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夢に囚われし者
七
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「河夕に時計渡したって何の意味もなかったんだな」
「まさか目覚まし時計を持ち歩くわけにはいかないだろう。今度は腕時計にでもしてくれ」
「今度……って、またどっか行くの……っ?」
途端に詰め寄ってくる岬に、河夕は思わず後退りするが、壁に背後をふさがれ、逃げ道がなくなる。
「だから、さ……俺は闇狩だって言ったろ。狩人の数だって少ないし、年中無休なんだよ俺達の役目は」
「……じゃあここにも仕事で来たの……?」
「それは……、今回は、自主休暇だよ。おまえも怒ってると思ったしな」
「解ってて三ヶ月も連絡してこなかったのか?!」
「だからいろいろ買ってきてやっただろ? おまえだって笹かま美味そうに食ってたじゃねーか」
「確かにあれは美味しかった。うちは家族全員で笹かまのファンだよ、けどな!」
「おまえって前から思ってたけど終わったことぐだぐだ言うの好きだよなぁ」
「好きじゃないよ、これっぽっちも!」
ふんっとふてくされて畳の上に座り込む岬。
今、二人がいるのは岬の私室でもある六畳間の和室だ。端の方に数冊の雑誌が積み上げられているのをのぞけば綺麗なもので、制服もちゃんとハンガーにかけられていた。
河夕の部屋とは違った意味で、よく片付いた部屋である。
「あのなぁ……。確かに三ヶ月も音信不通だったのは悪かったと思うけどさ。こっちだって色々とあったんだ。北海道から沖縄まで飛んだと思えば次は中国、その次はチリだ。この三ヶ月で少なくとも十の国は回ったぞ。しかも本部じゃ一ヶ所に一月も留まるなんて言語道断だってどやされるわ罰則は課せられるわ……」
「たった一月で?」
「魔物を狩ったらすみやかにその場を離れる、それが俺達の決まりだからな」
根本的に狩人の絶対数が少ない一族、人がいる以上は決して絶えることのない闇の魔物。
救いを求めている場所は毎日増え続けているのに、それでも河夕は、一月の間、ずっと傍にいてくれた。
「とにかく、そんなこんなで色々あったんだ。解ったら機嫌直せ」
「……」
「岬」
「……悪かったと思ってるんだ?」
「さっきからそう言ってる」
「悪かったと思ったら、言わなきゃならない言葉って知ってる?」
「――」
頬が引きつるのを自覚しながらも、これ以上は岬の機嫌を損ねるわけにはいかない。
結局、河夕は岬には敵わないのだ。
「……すまなかったな」
「……」
「ごめん」
真っ直ぐで潔い眼差し、黒曜石の瞳。
久方ぶりに再会した親友の、その色に、今また岬の内側から込み上げてくるものがある。
「岬?」
ふいっと前に向き直って、立てた膝に顔を隠せば、河夕も気付いたのだろう。
苦笑めいた笑いを零してその頭で手を弾ませる。
「っとに泣き虫だな、おまえ」
「泣いてないっ」
嘘バレバレの返答に河夕は声を殺して笑い、それからしばらく、岬が落ち着くまで続く静寂。
そのうち、さすがに恥ずかしくなったらしい岬が、わざとらしくも、必要以上に大きな声で喋り始めた。
「か、河夕、いくら短い休暇でも明日、明後日くらいまではゆっくり出来るんだろ?」
「まぁ……そのつもりだが、ここにいたら迷惑になるだろう」
「全然迷惑なんかじゃないよ! それに他に泊まる場所があるわけじゃないだろ?」
「一応、この間も使ってたマンションはあるけどな」
「マンション?」
「一族で買ってあるんだ、世界各地に点々と」
「ふーん……」
納得できるような出来ないような……。
「でもいいよ、ここにいて。なんなら明日は一緒に学校に行こうか? 雪子も会いたがってたし」
会いたがっていたと言うのは多少語弊があるような気もするが。
「それに、ここにいてくれた方が俺も嬉しい」
「……あのさ」
「?」
「そういう恥ずかしいことを真顔で言うの止めろよ、頼むから」
「河夕でも恥ずかしい?」
「おまえ、どういう目で俺を見てるんだよ」
「しょうもない悪ガキじゃん」
「泣き虫のお子様に言われたくないって」
「河夕っ」
からかい口調の河夕に目を吊り上げて振り返った岬は、だがその瞬間に世界が揺れて足元が覚束なくなる。
立ちくらみを起こしたせいらしいと気付いた時には河夕の腕の中。
「おい」
倒れかけた岬を慌てるでもなく支えた河夕の、細く見えるのにしっかりとした胸に、岬は青い顔をしたまま寄りかかる。
「大丈夫か?」
「うん……、最近ちょっと疲れ気味で……」
「倒れるほど疲れてるわりには、よくまぁあれだけ怒れたな」
「疲れてるの忘れてたんだよ」
「忘れるほど何に興奮してたんだよ」
間抜けの極致だと続ける河夕に、岬は頬を膨らませた。
岬の興奮の原因が自分の出現だとは全く解っていない河夕である。
「そんなに疲れてるんだったら、さっさと休め」
「でも……せっかく河夕が帰ってきたのに」
拗ねるように呟く岬に、河夕は深く深く息を吐く。
「ったく……、俺なんかのことより自分の健康管理をしっかりしろよ」
言って、河夕は口の中で何かしらの言葉を紡ぐ。
岬の肩に置かれた手が不意に白銀色の光を帯び始めたが、岬はそれに気付かない。
「河夕……?」
数秒を経ての呼びかけ。
河夕の手を覆っていた光は岬の体内に吸い込まれるように消えていった。
「……どうだ? 眩暈とか頭痛とかしないか?」
「? ううん……あれ? なんかさっきより全然……楽、かも……」
返された答えに河夕は安堵する。
住職が言っていた通り、術力同士が拒否反応を起こす心配はなさそうだ。
河夕が岬の内側から結界を張ったなら、あの、夜道で再会した時のように、岬が闇に覆い被さられることはない。
あんな他人の負の感情を背負って疲労を重ねることはなくなるはずだ。
「……仕方ないか」
「え?」
「一日延ばして三日。来週の月曜までここにいるよ」
「本当に?!」
パッと輝く岬の顔。素直すぎるのも罪だと思う。
「あぁ。だからもう寝ろ。俺も休ませてもらうから」
「うん!」
元気に頷く岬に笑い、河夕はその部屋を後にした。
「まさか目覚まし時計を持ち歩くわけにはいかないだろう。今度は腕時計にでもしてくれ」
「今度……って、またどっか行くの……っ?」
途端に詰め寄ってくる岬に、河夕は思わず後退りするが、壁に背後をふさがれ、逃げ道がなくなる。
「だから、さ……俺は闇狩だって言ったろ。狩人の数だって少ないし、年中無休なんだよ俺達の役目は」
「……じゃあここにも仕事で来たの……?」
「それは……、今回は、自主休暇だよ。おまえも怒ってると思ったしな」
「解ってて三ヶ月も連絡してこなかったのか?!」
「だからいろいろ買ってきてやっただろ? おまえだって笹かま美味そうに食ってたじゃねーか」
「確かにあれは美味しかった。うちは家族全員で笹かまのファンだよ、けどな!」
「おまえって前から思ってたけど終わったことぐだぐだ言うの好きだよなぁ」
「好きじゃないよ、これっぽっちも!」
ふんっとふてくされて畳の上に座り込む岬。
今、二人がいるのは岬の私室でもある六畳間の和室だ。端の方に数冊の雑誌が積み上げられているのをのぞけば綺麗なもので、制服もちゃんとハンガーにかけられていた。
河夕の部屋とは違った意味で、よく片付いた部屋である。
「あのなぁ……。確かに三ヶ月も音信不通だったのは悪かったと思うけどさ。こっちだって色々とあったんだ。北海道から沖縄まで飛んだと思えば次は中国、その次はチリだ。この三ヶ月で少なくとも十の国は回ったぞ。しかも本部じゃ一ヶ所に一月も留まるなんて言語道断だってどやされるわ罰則は課せられるわ……」
「たった一月で?」
「魔物を狩ったらすみやかにその場を離れる、それが俺達の決まりだからな」
根本的に狩人の絶対数が少ない一族、人がいる以上は決して絶えることのない闇の魔物。
救いを求めている場所は毎日増え続けているのに、それでも河夕は、一月の間、ずっと傍にいてくれた。
「とにかく、そんなこんなで色々あったんだ。解ったら機嫌直せ」
「……」
「岬」
「……悪かったと思ってるんだ?」
「さっきからそう言ってる」
「悪かったと思ったら、言わなきゃならない言葉って知ってる?」
「――」
頬が引きつるのを自覚しながらも、これ以上は岬の機嫌を損ねるわけにはいかない。
結局、河夕は岬には敵わないのだ。
「……すまなかったな」
「……」
「ごめん」
真っ直ぐで潔い眼差し、黒曜石の瞳。
久方ぶりに再会した親友の、その色に、今また岬の内側から込み上げてくるものがある。
「岬?」
ふいっと前に向き直って、立てた膝に顔を隠せば、河夕も気付いたのだろう。
苦笑めいた笑いを零してその頭で手を弾ませる。
「っとに泣き虫だな、おまえ」
「泣いてないっ」
嘘バレバレの返答に河夕は声を殺して笑い、それからしばらく、岬が落ち着くまで続く静寂。
そのうち、さすがに恥ずかしくなったらしい岬が、わざとらしくも、必要以上に大きな声で喋り始めた。
「か、河夕、いくら短い休暇でも明日、明後日くらいまではゆっくり出来るんだろ?」
「まぁ……そのつもりだが、ここにいたら迷惑になるだろう」
「全然迷惑なんかじゃないよ! それに他に泊まる場所があるわけじゃないだろ?」
「一応、この間も使ってたマンションはあるけどな」
「マンション?」
「一族で買ってあるんだ、世界各地に点々と」
「ふーん……」
納得できるような出来ないような……。
「でもいいよ、ここにいて。なんなら明日は一緒に学校に行こうか? 雪子も会いたがってたし」
会いたがっていたと言うのは多少語弊があるような気もするが。
「それに、ここにいてくれた方が俺も嬉しい」
「……あのさ」
「?」
「そういう恥ずかしいことを真顔で言うの止めろよ、頼むから」
「河夕でも恥ずかしい?」
「おまえ、どういう目で俺を見てるんだよ」
「しょうもない悪ガキじゃん」
「泣き虫のお子様に言われたくないって」
「河夕っ」
からかい口調の河夕に目を吊り上げて振り返った岬は、だがその瞬間に世界が揺れて足元が覚束なくなる。
立ちくらみを起こしたせいらしいと気付いた時には河夕の腕の中。
「おい」
倒れかけた岬を慌てるでもなく支えた河夕の、細く見えるのにしっかりとした胸に、岬は青い顔をしたまま寄りかかる。
「大丈夫か?」
「うん……、最近ちょっと疲れ気味で……」
「倒れるほど疲れてるわりには、よくまぁあれだけ怒れたな」
「疲れてるの忘れてたんだよ」
「忘れるほど何に興奮してたんだよ」
間抜けの極致だと続ける河夕に、岬は頬を膨らませた。
岬の興奮の原因が自分の出現だとは全く解っていない河夕である。
「そんなに疲れてるんだったら、さっさと休め」
「でも……せっかく河夕が帰ってきたのに」
拗ねるように呟く岬に、河夕は深く深く息を吐く。
「ったく……、俺なんかのことより自分の健康管理をしっかりしろよ」
言って、河夕は口の中で何かしらの言葉を紡ぐ。
岬の肩に置かれた手が不意に白銀色の光を帯び始めたが、岬はそれに気付かない。
「河夕……?」
数秒を経ての呼びかけ。
河夕の手を覆っていた光は岬の体内に吸い込まれるように消えていった。
「……どうだ? 眩暈とか頭痛とかしないか?」
「? ううん……あれ? なんかさっきより全然……楽、かも……」
返された答えに河夕は安堵する。
住職が言っていた通り、術力同士が拒否反応を起こす心配はなさそうだ。
河夕が岬の内側から結界を張ったなら、あの、夜道で再会した時のように、岬が闇に覆い被さられることはない。
あんな他人の負の感情を背負って疲労を重ねることはなくなるはずだ。
「……仕方ないか」
「え?」
「一日延ばして三日。来週の月曜までここにいるよ」
「本当に?!」
パッと輝く岬の顔。素直すぎるのも罪だと思う。
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