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3.準備は着々と進むけど

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 いよいよ明日が弟の「洗礼の儀」だという日、幸運にもセイラには神の子として辺境への出張が命じられた。
 テアトル国と国境を接している隣国ピテムからの要請で、魔物の群れを討伐していた騎士団に多数の怪我人が出たためだ。あちらには「神の子」がいない、つまり聖属性にあたる治癒魔術を使える者がいないため、これまでも度々出張依頼が来ていた。
 ピテムはかなり高額な出張費を支払っているそうだが、セイラに与えられるのは質素な修道服と一日二食のパンとスープだけである。

(おかげでピテムの人と交渉できたから良いんだけど……あ、もしかして今回の出張依頼は逃げ出すための……?)

 もしかしたらあちらがそのための舞台を整えてくれたのかもしれない。
 そう思ったら今回の出張がとても楽しみになった。




 当日、朝一番に祈りの間に呼び出されて柱がキラッキラになるまで魔力を注がされた私は外見だけは立派だけど今にも分解しそうなくらいガタガタ揺れる馬車に押し込められて出張依頼のあった現地に向かわされた。
 乗車中は風魔法で自分の体を浮かせているから私は問題ないのだけど、御者はお尻が大変なことになると思う。
 馬車の両側には護衛という名目でお供を命じられた見習い騎士が4名、自分で手綱を握って馬を走らせている。
 全員私よりも年上だが「神の子」と一緒にいれば魔物に襲われる心配がないのを知っているせいで緊張感なんて欠片もない。
 左隣の男なんて堂々と欠伸をしている。

(私が逃げれば魔物の襲撃だって再開するんですからね……)

 王侯貴族はどうでもいいが、そうなった時に最初に犠牲になるのが自分と同じ平民、弱者であることは判っている。
 それでも逃げるのを止めようとは思わない。
 私の親が弟の洗礼の儀を終えたら国を出ると決めたように、たとえ「神の子」の口利きがなくたってよその国は逃げて来た平民を蔑ろになんてしない。特に最も近い隣国ピテムは、魔物の被害が多い事から平民の事も大事にして国の人口維持を図っているのだ。
「神の子」がいるからこの国にいると決めた平民は、私がどういう扱いをされているか知っていて、それを仕方ないと割り切り恩恵だけを享受した。
 ならば私が逃げたとしても仕方ないでしょう?
 私にだって幸せになる権利があるし。
 国民を守るために必死に戦う王侯貴族のためにこそ、この力を使いたいのが、私の意思。
 使い潰されるなんて絶対にイヤよ。


 馬車で休憩を4度挟み、今夜の宿に到着した。
 辺境の地までは馬車で二日掛かるから、今夜はここで一泊し、明日の朝早くに出発。昼過ぎには隣国ピテムの辺境の地、グーゼルウォーグに到着する予定だ。

「意外に良い宿だわ」

 いつもなら最安値の宿に泊るのに、今日は普通だ。
 村の入り口で身元を確認をした際に此処に行くよう指示されたのだが、……大丈夫かな。なんでだろうと思っていたら、中でピテムの騎士達が待っていた。これには私も驚いたけど同行している4人の見習い騎士達も驚いている。

「聖女さま、この度も我ら辺境の地グーゼルウォーグの騎士のためにお越し頂きありがとうございます。この先は魔物の襲来が増えております。道中の安全を守るため、僭越ながら我等8人がお迎えに参りました」
「まぁ……」

 驚いたのは事実なので、顔が緩みそうになるのをなんとか抑えて感謝を伝える。

「私一人のために貴重な戦力となる皆様にお越し頂き感謝致します。今回も皆様のお力になれるよう精一杯努力致します」
「ありがとうございます」
「よろしくお願い致します」

 一人一人と挨拶を交わしていく。
 8人の内、5人とは戦場で会ったことがある。秘密の相談をしたことも。
 中でも深い青色の髪に、澄んだ空色の瞳を持つヴェインと言う名の青年騎士は辺境伯家の嫡男だというのに平民の私にもとても親切で。
 もちろん「神の子」を自国に迎え入れるためだと判っていても、うっかりときめいてしまうくらい優しかった。
 それに、私が隣国ピテムに逃げるための道を拓いてくれたのも彼だから――。

「またお会い出来て光栄です」
「私もです。……どうぞよろしくお願い致します」
「必ずお守り致します」

 普通の遣り取りに見えて、明日以降の計画を知る者が聞けば覚悟を伴う強い言葉。
 しっかりと手を握り、真っ直ぐに相手の目を見つめていた私は。


 平和ボケした4人の見習い騎士達がこそこそと何かを企んでいる事に気付かなかった。
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