【完結】闇狩

柚鷹けせら

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夢に囚われし者

十九

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「生きていたんだね、岬……っ」

 驚きと困惑から固まってしまった河夕を振り払って、一太は岬に駆け寄った。
 河夕は一拍遅れてその足を止めようと刀を振り上げたが、実行はしなかった。
 岬と一緒にいるのは、たとえ好かない奴でも闇狩一族の有力者が名を連ねる十君の一人だ。彼が隣にいるなら岬に危害が加わる心配はなかった。
 岬の腕に一太の手が届くまであと十五センチメートルといったところで、目に見えない壁が少年の行く手を遮った。
 ビリッと激しい火花が散って、一太は後退し、岬は驚きの声を上げて光にしがみつく。
 その光景に河夕はホッと息を吐き、光は笑みを強めた。

「もう二度と岬君に触れさせはしませんよ、岡山君」
「なんで……っ、邪魔をするな! 岬を僕に返せ! 岬は僕のものだ!!」
「岬君はそう思っていませんよ。……と言うよりも」

 一太の言葉に怯えてか、自分の腕にしがみついて隠れるようにしている岬を一瞥してから、光は強い口調で一息に言い放つ。

「それ以前に君の事さえまったく覚えていませんからね」
「!」

 河夕は今までの困惑から、微かな安堵と新たな不安に身を強張らせた。

「……ってことは、最悪のパターンは逃れたものの……ってことか」
「ええ。河夕さんが言うところのパターン2ですね」
「っ……何の話だよ! 岬はどうしたの! おまえ達、岬になにをしたんだ!?」
「何かをしたのは君でしょう、岡山君」

 微妙に口調を変化させ、見下すような視線を向けた光に、しかし一太は一歩も引き下がらない。

「君が岬君に恐怖を与え、殺そうとまでした。そこから逃れる為に、岬君はその代償として記憶を失くしたんです」
「! 僕は岬に悪いことなんかなにもしていない! 岬と一緒に生きるために一つになりたかっただけだ! それが岬の幸せだったんだ!!」
「唯我独尊もここまで来ると可愛げがありませんね」

 興奮し、顔を真っ赤にして声を張り上げる一太に、光は何ら変わらない物言いで言葉を繋げていく。
 そして一歩も動こうとしない河夕の視線は、光の腕にしがみつきながら、一太の言動に怯えている岬の姿を見つめていた。

(……そういうことか)

 あの時、岬の心臓に一族の力を突き立てるのは一か八かの賭けだった。
 岬が自ら魔物を呼び込んだわけではなく、魔物を呼び込んだ一太が岬を狙って闇を纏わり憑かせていただけなら、河夕の結界で魔物の卵を遠ざけられたように、祓うことも可能ではないかと考えたのだ。
 一族の力が具現化した刀は、結果的に人を殺すのだとしても、本来の役目は魔物を狩ること。
 完全に魔物に乗っ取られたわけではないなら、魔物だけを滅ぼすことは出来ないだろうか、それは一か八かの賭け。
 何の自信も、確証もなかった。
 それしか方法を思いつかなかったら実行に移した術。
 殺してしまう可能性の方が遥かに高く、直後に岬の心臓は停止し、呼吸も止まったことから「やはり駄目だった」と、現実を受け止めるだけで精一杯だったが、何の奇跡か河夕の無謀な策は成功し、岬をこの世界に連れ戻した。
 彼の精神を侵していた魔物だけを祓うことが出来たのだ。

(だが完全にとはいかなかったってことか……)

 河夕の力は魔物を中和した。
 岬を岬としてこの世界に連れ戻した。
 だが危険極まりない方法は、それ相応の代償を必要としたということだ。

「とにかくですね、岡山君」

 光は冷たい眼差しを一太に投げかけ、単調な物言いでそれを告げる。

「岬君は、君に与えられた恐怖のせいで全ての記憶を失くしてしまったんです。ご両親、ご兄姉、幼馴染のことも、お友達のことも、……河夕さんのことも全てです」
「嘘だ……」
「考えようによっては死ぬよりも辛いことでしょうね。自分で自分が判らないのですから」
「嘘だ!」

 一太は叫ぶ。

「嘘だ嘘だ嘘に決まってる! 岬が僕のことを忘れたりなんかするものか! 忘れるわけがない!!」

 一太の様々な感情が入り乱れた力が、再び魔物の力を増幅させる。
 光が岬を守る為に張っている結界を超えようと、圧力をかけてくる。

「岬は僕のものだ……おいで、岬。おいで……!」
「いやだ……っ」
「来るんだ岬!」
「いや……っ」
「あきらめが悪いのは、嫌ってくれと言っているようなものですよ」

 光が、自分の力が一太の力とぶつかり合い、反発し合っている様を眺めながら、楽しげに告げる。

「恋愛で成長できない人は叶わぬ恋などするものではありません」
「うわっ」

 瞬発的な力の増幅に一太は吹き飛ばされ、そこに河夕の力までも受けて床に叩きつけられた。

「おまえの相手は俺だろうが、小僧」

 無表情に告げる河夕を見つめて、今や彼のことも忘れてしまった岬は、光の腕にしがみつく自分の手に力を込めた。
 光はそれをどう感じ取ったのか、ただ優しく彼に囁く。

「岬君、大丈夫ですよ。僕達が必ず君を守ります」
「……僕、達……?」

 岬は、誰のことを言っているのかと不思議そうな顔をして見せた。
 だから光は躊躇う。

「……彼も、君を守る為にここにいるんですよ、岬君」
「あの人も……」
「ええ」

 光の視線が河夕に移ったのを追うように、岬も彼を見つめる。
 その視線に気付いて顔を上げる河夕。
 心配そうな眼差しを向ける岬に静かに微笑んで、…顔をそらし、瞳を伏せた。

(……これが掟に背いた代償か)

 以前のように自分を見ることのない岬の瞳がひどく辛い。
 辛くて、悔しくて。
 生きていても、河夕が大切に思った彼はもういない。
 ……それでも。

(死ななかっただけ、よかっただろ)

 気持ちを切り替え、そう思い直し、目を開けて顔を上げる。
 生きていたのだ。
 この手が岬の命を奪うことはなかった、だから今度は。

(今度こそ、守ればいい)

 もう二度と魔物になど囚われぬように。
 岬を守りたい、その想いが更なる力を生むから。

「もう充分だろう」

 白銀の刀は河夕の心に同調し、いっそうの輝きを放ち始める。
 怒りから再び赤く変色した一太の瞳、魔物の外観。
 自我を失えばその方が狩りやすいと冷静に考えた。

「全力出して死ぬ気で掛かって来い! そうすれば一発で仕留めてやる!」

 黒霧を全身に纏い、赤い目を光らせ牙を剥く。

「確かにおまえにも同情すべきことはある。家族にも嘲られて自分の居場所も見つけられずに、死ぬことしか考えられなかったんだろう。周りを憎むことでしか自分を保っていられなかったんだろ、それは解らなくもないさ」

 河夕自身、環境こそ違えどいつ死んだって構わないと思ってきた。
 憎んだ相手だっていたし、自分のしてきたこと振り返れば懺悔ばかりが胸を占める。

「だからって魔物を呼び込むほどの強い憎悪に、自分の命を投げ出そうとしたのが間違いなんだ! そんなだから魔物に捕まってこんなことになるんだ!」
「違う……っ、違う、是羅様が教えてくれたんだ! こうすれば幸せになれるって! 欲しいものが手に入るって! 僕は正しいって是羅様は言ってくれた!!」
「闇に食われて自我失くすのが幸せか!!」

 何かが砕ける音がして、一太に纏わり憑く魔物の卵達の一部が蒸発するように消えていく。

「そう思うようになったら、それは俺達闇狩一族に狩られる道しか残されないことになる、おまえは死ぬことが幸せだとても言うつもりか!」
「岬と一つになることが僕の幸せだよ! 是羅様はその方法を教えてくれたんだ!! 岬は僕と一緒にいなきゃダメなんだ……岬は僕のものなんだ!!」
「岬はおまえのものじゃない!」
「僕のものだ! 是羅様がそう言ってくれた!!」
「是羅是羅っていい加減にしろ!!」

 再びの破砕音。
 光が散り、闇が砕ける。
 だが双方、引こうとはしなかった。
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