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第10話

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「タクト、先ほどのポトフだったか。あれは、とても美味だった」

 フォラスが少し興奮したように言う。
 普通に煮込んで固形コンソメの素を紛れ込ませただけなので、いい仕事をしてくれたのは固形コンソメなのだが、こんなふうに真っ直ぐに褒められるのは悪くない気分だ。

「食事とは、かくも心踊るものであったのだな……」

 目を瞑り、胸に手を当ててうっとりと呟く姿を見ていると、その感動の大きさが伝わってくる。

「本当に初めての食事だったんだ?」
「そう言ったが、……信じていなかったのか?」
「というか、その、想像が出来なくて」
「想像?」
「一日三食が当たり前過ぎて……? 必要に迫られてだけど、食べるなら少しでも美味しいものがーって、自炊するようにしてたし」
「と言う事は他の料理も作れるのか」
「そう、だね。簡単なものなら」
「ならばまた作ってくれるか?」
「……機会があれば?」

 子どもみたいな遠慮の無さで顔を近づけて来るフォラスが面白くて、思わずそう答えたけど、さっきみたいに火を熾して水を汲んでっていう一連の作業を自分でするのは、すごく大変だ。
 半年の内にあと何回あるかな、って。
 そんなふうに思ったのを見抜いたのか、何なのか。
 フォラスが急にドヤった。

「フフフ。ならば尚のこと刮目して見よ。期待するがいい、さぁここが今日から君の住まいとなる」

 ドーン!!
 と、効果音が付きそうな勢いで、両腕で示されたのは、九番地区の奥――立地が悪くて空き地だったのだろう城壁寄りの土地だった。
 つい先ほどまでは確かに空き地だったその場所に、今は木造二階建ての新築物件。

「本当に出来てる……」
「驚くのはまだ早い」

 言い、フォラスが俺に進むよう促す。

「見た目は二階建てだが、偽装魔法を施しているだけで実際は三階建てだ。地球人は日当たりや窓からの景色を重視するとあったからな。ふふっ、私も案内するのが楽しみだ」
「重視って、え、まさか、調べたのか?」
「君の、その規格外を更に上回る魔力の件でアドに話があったから、ついでだ。自分の規格外っぷりにも感謝することになると思うぞ」
「??」

 意味が判らなくて頭の中には疑問符が飛び交う。
 期待しろと言われるも不安の方が勝るのは、やっぱり知らない事が多いせいだろうか。
 ともあれ促されるまま木枠にシンプルな細工が施された玄関扉を開け、中に入って靴を脱ぐ、と。

「なぜ脱ぐ」
「え」
「靴だ」
「家だから?」
「は?」
「え」

 顔を見合わせて、そういえば昨日止まった宿屋は、部屋まで靴のままだったことを思い出した。地球でも、海外では靴を履いたまま家に入るんだから、此処ではそれが当たり前って事なんだろう。
 常識のすり合わせって本当に大事だな。
 家にはいる時には靴を脱ぐのが故郷の文化だという話をして納得してもらいつつ一階を見て回る。とは言っても、玄関の正面に二階への階段がある他は、部屋と言うだけの何もない空間だった。

「ここは、このままなの?」
「君がこれから何をするかに任せようと思ってな。必要に応じて改装するから、決まったら言うと良い」
「改装出来るんだ」
「無論。それに階段は誰にでも見えるが、上に上がれるのは君と私だけになっているから安心しろ」
「ぇ、へぇ……」
「では行くか」

 何に安心したら良いのか、不安になるとは、これ如何に。
 フォラスは妙に楽しそうだし。
 まぁ、その理由も二階に上がった途端に判明した……というか、どうでもよくなった。
 階段を上がると、そこは別世界だったのです。

「ええええええっ」

 思わず叫んだ俺に、フォラスが笑う。
 してやったりって感じ?
 いや、もう、だってだぞ!?

「なんで冷蔵庫? IH? これ普通に使えるのか!?」

 階段を上がった先の扉を開けたら、右手側にどどんと設置されていたのが現代日本式のシステムキッチンだった。ステンレスのシンクに大量収納、食器洗浄機付き。ビルトイン三口のIHクッキングヒーターにはグリル付き。更にグリルの下にはオーブン付!
 配置は食卓との対面式で、しかも後方、壁一面のカップボードには炊飯器、電子レンジ、トースター、コーヒーメーカといった家電製品が勢揃いしている。注意して見ると、新品だけど俺が地球で使っていた馴染みの製品ばかりで、……なんだろう。
 ちょっと、ホッとした。

「これでいつでも料理が出来るな」
「出来るよ! 出来る、けどっ、明らかにおかしいよな!? 大体電気なんてどこから……!」
「先ほど言ったであろう、規格外を更に上回る自分の魔力量を誇れ」
「魔力がなに……」
「これらのアイテムは君自身の魔力と記憶を使って私の創造魔法で仕上げたものだ。この九番地区の変化をアドと話し合った結果、君の保有魔力量があまりにも多いので、常に何かしら消費させておいた方がいいという結論に達し、それなら君のこちらでの生活を快適にすべきだという意見で一致したんだ」
「……つまり?」
「君の魔力は、この家の維持に自動供給されている。電気の代わりも君の魔力だ」
「えぇぇ……」

 理解が追い付かないながらも視線を巡らせれば、階段の左手側には独立したトイレがあって、もちろん水洗。キッチン隣の小部屋は洗濯室で、全自動洗濯機が鎮座しており、すべて魔力が電気代わりの仕様になっている。
 更に、その洗濯室からは物干し竿が設置されたベランダに出られるのだが、此処がまた部屋一つ分になりそうな広さで、ベランダ農園というには贅沢な規模の自家栽培が楽しめるぞってフォラスに胸を張られた。
 リビングに戻って、反対側に並ぶ扉二つの先は空室。
 好きに使って構わないそうだ。

「さて、いよいよ三階だな」

 意味深に笑われて、これ以上の何があるのかと緊張してしまう。
 階段を上がって踊り場と部屋を仕切る扉を慎重に開き、……中を見て唖然とした。広さこそ二階のベランダの分だけ狭まっているが、十分な広さを有する寝室……そう、寝室なのだ。
 くらりとするほど豪奢な天蓋付きキングサイズのベッドがどどんと部屋の右半分を占めている。

「……なんつー……」
「あれは魔王城から移動した。歴代魔王の中でも実際に使うのは私が初めてだよ」

 どこか誇らしげに言われて、もうどこからどう突っ込めばいいのか判らない。
 食事をしない魔王は寝る時にベッドも使わないってこと?
 え、魔王ってどういう生活してんの?

「ほら、こちらも見てみろ」

 指差された左側の空間には、見るからに座り心地の良さそうなソファと、ローテーブルが設置された、寛ぎ空間。
 奥には広めのウォークインクローゼットまで設えられていた。衣装はゼロだけど。
 そして極め付けが――。

「お風呂……!」
「うむ。日本人は風呂が好きなのだろう?」

 好きです大好きです!
 ここ何年も狭いユニットバスで体を折り曲げながら入っていた俺の目の前に、たぶん大理石の、足を伸ばしてもまだ余裕ってくらい広くて大きな浴室。
 なんかもう、まるで高級ホテルのスイートルームみたいだ。

「こ、こ、これ、本当に俺が住んでいいの? 大丈夫なの?」
「君のために用意したものだ。君が使わないでどうする」
「で、も……さすがに贅沢過ぎて……」
「地上に神域同然の土地を作った者の台詞とは思えんな」

 フォラスが笑う。

「すべてが君の魔力で、君自身によって賄われているのだ。当然の権利として受け取れ」
「ううっ……」

 そうは言うけど、素直に受け取るには、あまりにも……高価? 違う、分不相応? そういう困惑した気持ちが表情に出ていたんだと思う。
 フォラスは難しい顔をして見せた後で「ならば」と妥協案を示す。

「私がここで共に暮らしてもいいだろうか?」
「え?」
「契約の事もあるし、会って一日の他人と常時一緒では君の気が休まらないだろうが、……正直、君を一人で自由にさせておくのは不安だ」
「不安……って言うのは、俺の魔力が多過ぎるから?」
「それもあるが、君は赤の他人に心を寄せ過ぎる。放っておいたらくだらない理由で食い散らかされそうでな」
「そんなことは……」

 これでも高校生の頃から一人で生きてきているのだ。
 自衛手段だってそれなりに……。
 ああ、でも、それってあくまで基本が平和な日本での話、か。

「どうだろう?」
「え、ああ、一緒に暮らすのは……」

 言い掛けて、ふと思う。

「勇者が召喚されたのに魔王が此処にいても平気なのか?」
「毎度のことだが召喚後の勇者は約三カ月ほど鍛錬に勤しんでから魔大陸の攻略に乗り出す。私が実際に相対するのは最終決戦のみだ。それ以外ならばどこにいても問題ない」
「……じゃあ、今朝……えっと、あの後、いなくなったのは……?」
「宿屋の主人に怪しまれるのを避けるためであり、……ああいう事が初めての君には、一人で落ち着く時間も必要かと考えた。初めての場所で心細いかと思い、気配は追っていたが」

 それ、だけ。
 というか、俺のため……?
 一緒にいたら気を遣わせると思ったから?
 だから、あの回復魔法を使った直後には心配して駆け付けてくれたのか。

「……うん」

 うん。
 そう思ったら、なんだか嬉しくなった。
 緊張や、不安が解されていく。

「うん、一緒に住もう、フォラス。ごはん、作るよ」
「あぁ」

 微少ったフォラスに、俺も微笑う。
 そうして、そうなるのが自然だったみたいに、キスをした。
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