」
「そんなの……っ!!」
「聞け松橋!」

 再び声を荒げようとした雪子を黙らせ、河夕はまっすぐに涙で溢れた雪子の目を見つめる。

「間違えるな、俺は闇狩で、おまえと岬は地球人だ。俺達が守るべき惑星の住人なんだ。選択の余地もない、是羅を倒すために命懸けるのは当たり前なんだ」
「だって影見君は岬ちゃんの友達でしょぉ……っ! 一族なんて知らないわよ!! 影見君は影見君じゃない!!」
「おまえは岬が死んでもいいのか?」
「――!!」
「おまえは、俺と岬とどっちが大事なんだ。おまえの未来に必要なのは…、今までおまえが守ろうとしていたのは誰だ」
「……っ」
「俺と岬と、おまえが生きていて欲しいのはどちらだ?」

 ――残酷な言葉だった。
 そんなもの、選べるわけがない、答えられるはずがない。

「なんで…っ」

 信じられない、信じたくない。
 こんなことが現実であってほしくなんかない。
 なのに戻ってこれるのはどちらか一人で、河夕か岬か、どちらかしか生きていけないのが現実だと、…だから選べと、河夕は雪子に突きつけた。
 そんな残酷な選択を雪子に強いたのだ。
 そしてきっと岬は何も知らないんだろうと、雪子は気付く。
 是羅の最期をその目に焼き付けるために一緒に戦地へ赴く彼は、河夕が死ぬかもしれない未来など考えてもいないだろう。
 だからあんな明るく「行ってきます」と笑い返せた。
 光と同じに笑っている河夕の前で、あの時の自分のように騙されている。
 岬も皆に騙されて、河夕が死ぬ直前になってそれを思い知ることになるのだと思うと、たまらなかった。
 その思いが怒りに変わる。
 自分を騙した周りへの怒り、自分勝手に死んでしまった…死のうとしている狩人への怒り。
 そしてそれを受け入れるしかない、あまりにも無力な自分への怒りに。

「…っきなさいよ……っ」

 雪子は拳を握り締めた。
 手の中、光が一番大事にしていたと、河夕から渡された指輪を握り締めた。

「――行きなさいよさっさと!!」

 もう引き止められない。
 どんな言葉も河夕には届かない、だから本音など吐き棄てた。

「自惚れないで…っ! 影見君と岬ちゃんどっちかなんて比べられるはずがないでしょ?! 誰のせいでこんな目に遭ってると思ってるの?! 全部…全部影見君のせいよ! 岬ちゃんがいればいいの…っ、岬ちゃんが助かれば影見君なんかいらないに決まってるじゃない……!!」

 それ以外に、何を言えた…?
 それ以外に何を言い返せただろう。
 どちらかを選べなんて、そんなこと出来るはずがなくたって。
 雪子がどんなに叫んでも拒んでも、結局、河夕は背を向けて行ってしまう。
 だったら「やめて」と縋るだけ辛くなる。
 今以上に苦しくなるくらいなら、いっそ全部壊してしまったほうがずっと楽になれる。
 河夕のことも光のことも、憎んで、嫌いになってしまえば。
 忘れてしまえば、こんな楽なことはない。

「勝手にすればいいじゃない!! 影見君がどうなったって私には関係ないもの…っ、岬ちゃんがいればそれで……っ大嫌いよ闇狩なんて!! 影見君も緑君も大嫌い……!!!!」
「松橋…」
「さっさと行きなさいよ……っ!!」
「っ、――すまなかった…っ」

 不意に強い腕が雪子を引き寄せ、抱きしめる。

「悪かった…、許せ」
「ぅっ……離して…触らないでよ…、さっさと行ってよ…っ」

 言い放った台詞の、伝わっているのに、決して受け止められない心の言葉。
 もう戻らない。
 河夕は、帰らない。

 ――緑君は知っていたの……?

 指輪を握り締めて胸中に問えば、河夕さんを責めないでほしいと告げた光の言葉が蘇る。
 判っていて、認めていたのだと、…気付きたくなんかなかった。
 泣き続ける雪子を慰めてくれる人はもういない。
 泣きたいときには言ってほしいと告げた光さえ、もう……。
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