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前編

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 気付いた時には独りぼっちだった。
 理由は知らない。
 身に覚えなんてまるでないのに、俺は皆から嫌われていたんだ。

 話しかけても無視される。
 教師ですら俺を避ける。
 落ちたものを拾ってあげようとすれば悲鳴を上げて逃げられるし、道を歩けばどんな場所でだって人は両端に身体を寄せ合うようにして避け、……俺の居る所にはいつだって誰もいないままだった。

「……俺、このまま此処にいて良いのかな……」

 思わず零れた独り言。
 同時に、唐突な声が俺の背中を押す。

「だったら帰れよ、元の場所に」
「え……」

 ドンッ、と今度は物理的に背中を押された。
 一体誰がと思い肩越しに睨みつけた先に居たのは、――『弟』。

「ぁ……っ」

 それきり俺は、其処の見えない暗闇の中に落ちていった。


 ***

「  ――  ――  」

 意識の遠く、深く昏い闇の中から誰かの必死な声が聞こえて来た。

「 …… ―― …… ……ろ!」

 ふわりと温かなものに包まれたような感覚を覚えて、ほんの僅かに意識が浮上する。
 甘い、匂い。
 嗅覚が甦る。

「起き…… ―― ……起きろ!」

 聴覚もはっきりと音を捉え始める。

「ケイ! ケイ、しっかりしてくれ! 起きろ!」

 男の力強く低い声が何度も呼んでいる。
 ……呼ばれているのだろうか、俺が?

「ケイ!!」
「――……ぁ……」
「! 意識が戻ったか!?」

 ぐわんと世界が回ったような衝撃を受けてまた意識が飛び掛けたが、しばらくして落ち着いてくると、身体がしっかりと拘束されている事に気付く。
 動けない。
 息も苦しい。
 なのに声が出なくてプルプルと震えていると、どうやら誰かが気付いてくれたらしい。

「陛下、そのように力任せに抱き締められてはケイ様が苦しいかと」
「! ケイ、すまぬっ、大事ないか!?」
「……っ」

 そうして今度は勢いよく放されて、俺はくらりと揺れて倒れ――なかった。

「あぁすまないケイ。取り乱した。いますぐ寝台に寝かせてやろう。宰相、もう部屋に連れて行っても良いな?」
「意識は戻られたようですから大丈夫でしょう。ただし決して無理はなさいませぬよう。決して、絶対に、安静にですよ陛下」
「うっ……わかっておるわ」

 俺はまったく話についていけないが、周囲の人達の間ではしっかりと意思の疎通が取れているらしい。
 陛下と呼ばれる――つまり国のトップなんだろうけど、そんな雲の上の人みたいな男に軽々と抱き上げられた俺は、その浮遊感にまたぐわんぐわんと頭の中をかき回された気持ち悪さで息を詰めた。
 何も言えずに男の腕の中で体を丸めていると、頭上から声を掛けられる。

「まだ気持ちが悪いのか? ……辛いのだろう? だからあのような術に頼るのは止めろと言ったのだ」

 術?
 頼る?
 意味不明な言葉が次々に並んで、俺はだんだんと不安になってきた。
 そもそもケイって誰なんだ。
 陛下って、何処の国の。

 いや、というよりも、俺は誰……?
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