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9.令嬢の新生活(5)

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 ドヴィーの病室に顔を見せたシエルに速足で近付いたニーシャは、その年齢からは想像も出来ない強い力で華奢な少女の身体を抱き締めた。

「あぁシエル、シエル、ありがとう。ドヴィーを助けてくれて本当にありがとう」
「ニーシャさん」
「ありがとう……!」

 涙混じりの感謝の言葉にシエルの瞳にも涙が浮かんで来る。

「お役に立てて嬉しいです……」

 シエルも細い腕をニーシャの背に回してぎゅっと抱き締め返した。



 ドヴィーは先ほどから寝起きを繰り返しているらしく、いまは「眠ってしまったばかりなのよ」と。
 言葉は交わせなかったがすっかり血色の良くなった寝顔に、シエルもようやく心から安心出来た。
 森の中、人気のない場所で暑さゆえに昏倒したドヴィーは、もしも黒毛のに見つけてもらえなければそのまま二度と目を覚ます事がなかっただろうと医師は言ったそうだ。

 黒毛のがドヴィーを見つけたこと。
 もう一人のが手綱と縄で自分と荷台を繋げさせたこと。
 荷台にドヴィーを引き上げ、水を掛けて少しでも体を冷やそうと試み、街を目指した。

 ドヴィーの眠るベッドの周りに腰掛け、自分が黒毛の二頭としたことを、シエルはゆっくり、丁寧に説明していく。

「感謝してもし切れないわ」

 話を聞き終えたニーシャが胸元で手を組み、祈るように目を閉じた。
 シエルも同じ気持ちだ。

「本当に、あのたちがいてくれなかったら……」

 自分一人ではドヴィーを森から連れ帰ることも出来なかった。そう訴えればローレルが判っていると言いたげに頷く。

「ニーシャ。門で預かっている2頭は俺の所有ということで登録する」
「えぇ、ええ、もちろんだわ。ドヴィーだって賛成するに決まっているもの。それにシエルちゃんもね」
「私、ですか?」
「そうよ、ローちゃんは街の有名人なの。あなたのような若いお嬢さんと一つ屋根の下で暮らしていると知れ渡ったら大騒ぎなんだから、ちゃんと考えないと」
「ぁ……」

 そこまで言われて、また自身の考えの至らなさにがっかりしてしまった。
 意識のないドヴィーを此処まで運んだことに後悔はないが、ドヴィー、ニーシャ、ローレルはこの街に住んでいる人々と縁が深いのは話を聞いていれば判る。そんなドヴィーを見知らぬ女が街まで連れて来たとなれば身元を詮索されて当然だし、あれは誰だと聞かれるローレルが困るのは必然だ。
 迷惑をかけるくらいなら、たまたま倒れているドヴィーを見つけただけの他人になった方が良いのではないだろうか。
 せっかく街に来たのだ。
 住み込みで働ける場所が見つかる可能性だってある。
 そんなふうに考え込んでしまったシエルだったが、シーニャが続けた提案はそうではなく。

「ローちゃんのお嫁さんか、婚約者になってもらうのが一番無難なのだけど」

 
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