断罪された令嬢は記憶を失くして無双する

柚鷹けせら

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16.国境の街「グルブ」(1)

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 レクトア帝国は周辺17か国を支配下に置いた強大な軍事国家である。
 その統治はもう間もなく250年を迎え、その間に独立を目指して開戦した国もあったが、その全てが帝国の支配を強化するだけに終わってしまった。

「レクトア帝国には雷と戦の神ペルンの加護がある」

 皇帝が一笑に付した噂話。
 神の加護が人に与えられるなど、そんな御伽噺が現実に起こるなど有り得ないことを賢い者ほど知っている。
 帝国が強いのはそれだけの努力を騎士たちが続けているからだと断言し、彼らこそ帝国の誇りだと宣言する皇帝は帝国民からの支持が非常に高かった。
 さらには支配地域の庶民にも人気があり「うちも支配下に置いて欲しい」と願い出る小国が相次いだのは、帝国が周辺地域を支配して以降、ただの一度も飢饉による死者が出ていないからである。
 その功績の一端を担うのは農業大国フィナンシェだ。
 帝国の支配のもと、フィナンシェ国で生産されるあらゆる食物が支配地域を常に一定の価格で流通するという確約が、庶民にとってどれだけ有難いことなのかは想像に難くないだろう。
 一時は「搾取されるばかりだ」と憤っていたフィナンシェ国も、他国の脅威に晒された際に帝国の軍事力に護られて以降は大人しくなったという。


 そして今年も周辺17か国を帝国に集めた国際会議が開催された。
 今年の収穫量は昨年を上回るというフィナンシェ国からの報告に他国は羨望と感心の目を向け、それぞれに輸入出品の契約を行っていく。
 帝国から遠く離れた土地では他国の侵略を警戒している地域も多く、騎士団の派遣や城砦の建設など、そういった話も次々と決まっていく。
 各国に置かれた大使館の予算案。
 各国で進められている研究や開発の経過報告。
 交換留学生の希望と、受け入れの可否……約1カ月に及ぶ国際会議は、もう間もなく閉会しようとしていた。
 



 南端――隣国フィナンシェを含む、3つの国と国境を接するグルブの街は、関所を設けるために山林を切り拓いたこともあって勾配の高低がとても大きい。
 フィナンシェから此処に来るにも結構な山道を通って来なければならず、途中の宿場で馬を交代しながら移動しても丸1日掛かる。
 そんなグルブは人口7万人を超える大きな街で、関所を擁していることから宿屋が多く、揃いの恰好をした兵団がとても多い。
 地元民が結成した自警団は、自然豊かな風土に合わせた緑の制服。
 国から派遣されている、有事の際に他国との戦闘行為が許可されている騎士団は鎧をつけ、民の安全を守るための実施部隊である憲兵隊は黒をメインにした隊服。
 この土地に邸を持つ貴族の私兵団は家長の趣味(?)によって様々だが一目見て判るようやはり揃いの制服を着ているし、商家など富豪の家が独自に抱える警備隊は私服が多いが、それでもどこの家の者か判るように目印がついている。
 国際会議の前後には他国の貴族が多く此処に出入りするため、会議の終了が間近なここ最近は誰もが忙しなかった。


 にも関わらず、そんな喧騒をまったく感じさせないのがグルブの街から少し離れた森の中に一軒だけ建っている木造2階建ての大きな家だ。
 金銭に余裕があり、街中より広い家が欲しいとか、近所付き合いの煩わしさから離れたいといった、ちょっと変わった人がこういう場所に家を建てるのはよくある話だが、その森の家に住んでいるのはかつて帝国の騎士団でその名を轟かせた歴戦の勇士であり、いまは妻との余生を楽しんでいるドヴィーと、その妻ニーシャ。それから老夫婦だけでは心配だからと、二人の護衛を兼ねて帝都から一緒に越して来た憲兵隊所属のローレル。
 そして対外的には夫婦の孫娘で、ローレルの嫁になるべく越して来たことになった、記憶のない少女シエルだ。
 更に、夏の日差しに緑を濃くした木々に囲まれ、ここ数日でグレードアップした、ちょうど陰になる位置に建てられた厩舎で草を食む2頭の馬は、左耳を損傷している「ネーロ」と、腹に傷がある「アーテル」。

 早朝5時。
 窓越しにも既に熱を感じる陽射しに目を細めながら、シエルは二階に上がって奥から二つ目の扉を叩く。 

「おはようございます」

 コンコンとノックをしながら声を掛けると、中から「うん……」とくぐもった声が聞こえて来た。
 シエルは小さく笑うともう一度声を掛けた。

「おはようございます、ローレルさん。時間ですよ」
「……ぁあ、起きる」
「はい。朝ごはんも出来ていますから早く下りて来て下さいね」

 念を押して、シエルは階段を下りた。
 キッチンと、リビングダイニングが一つになった広い部屋の食卓で既に朝食を食べ始めているドヴィーとニーシャ。

「おじいさま、おばあさま、今朝の味はどうですか?」

 シエルが遠慮がちに声を掛けると、二人は「んーっ」と口の中の幸せが逃げないようにとでも言うように口を引き結びながら明るい声を出す。
 どうやら気に入ってもらえたらしいと知って、シエルの表情も綻んだ。

「足りなかったら言ってくださいね、スープは充分にありますし、パンも少しならまだ」
「んふふ、ありがとうシエルちゃん。とっても美味しいわ」
「ん。70年生きて来た人生の中でニーシャの料理と同じくらい美味しいのは初めてだ!」
「まぁ」
「言い過ぎですよ、おじいさま」

 食卓に広がる笑い声に、起きたばかりのローレルの意識も段々と覚醒してくる。

「……美味そうな匂いだな」
「あらローちゃん、御寝坊さんね。今朝もとっても美味しいわ、早く支度してらっしゃい」
「今日も日勤だろう」
「ああ」

 老夫婦に急き立てられたローレルは苦笑する。
 けれど心の中はほっこりと温かかった。 
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