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中編

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 陛下は、その腕にいい年齢をした男を抱えているとは思えない軽い足取りで、いかにもと言いたくなるような広くて天井の高い廊下を堂々と歩いていく。
 時折行き交う人々は彼に気付けば即座に廊下の端に身を寄せ、彼の姿が見えなくなるまで低頭して身動ぎ一つしない。
 ああ、こいつは本当に陛下と呼ばれる通りの身分なんだなと納得すると共に、ではどうしてそんな男が自分を抱いて部屋まで運んでくれるのかが判らない。
 困った。
 本当に困った。
 なんて説明したらいいのだろうかと悩んでいる内に、陛下は目的地に着いたらしい。
 その部屋の前には既に人が待っていて、陛下の足を止めさせることがないようスッと扉を開けて俺達を中に入れると、何も言わずに静かに閉じた。

「さぁ、自分の部屋ならばゆっくりと休めるだろう」
「ひゃっ……!」

 急に耳元で囁かれて驚いた。
 何をしてくれるのかと顔を見上げれば、思っていた以上に近い距離に陛下の顔があった。

 ……美形、だ。
 俺が変な声を上げたせいで驚いたのか、見張られた瞳はオレンジ……否――太陽の色。
 長い睫毛に縁どられた切れ長の瞳がスッと細くなったかと思うと、その距離が更に縮まる。

「ふふっ、あまり可愛い声を出すな。安静にさせろと言われているのに我慢出来なくなるではないか」
「えっ、ぁっ」

 チュッ、と音を立てて髪に触れる陛下の唇。
 いまの俺の顔、絶対に赤い。
 すげぇ恥ずかしい!

「ぉ、降ろして……っ」
「相変わらず愛い反応をしてくれる。さぁ降ろすからゆっくり休め」

 楽しそうに告げた陛下は、俺の身体を確かにふわっふわの寝台に降ろしてくれた。
 天蓋付きの、それはそれは高級そうな。
 金の細工が見事で大人が五人くらい一緒に寝ても平気だろう広さの。
 そのせいで、枕までが遠い!

 俺って何者!?

 判らないことだらけで血の気が引く。
 震える手足を動かし、とりあえず枕のところまで移動しようと試みたのだが、ふと視界に入り込んできたものに身体が固まった。

 枕の側に、ふわふわの輪っかが二つ。
 手枷だ。
 それが転がっている。
 どこから?
 鎖の根元を目線で辿ると、ヘッドボードに空いた鎖の太さギリギリの穴を通って天蓋の天井から下りてきている事が判明したのだが、其処で再び固まってしまった。
 何故って、天井に俺がいた。
 違う、映っているのだ。
 天井が一面、鏡だった。

「ぇっ……なっ……」

 ここって寝台だろ?
 枕元にあるのが手枷で天井が鏡ってどういうこと? 此処って俺のベッドなんじゃないの? ってことはこの手枷も俺のなの?
 こんなの付けられて、拘束された俺は、天井の鏡に何を映すの??

「ケイ?」
「ひゃあっ!?」

 声が聞こえて大袈裟なくらい肩を震わせた俺を、陛下が怪訝な顔つきで見てくる。

「どうしたんだ、様子がおかしいぞ?」
「えっ、あ、だっ……お、おれ、もっとせまいところで……」
「なに?」

 陛下の眉間の皺が深くなり、彼も寝台に乗り上げて来た。
 手が伸ばされてきたが、俺は思わず逃げてしまう。

「ケイ?」
「ぁ、そ、その……っ」
「私から逃げるつもりか?」
「……っ」

 今までの甘い声音から一転、底冷えするような低い声で問い掛けられて俺は竦み上がった。

「術で何を見て来たのかは知らんが俺がおまえを手放す事だけは絶対にあり得ぬぞ」
「えっ、え……あ、俺、陛下の愛妾なのか……?」

 この寝台の内装や、陛下のこれまでの言動から推測した自身の立場。それを思わず声にしてしまった俺は、途端に後悔した。
 陛下の圧が半端ない。
 怖い。
 見られるだけで呼吸が止まりそうになる。

「愛妾、だと……? おまえが? ……おまえは、またそのように私の愛を疑うのか」
「ち、ちが……っ、あの、おれ、おぼえてなくて……っ」

 眉間の皺が更に深くなった。
 これが危険な状況なのはよく判った。もう正直に言うしかない。

「俺、なんで此処に居るのかが判りません!! 自分の名前も判らないんです!!」
「――……なんだと?」
「弟にっ、やっ、本当に弟かどうかもよく判らないんですけど、弟って思った人に背中を押されて真っ暗なところに落ちていったのは覚えているんですけど気付いたら此処にいて陛下とか宰相さん?みたいな人との会話も聞こえてて何かしてたんだろうってのは判ったんですけど自分自身の事がさっぱりでケイって呼ばれてもそれ誰のことみたいな感じで!!」

 ぜぇぜぇと息をする。
 とりあえず一気に捲し立てる俺を見ていた陛下は、難しい顔をして見せた後で、扉の外に声を掛けた。

「今すぐに宰相とルドルフを呼んで来い」
「承知致しました」

 侍従? っぽい人が深々と頭を下げて退室すると、陛下は俺に向き直って距離を詰めて来た。
 怖くて離れようとするが、背中がベッドのヘッドボードに当たってしまえば移動で距離は稼げない。となれば体を丸めてなるべく距離を取るしかない。

「……ふむ、なるほどな。どうやら嘘ではないらしい」
「え……?」
「……とは言え私を忘れるとは許し難いぞ、ケイ」
「!」

 やばいと思った時には獅子のような迫力と共に迫って来た陛下の顔が間近にあり、枕元にあった手枷を腕に付けられた。
 天井から下がっている鎖を引くと上に収納される作りになっているのだろう。
 陛下が鎖を引くと同時に手枷も引っ張られ、俺の両腕はヘッドボードに縫い付けられたみたいに動かなくなった。

「忘れたと言うなら思い出させるまでだ、そうだろう?」
「まっ、あの、判りますっ、何となく想像つくんで止めてくださいっ」
「その反応は懐かしいな。なるほど、私にも初心を思い出せというわけか」
「何言って……!」
「おまえは何度抱いても恥ずかしがって体を隠したり俺の邪魔をしようとするから手枷は必須だ。それに……あぁそうだ、あれも必要か」

 あれと言われて体が震える。
 何が出てくるのかは知らないがイヤな予感しかしない! かくして予感は当たり、ヘッドボードの奥にしまってあったそれは足枷だ。

「待っ……イヤですっ!!」
「初夜もそう言って抵抗してみせたな」
「しょ……」

 初夜って事は結婚済み!? 俺達夫婦なの!? そんな衝撃の情報に狼狽えている間に、陛下の手が俺の膝を抱え、膝より少し上の位置に足枷を付けた。
 しかも左右両方!

 体を引っ張られて、寝台の中央まで移動させられたらどうなると思う!?
 両手は頭上で拘束。
 足は開脚状態で固定されるばかりか尻が浮いている。服を着ていなければ尻の穴まで丸見えだ!

「ああ、余計なものは取り払わねばな」
「!」

 言うが早いか着ていたものを全部剥ぎ取られた。もともと寝やすい夜着みたいなものだったから着脱は簡単だろうが、それにしたって早業が過ぎる。
 しかも全裸で開脚した自分の姿が天井に映ってるってどんなプレイだよ。
 恥ずかしくて死にそうだ。
 なのに陛下は満足そうに笑んでいる。

「美しいな……」

 言いながら、腕を右に伸ばした。
 そしたら、その手に何かの液体を注ぐ侍従がいる。

 え。
 人がいる!?

「ちょっ、なっ……、ぁ、やっ……!!」

 注いだのは香油だったようで、陛下はそれを俺の尻に垂らすと一片の躊躇もなく指を入れて来た。こっちの気持ちなんて無視した強引なされように気持ち悪さが込み上げて来た。
 だが、尻に指を突っ込まれるなんて異常事態を、俺の身体は拒否していない……。

「ぅぅっ……っ」
「まだ充分に解れているぞ。今朝まで可愛がっていたのだから当然だろうが」
「……っ」

 また要らん情報を寄越して来たぞこの男!
 それが本当なんだとしたら、何で俺は、それを全部丸ごと綺麗に忘れているんだよ!!

「ひぁっ」

 指が増えた。
 ぐちゅぐちゅって卑猥な音が耳障りなくらい大きく聞こえてきて。
 俺は手も足も動かせずにされるがまま。
 陛下は空いている手で自分の衣服を緩めると、股間で存在を主張している恐ろしく凶悪なものを露わにした。

「陛下……っ、そ、それ、挿れる気か……っ」
「ああ」
「おれしんじゃうぞ……っ!?」
「心配ない、いつもの通りだ」

 言うが早いか指が抜かれ、陛下のそれが押し当てられて、――貫かれた。

「あああっ」

 ひどい圧迫感。
 だがそれも最初だけ。
 陛下が腰を揺らすたびに正しい位置に嵌まっていくようで、身体が震えた。

「あんっ、やっ、あぁんっ」

 ぞくぞくする。
 痺れる。
 そこで足が更に高く持ち上げられて、足枷が外された事を知った。

「おまえはこの角度の方がイイだろう?」
「んあぁっ」

 当たる。
 体が跳ねて声が上がれば、快感に喘いでいるのは明らかだ。

「ほら見てみろ、おまえも気持ちが良いと震えているぞ」

 俺の股間で誰に支えられずともしっかりと勃ち上がり悦びを体現する姿を、陛下は「可愛い」と繰り返す。

「それに自分の顔を見てみろ。そんな蕩けそうな顔で俺を忘れたとはよく言ったものだな」

 天井の鏡に映る自分――羞恥に体温が一気に上昇するような感覚。

「はっ、イッたか? 良い締め付けだ」
「ああんっ」

 揺す振られる度に声が上がる。
 横に転がっていた足枷が侍従の手で片付けられると、陛下はしばらくいいと彼らを下がらせた。

「宰相とルドルフが来たら通せ。緊急だとな」
「承知致しました」

 扉の開閉の音がすると、陛下は俺の足を自分の肩に掛けさせてぐいっと顔を近づけて来た。
 苦しい。
 全部が辛い。少しでも苦痛から逃れたくて足を暴れさせたがどうにかなるわけもなく、陛下はその抵抗を楽しむように唇が触れ合いそうな距離で言った。

「思い出すまで犯してやる」
「……っ」

 ゾクッと心の内側が震え、思わずといったふうに俺は吐精していた。
 笑う陛下に唇を貪られ、口の中までも肉厚な舌に嬲られた。
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