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2.記憶を失くした令嬢と、寡黙な青年と、温かな老夫婦(1)
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目を覚ますと、そこは枕元のランタンが淡い光を灯すだけの暗い部屋だった。
「ぇ……」
乾いた唇から零れ出た声は掠れ、身体を起こそうとすると全身がズキリと痛む。
少女は顔を顰めるも何とか上半身を起こした。
部屋には自分一人。
寝かされていたベッドと、枕元のチェスト、その上で灯されているランタン。
そして、ベッドの脇に置かれた丸椅子が一つ。
「……?」
窓の向こうは完全な闇に覆われているから夜なのは間違いないだろう。
しかしよく判らない焦燥に駆られた少女はベッドを降りようとして、転ぶ。自分で思った以上に手足に力が入らなかった。
「っ……」
痛い。
床に打ち付けた膝がズキズキする。
立ち上がろうと床に付いた手は震えてしまい、無理に動かそうとしたせいで今度は肩から倒れ込んでしまった。
「ぁっ……」
どうしよう。
どうするべきなんだろう……焦り、動揺していたその時だ。
「起きたのか」
静かなノックと、男の声。
「入ってもいいか?」
気遣うような穏やかな声音だったが少女にはどう答えるのが正解なのか判らなかった。此処が何処で、声の主は誰なのか。
どうして此処で眠っていたのか。
それに――。
「入るぞ」
ドアノブが回されて扉の隙間から姿を現したのは、とても背が高く、まるで彫刻のように整った風貌の持ち主だった。
手に持った蝋燭の明かりだけではそれくらいしか判断出来ないが、少女は思わず呟いてしまう。
「雷神ペルン様……」
「……は?」
「っぁ……」
反応があったことで声に出していた事を自覚した少女は顔を真っ赤にして狼狽える。
しかも今の自分は床に転がったまま起き上がる事も出来ず、羞恥が赤い顔に更なる熱を持たせた。
「す、すみませんっ。あの、えっと」
「……起き上がろうとして転んだのか?」
青年はそう言うと手に持っていた蝋燭をランタンの横に置き「触れるぞ」と一言断ってから少女を抱き上げた。まるで重さを感じさせない動作に少女の動揺を驚きが上回る。
「力持ちさん……」
言うと、青年の目がちょっとだけ大きくなる。
「……君が軽過ぎるんだろう」
そう、だろうか。
そっと丁寧にベッドの上に降ろされた自分の手足を見つめて、少女は不思議になる。
「ひどい怪我だったんだ。まだしばらくは安静にしていろ」
「怪我……」
手足、それから、まさかと思いつつ真っ白な寝間着の下を確かめると、そこにも包帯が。
「えっ。ぁ、えっ⁈」
「……手当は俺じゃなくシーニャ……この家に住んでいる女主人だ」
「そ、そうでしたか、ありがとうございます……」
恥ずかしくてどんどん声が小さくなっていく少女に、青年は軽い息を吐く。
「俺はローレルだ。君は?」
「……え?」
名前を聞かれて先ほどまでの戸惑いがぶり返して来た。
名前、……名前?
「え、っと……ローレル、さんは、私の名前をご存知ないですか……?」
「……」
青年の目が今度こそ大きく見開かれた。
「ぇ……」
乾いた唇から零れ出た声は掠れ、身体を起こそうとすると全身がズキリと痛む。
少女は顔を顰めるも何とか上半身を起こした。
部屋には自分一人。
寝かされていたベッドと、枕元のチェスト、その上で灯されているランタン。
そして、ベッドの脇に置かれた丸椅子が一つ。
「……?」
窓の向こうは完全な闇に覆われているから夜なのは間違いないだろう。
しかしよく判らない焦燥に駆られた少女はベッドを降りようとして、転ぶ。自分で思った以上に手足に力が入らなかった。
「っ……」
痛い。
床に打ち付けた膝がズキズキする。
立ち上がろうと床に付いた手は震えてしまい、無理に動かそうとしたせいで今度は肩から倒れ込んでしまった。
「ぁっ……」
どうしよう。
どうするべきなんだろう……焦り、動揺していたその時だ。
「起きたのか」
静かなノックと、男の声。
「入ってもいいか?」
気遣うような穏やかな声音だったが少女にはどう答えるのが正解なのか判らなかった。此処が何処で、声の主は誰なのか。
どうして此処で眠っていたのか。
それに――。
「入るぞ」
ドアノブが回されて扉の隙間から姿を現したのは、とても背が高く、まるで彫刻のように整った風貌の持ち主だった。
手に持った蝋燭の明かりだけではそれくらいしか判断出来ないが、少女は思わず呟いてしまう。
「雷神ペルン様……」
「……は?」
「っぁ……」
反応があったことで声に出していた事を自覚した少女は顔を真っ赤にして狼狽える。
しかも今の自分は床に転がったまま起き上がる事も出来ず、羞恥が赤い顔に更なる熱を持たせた。
「す、すみませんっ。あの、えっと」
「……起き上がろうとして転んだのか?」
青年はそう言うと手に持っていた蝋燭をランタンの横に置き「触れるぞ」と一言断ってから少女を抱き上げた。まるで重さを感じさせない動作に少女の動揺を驚きが上回る。
「力持ちさん……」
言うと、青年の目がちょっとだけ大きくなる。
「……君が軽過ぎるんだろう」
そう、だろうか。
そっと丁寧にベッドの上に降ろされた自分の手足を見つめて、少女は不思議になる。
「ひどい怪我だったんだ。まだしばらくは安静にしていろ」
「怪我……」
手足、それから、まさかと思いつつ真っ白な寝間着の下を確かめると、そこにも包帯が。
「えっ。ぁ、えっ⁈」
「……手当は俺じゃなくシーニャ……この家に住んでいる女主人だ」
「そ、そうでしたか、ありがとうございます……」
恥ずかしくてどんどん声が小さくなっていく少女に、青年は軽い息を吐く。
「俺はローレルだ。君は?」
「……え?」
名前を聞かれて先ほどまでの戸惑いがぶり返して来た。
名前、……名前?
「え、っと……ローレル、さんは、私の名前をご存知ないですか……?」
「……」
青年の目が今度こそ大きく見開かれた。
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