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時空に巡りし者
二一
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雪子と光に対する侘びの気持ちと、是羅に向ける怒りを抱えて、微笑する。
「……そろそろ満足したか? 俺を動揺させてどうする気だったかは知らないけどな、テメェの勝手な御託を聞いているのも、もう飽きた」
「河夕さん……?」
「影見君……」
光と雪子が戸惑いの表情で河夕を見るのと対照的に、是羅は今までと一転した無表情を浮かべている。
「おまえが岬を奪っただ? 松橋の台詞じゃないが気色の悪いデタラメはもう充分だ!」
「デタラメ、だと?」
「言っておくが俺には五百年前の大戦なんて関係ないんだ」
ピクッ……と是羅の頬が引きつる。
「俺は俺、岬は岬――他の誰でも有りはしない。例え岬が速水の魂の器だったとしても、俺が影見綺也の子孫でも! 誰の意思も俺達には関係ないんだ!!」
「……何故、貴様が影見綺也の名を……あ奴の名は狩人の歴史から抹消されたはず!」
「テメェを裏切り、今まで速水を守り続けてきた闇の魔物達がいたのを知っているか? 魔物にだって心のある連中はいるんだってことを知っていたか!? そいつらが全てを教えてくれたんだ、岬が速水の魂の器になった経緯も、五百年前の大戦の中で貴様と速水、そして影見綺也の間で何が起きていたのかもな!!」
「やめろ!」
今、初めて是羅の言葉が震えた。
会話の内容を掴めない光と雪子は呆然としたまま口を出せずにいる。
「まかさと思うよな……どっかの魔物が食って得た体だと思っていた子供が実はおまえの魂を持った女帝の娘で、しかもいつの間にか敵方の王と愛し合っていた、なんてな。何が闇の女帝・速水だ! 速水は闇の女帝に与えられる称号なんかじゃない、五百年前の影主が愛した女に贈った名前だ!!」
「よせと言っている!!」
言い放つ是羅に、河夕は確信した。
何も知らないのは、むしろこの男の方なのだと。
「テメェも酔狂な奴だよ。宿敵が贈った名前を自分の女帝の名だと偽り愛しているだと? 根性が腐ってるにも程があるだろ」
「戯け者が……っ、だからどうしたと言うのか! 岬が我が手中にあるは事実、この者が我が魂の守人であるも事実!! 私が命じれば岬は貴様とて躊躇わずに殺せるのだっ、貴様らに勝ちはないという事実は変わらぬ!!」
「まだ気が付かないのか!」
言うが早いか、河夕の手に現れた白銀色の刀が振りあがり、そのまま躊躇せずに岬の身体を切断した。
「河夕さん!!」
驚愕するのは誰もが同じだった。
河夕は、迷うことなく岬を斬ったのだ。
その体は二つに裂かれ、地面に転がる。……だが、是羅は死ななかった。
岬の体が横たわることもなかった。
血も、痛みも。
何もない。
その代わりに床に舞い降りたのは、日本古来の呪術の中、式神と呼ばれるそれに似た人型の紙切れ。
「……影人形……」
光は呆然と呟いた。
本人と同じ能力、同じ心を持つ影人形は、狩人達が災厄から身を守る為に使う、いわゆるみ変わり人形だ。
「言ったはずだぜ、岬が速水になった理由も、貴様のことも、全てを教えてくれた闇の魔物がいるんだってな。……その後で、俺が岬をそのままこの場所にいさせると思ったか」
河夕は落ちた紙人形を拾い上げ、手の上で炎を生み出し、瞬時に灰と化した。
「岬は絶対にテメェには渡さない」
光にも言った。
自分は、もう二度と同じ後悔をしたくないのだ。
今度こそ、大切な存在を守りたい。
「岬が速水で、岬を殺さなきゃおまえを倒せない運命でも変えてみせる……俺が絶対に守ってみせる!」
岬を手に入れ損ねたこと、今までの岬が偽者であったと見抜けなかったこと、最も憎い綺也と同じ顔をしたこの影主に欺かれたこと、……様々なものが一つの大きな衝撃となって是羅を襲った。
「立て光! この学校全体に結界を! こいつを追い払う!!」
「っ、御意」
いまいち事の次第がつかめずにいた光だが、主の言葉にわれを取り戻して立ち上がった。
岬を殺さなければ消滅しない男でも、影主の全力の一撃を受ければ数日は動けない状態に陥るだろう。
そうなれば、ほんの数日でも平穏な日々を取り戻せる。
「影主の名を継ぎし我に始祖里界神の光りを!」
以前にも聞いた言葉の羅列に平行するように、光の両腕を夏の木々の色をした光りが取り巻いていく。
闇狩の聖なる力……その強大さ。
河夕の白銀の光りが溢れ、深緑の光が校舎を、そして雪子の身を包んだ。
刀が振りあがる。
力が発散される。
「俺達は五百年前と違うんだ!!」
闇と白銀の光がぶつかり合い、校舎の窓を貫く圧力と共に激しい爆発を起こした。
光の作った深緑の結界も、一族の王と是羅の力を完全に抑えることは出来なかった。
光も雪子も目を閉じ、それでも眩しい光に息を呑んだ。
その時、直接、脳裏に流れてきた声は誰のものだっただろう。
河夕の声だったのか――それとも岬の声か。
もしくは、五百年前の誰かのもの。
『信じることが力になる』
『未来に願いは叶うのだと信じろ』
そう強く言い切った人は、果たしてどんな願いを未来に託したのだろうか―――。
「……そろそろ満足したか? 俺を動揺させてどうする気だったかは知らないけどな、テメェの勝手な御託を聞いているのも、もう飽きた」
「河夕さん……?」
「影見君……」
光と雪子が戸惑いの表情で河夕を見るのと対照的に、是羅は今までと一転した無表情を浮かべている。
「おまえが岬を奪っただ? 松橋の台詞じゃないが気色の悪いデタラメはもう充分だ!」
「デタラメ、だと?」
「言っておくが俺には五百年前の大戦なんて関係ないんだ」
ピクッ……と是羅の頬が引きつる。
「俺は俺、岬は岬――他の誰でも有りはしない。例え岬が速水の魂の器だったとしても、俺が影見綺也の子孫でも! 誰の意思も俺達には関係ないんだ!!」
「……何故、貴様が影見綺也の名を……あ奴の名は狩人の歴史から抹消されたはず!」
「テメェを裏切り、今まで速水を守り続けてきた闇の魔物達がいたのを知っているか? 魔物にだって心のある連中はいるんだってことを知っていたか!? そいつらが全てを教えてくれたんだ、岬が速水の魂の器になった経緯も、五百年前の大戦の中で貴様と速水、そして影見綺也の間で何が起きていたのかもな!!」
「やめろ!」
今、初めて是羅の言葉が震えた。
会話の内容を掴めない光と雪子は呆然としたまま口を出せずにいる。
「まかさと思うよな……どっかの魔物が食って得た体だと思っていた子供が実はおまえの魂を持った女帝の娘で、しかもいつの間にか敵方の王と愛し合っていた、なんてな。何が闇の女帝・速水だ! 速水は闇の女帝に与えられる称号なんかじゃない、五百年前の影主が愛した女に贈った名前だ!!」
「よせと言っている!!」
言い放つ是羅に、河夕は確信した。
何も知らないのは、むしろこの男の方なのだと。
「テメェも酔狂な奴だよ。宿敵が贈った名前を自分の女帝の名だと偽り愛しているだと? 根性が腐ってるにも程があるだろ」
「戯け者が……っ、だからどうしたと言うのか! 岬が我が手中にあるは事実、この者が我が魂の守人であるも事実!! 私が命じれば岬は貴様とて躊躇わずに殺せるのだっ、貴様らに勝ちはないという事実は変わらぬ!!」
「まだ気が付かないのか!」
言うが早いか、河夕の手に現れた白銀色の刀が振りあがり、そのまま躊躇せずに岬の身体を切断した。
「河夕さん!!」
驚愕するのは誰もが同じだった。
河夕は、迷うことなく岬を斬ったのだ。
その体は二つに裂かれ、地面に転がる。……だが、是羅は死ななかった。
岬の体が横たわることもなかった。
血も、痛みも。
何もない。
その代わりに床に舞い降りたのは、日本古来の呪術の中、式神と呼ばれるそれに似た人型の紙切れ。
「……影人形……」
光は呆然と呟いた。
本人と同じ能力、同じ心を持つ影人形は、狩人達が災厄から身を守る為に使う、いわゆるみ変わり人形だ。
「言ったはずだぜ、岬が速水になった理由も、貴様のことも、全てを教えてくれた闇の魔物がいるんだってな。……その後で、俺が岬をそのままこの場所にいさせると思ったか」
河夕は落ちた紙人形を拾い上げ、手の上で炎を生み出し、瞬時に灰と化した。
「岬は絶対にテメェには渡さない」
光にも言った。
自分は、もう二度と同じ後悔をしたくないのだ。
今度こそ、大切な存在を守りたい。
「岬が速水で、岬を殺さなきゃおまえを倒せない運命でも変えてみせる……俺が絶対に守ってみせる!」
岬を手に入れ損ねたこと、今までの岬が偽者であったと見抜けなかったこと、最も憎い綺也と同じ顔をしたこの影主に欺かれたこと、……様々なものが一つの大きな衝撃となって是羅を襲った。
「立て光! この学校全体に結界を! こいつを追い払う!!」
「っ、御意」
いまいち事の次第がつかめずにいた光だが、主の言葉にわれを取り戻して立ち上がった。
岬を殺さなければ消滅しない男でも、影主の全力の一撃を受ければ数日は動けない状態に陥るだろう。
そうなれば、ほんの数日でも平穏な日々を取り戻せる。
「影主の名を継ぎし我に始祖里界神の光りを!」
以前にも聞いた言葉の羅列に平行するように、光の両腕を夏の木々の色をした光りが取り巻いていく。
闇狩の聖なる力……その強大さ。
河夕の白銀の光りが溢れ、深緑の光が校舎を、そして雪子の身を包んだ。
刀が振りあがる。
力が発散される。
「俺達は五百年前と違うんだ!!」
闇と白銀の光がぶつかり合い、校舎の窓を貫く圧力と共に激しい爆発を起こした。
光の作った深緑の結界も、一族の王と是羅の力を完全に抑えることは出来なかった。
光も雪子も目を閉じ、それでも眩しい光に息を呑んだ。
その時、直接、脳裏に流れてきた声は誰のものだっただろう。
河夕の声だったのか――それとも岬の声か。
もしくは、五百年前の誰かのもの。
『信じることが力になる』
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そう強く言い切った人は、果たしてどんな願いを未来に託したのだろうか―――。
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