【完結】闇狩

柚鷹けせら

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夢に囚われし者

二十

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 この河夕と一太の攻防を、光の結界の中で見ていた岬は、先ほどから彼ら二人が何度も口にしている是羅という名が気になって光を見上げる。
 素直に問いかけた岬に、光はそっと微笑って語り出す。

「是羅というのは、僕達一族にとっての最大の敵、闇の魔物達を率いる男のことです。僕達闇狩にも三千五百年という長い歴史がありますが、闇の魔物達にはそれ以上に長い歴史があります。その長い歴史を生き続け、常に魔物達を率いているのが是羅です」
「……その人は狩れないんですか?」
「狩れないことはありませんが、あいつを狩るにはその上を見つけなければなりません」
「上……?」
「魔物達の女王です」

 今までの彼らしからぬ口調に、岬は目を瞠る。

「魔物達とて何の統括もないままに動いているわけではありません。そういう魔の部族もいるでしょうが、僕達が戦うべき闇の魔物達は是羅の統括の下で動いています。太古の昔に不老不死の魂を手に入れ、呪術を操り、魔物を飼い慣らして増やし、一つの部族を興した。己の肉体が老いて動きずらくなれば新たに若い人間の肉体を手に入れて魂を移し返し、三千五百年以上の年月、魔物の主として生き続ける男、それが是羅」
「……じゃあ是羅が、その……魔物達の王様じゃないんですか……?」
「いいえ、違います」

 どうも理解に苦しでいる岬の様子に薄く笑って、続ける。

「是羅はいつだって若い男の身体を器にして生き続けてきました。気が若ければ肉体も若い、そうである以上は性欲も若いまま」
「は……」

 一瞬、どこに話が飛んだのか分からなかった岬が聞き返すと、青年はクスリと笑う。

「是羅は自分の肉体が老いて役に立たなくなるたびに、次の身体を得て来ました。だがその度に取り替えてきたのは自らの肉体だけでなく、伴侶もまた変えてきた。身体を変えるごとに選ばれた女性こそが速水の称号を与えられた是羅の魔物達の女王です」
「……」
「魔物達の王といっても、彼女が自ら率いるわけではありません。率いるのはあくまでも是羅であり、速水の名を与えられた女性が戦前に赴くことは決してない。けれどだからこそ速水には魔物達にとっての核が与えられているんです――即ち、速水の死は是羅の、そして魔物達の滅亡に繋がるように」
「……じゃあ速水を討ったら、闇狩の人達が勝ちってことですか……?」

 自分に解りやすく、言葉を変えて確認してくる岬に、光は静かに笑むことで彼の言葉を肯定した。

「是羅は己の死を恐れています。だが殺戮の戦前に赴きたいという欲求は抑えられない。故に気に入った女性の胎内に自分の核を移し、女性ごと城の奥深くに隠すんです、決して狩人の手に落ちないよう何重もの結界と魔物を散らばせて」

 それはいまだかつて、三千五百年もの年月をかけても実現しなかった狩人達の宿願。
 是羅と魔物達の暴動を抑える一方で、狩人達を是羅の根城される奇渓城に送り、その奥深くに隠された女を狩ろうと試みてきた。
 だがそれが実現したことは一度もない。
 原因は様々だろう。
 奇渓城の見取り図がないために速水の所在が突き止められないため。
 彼女を守る魔物の力が強大すぎるため。
 二つに分けた狩人達の戦力が是羅に遠く及ばなかった為……、考えられる原因を挙げていけばキリがない。
 是羅の命を――つまりは魔物一族の核を胎内に持つ速水。
 彼女を見つけ出し、狩ること、それが一族の者達が始祖から与えられた使命。

「是羅の望みは地球世界における戦争だそうです。人の心を喰らい、肉体を喰らい、その身を器とした魔物達が人の身体を互いに切り刻む、それが是羅の見てみたい世界だとか」
「そんな……」
「もちろん、そんなことはさせません。そのために里界の神々は地球人の中から選び抜いた者達に対是羅のための力を与え、闇狩一族を興したのですから」
「それが貴方達のことなんですか……?」
「ええ。まぁ、これも聖伝説の書からの受け売りですけどね」

 答えて、いつもの笑顔を浮かべる光。

「それに、僕は多少の変わり者ですから」

 言うと同時、激しい振動が光の結界を揺さぶった。
 それが河夕の放った一撃が一太にかわされ、光の結界にぶつかった為だと察した光は、念のためにと岬の腰に手を回し、抱くような体勢を取る。

「岬君、しっかり捕まっていて下さいね」
「えっ……、わあっ」

 突然、足が床から離れ、岬は素直に驚きの声を上げた。

「ひ、光さんて、空も飛べたんですか……?」
「以前の岬君ならこれも当然だと思ったんじゃないですか? 河夕さんと一緒にいたんですからね」

 光に言われ、岬は何と答えることも出来ずに、下方にいる河夕の姿に見入った。
 黒い靄を纏った少年は、通常の何倍もの威圧感を持って様々な抵抗を繰り返す。
 そんな少年に、それ以上の強さを持って向かうのは漆黒の髪に黒曜石の瞳、恐ろしいほど左右対称に整った面立ちの、威厳に満ちた美しい人。
 美しく、強く、そして自分を守ろうとしてくれる優しい力が辺りに満ちる。

「……あの人と光さんて……、友達、ですか……?」
「いいえ」

 少なからず緊張して問いかけた岬に、光は何を思ったか薄く笑って彼の言葉を否定した。

「闇狩は人とのつながりを許しません。家族であろうと、恋人であろうと、友人であろうとも。……もちろん子孫を残すためにそれなりの行為には及びますけどね」
「……っ」

 慣れないことを聞いて思わず熱くなった岬の頬。
 そんな純粋過ぎる少年の内心を察して、光は笑みを強めた。

「それはともかく、僕と河夕さんが友人だなんて、そんなことは有り得ませんよ。僕は彼に嫌われていますからね」

 冗談なのか、本気なのか。
 岬が何かを言いかけたとき、河夕の声が届いた。

「光! 喋ってばかりいないで岬を守ってろ!」
「承知していますよ」

 魔物を叩き斬る河夕に、光はそんな返答をする。

「岬君は僕に任せて、河夕さんは本気でどうぞ」

 言われて、河夕は一瞬だけ鋭い視線を彼に向けたが、すぐに一太と対峙した。
 たとえ好きくない相手であっても、このことに関してだけは信じられる。
 伊達に十年以上も近くで過ごしてきたわけではなければ、一族の純血でもない彼が十君の一人として名を連ねられるわけがない。

「来い、小僧!」

 河夕の力の前にボロボロになっていた一太が、これでもかと言うよう力を炎上させる。
 炎の海と化した家屋の中で――狩人の結界の中で、一太は力を燃え上がらせた。

「許さない……許さないよ狩人! 僕と岬の間を邪魔しようなんて……絶対に許さない!!」
「ごちゃごちゃ言わずに掛かって来い! 岬が欲しけりゃ俺を殺せ!!」
「殺してやる! 岬を僕から奪う奴はひとり残らず殺してやる!」

 闇と白銀の光りがぶつかり合う。
 まるで戦う者の内面を表すかのような、人を惹き付ける力の波動。
 河夕の力がいまだに広がっていくのは、これがまだ限界ではないからだ。

(強い……)

 それが岬にも伝わってくる。

(何年ぶりでしょうね、こうして貴方の力を間近で見られるのは……)

 喜びに心が震える。
 蘇る……この力に救われた遠い日が――。

 河夕の白銀の光りが膨張し、河夕の瞳までがその色に変化する。
 一太が歴然とした力の差に、何かを口にすることも出来ずに後退りする。

「……安心しろ。俺達の始祖は地球人贔屓でな。死んでまでおまえを苦しませやしない」
「あっ……ああっ……」
「これで終わりだ!!」

 一太に向かって白銀の刀が振り下ろされた。
 一太は逃げる術さえ知らなかった。

 ――岬岬岬岬岬岬ミサキミサキミサキミサキミサキ―――!!!!

 河夕、光、そして岬の耳にも届く不快な絶叫。
 限界を超えてまで溜められていた声が、一気に溢れ出して繰り返し叫び続ける。
 岬、と。
 誰より欲したのはおまえだと。

 ――どうしてともだちになろうっていったのはミサキなのにぼくといっしょにいてよこんなやつよりぼくのほうがミサキミサキミサキミサキミサキミサキミサキ!!!!

「馴れ馴れしく呼ぶな、クソガキが」
 足から砂になりながらも終わることなく叫び続ける少年に河夕は最後の言葉を叩きつける。
「おまえは魔物を呼んだ。その力で岬を殺そうとした。……今更、友達も何もないだろ」

 ――ミサキィィィィィィイィィ……

「さっさと失せろ」

 最後の一振り。
 虚空に閃いた一線は、一太の最後を断ち切った。
 砂山が崩れていくように、少年の身体は金の砂へと形を変えて大気に解けて消えていく。
 人としての輪廻に帰れない魔物と同化した肉体は、金の砂に姿を変えて、風に、大地に、水に融ける――そうして自然界へと還るのだ。
 その一部始終を、岬は光の腕にしがみつきながらじっと見つめていた。
 これが己を脅かし続けた魔物の最期なのだと、自分自身に言い聞かせて――。
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