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第6話

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 翌朝――十三番目の月・二十四日。

「では出発しましょうか」
「にぃに、たのしみ!」

 ライゼンに抱き上げられたエリィの笑顔に、俺も「楽しもうな」と笑顔で返す。
 両親が都で噂になっている事を、俺よりずっと以前から知っていた村の皆は今日のためのローブを用意してくれていた。
 リクガンの奥さんが縫ってくれたのは頭から被れる俺用の黒いローブ。エリィの白いローブは二歳児があえて被りたがるよう、ウサギの耳と顔を防止部分に縫い付けてあるという力作だった。
 帽子の左右を引っ張って自分の顔を完全に隠しながら「ぴょんぴょん」と言っているエリィはとっても可愛くて、リクガクの奥さんには感謝しかない。
 で、エリィの赤味を帯びた茶の髪色はローブだけで充分だが、俺の黒髪は目立って心配だとライゼンが言い、頭にバンダナまで巻かれてしまった。
 やり過ぎだと思わないでもなかったけど、黒髪黒眼が目立つのは知っているので受け入れた。
 そんなこんなで魔の森の集落を出発。
 出稼ぎ班が使ういつもの道を使って領都ヤルマンを目指す。
 一緒に向かうのはライゼンとエリィの他に、剣士のユホン、黒魔術士のネイエンとマジェン、そして白魔術師のナルエン。
 黒は攻撃型、白は援護回復型のグローブを身に付けた魔術士のことだ。

「ヤルマンはユアード国の北東にあって、隣国とも近いから軍の関係者が多く駐在しているんだ。そのせいで強面が多いが、話せば気易い連中が多いように思う。で、軍関係者が多いから治安もそこまで悪くない。いきなり難癖付けてくるような馬鹿もいないはずだ」

 そう説明してくれたのはユホン。
 二十七歳で、十二歳の息子マジェンの父親だ。

「門が見えて来たら、グランが先行するのがいいだろう。成人の儀を受けに村から一人で来たと言えば門番も疑わない」
「この周辺って村が多いの?」
「美人や異種族は領主の目の届く範囲にいたくないから外に仲間内で固まって暮らすのよ。この辺りは海の幸が豊富だし、海と魔の森に挟まれている土地だから、圧倒的に漁村が多いわね」

 三十歳、三児の母でもあるネイエンが溜息交じりに応えてくれる。

「しかも美人なら年齢性別問わず誘拐されるんだから、グランも気を付けなさいよ」
「いまは領主が不在だから大丈夫だと思うけど、……ローブを羽織らせるだけじゃ心配だって、バンダナまで巻かせるんだから、ライゼンったら過保護よね。気持ちは判るけど」

 二十二歳、新婚のナルエンがくすくすと面白そうに言うのを聞いて、俺は顔が熱くなった。
 やっぱり過保護だよな、あいつ。
 言われている本人はどこ吹く風って顔しながらエリィと手を繋いで、ゆっくりと後ろを歩いている。マ族の集団にヒト族の子ども一人も目立つというので、ライゼンとエリィは他所の村から二人でお買い物に来たお嬢さんと子守を演じるらしい。
 育児スキル大活躍だ。
 俺は軽く頭を振って気を取り直す。

「領主がアホなのは知っているけど、なのに治安はいいんだ?」
「国境警備の軍隊は国の所属だもの。領主の言いなりじゃないのよ」

 顔の熱を誤魔化すように話題を振れば、すぐに返してくれたのはネイエンだ。
 曰く、クソ領主……いや、ヤンデル伯爵ってのは自分の寵愛を受けられるのは幸運なことだと宣言して憚らない阿呆らしく、呼べば誰もが尻尾を振って邸にやってくるもんだと信じて疑わないそうだ。
 例え軍の人達が「見つからなかった」と誤魔化しても、領主の私兵に見つかれば最後。誘拐同然に領主の寝室に放り込まれて慰み者になるという。

「二度と帰って来なきゃいいのよ、あんなクソ野郎」
「ほんとほんと……ぁっ、ごめんなさいグラン。気分が悪くなったりしてない?」
「大丈夫です。ちょっとイラッとはしましたけど」

 三ヶ月前なら確実に魔力暴走の一歩手前まで言っていただろう精神状態が、いまは本当に安定している。
 怒りはあっても魔力を制御出来ている。
 ちゃんと進歩している証だ。
 ただ、領主が生きている前提なのがどうしても気になる。
 俺の記憶、思い出せる光景の中で、領主は確かに息絶えていた。けれど、じゃあ誰が領主を……って考えると、よく判らない。
 本命は俺の魔力暴走だけど、俺の記憶では父さんの剣で、そもそも順番がおかしい気もするし……でも父さんは最初に……。

「グラン?」
「っ、は、はい?」

 考え込んで黙ってしまった俺を気遣わし気に覗き込んで来る碧色の瞳。
 ライゼンと同じ、俺を身内として案じてくれる優しい色だ。

「大丈夫?」
「はい、ちょっと考え事をしていただけです」
「話しを続けても平気か?」
「はい。すみません」

 ユホンにも心配を掛けてしまったことを詫び、改めて話を聞く。
 俺達が入るのは西門で、その先は大きな通りが一直線に領都の東端の門まで続いていて、それをまっすぐ都のほぼ中心まで進むと今日の目的地である教会に着くそうだ。
 教会から北へ進むと、全壊し跡地と成り果てている領主邸の他、軍関係の宿舎や訓練場が。
 東側に商業ギルドや服飾ギルドといった非戦闘職の為の施設が建ち並び、南は民家と農耕地。冒険者ギルドや鍛冶ギルドと言った魔物との戦闘に必要な関係施設は西側に集まっているという。
 つまり今日の俺は中心街の教会で洗礼の儀を受けたら西に戻って冒険者ギルドに登録、その周辺でエリィ、ライゼンと合流し、観光を楽しむという予定だ。
 そして帰りもユホン達と一緒の方が安全なので夕方に西門前で落ち合おうという話になる。

「今日のところは他人のフリをしていた方がいいだろうから、お互いに確認出来たらそれぞれに門を通って、この辺で合流しよう。……ギルドでの登録とか、一人で大丈夫かい?」
「大丈夫です。でも……登録料をお借りしてしまってすみません。なるべく早く返しますので」
「それは気にしなくていいよ。動けるようになったら思いっきり働いてもらうからね」
「はい!」
「頑張れ」

 マジェンに背中を叩いて激励された。
 俺は大きく頷き、遠くに見えて来た領都ヤルマンの門に向かって一人で歩き始めた。




 まだ早い時間帯ということもあって、門の前に並んでいる人はいない。
 俺は門兵の前に駆け寄ると、ユホンに言われた通り「成人の儀を受けに来た」と伝える。
 門兵は笑顔だ。

「おおそうか、成人おめでとさん。名前は?」
「グランです」
「グ、ラ、ン……と」

 一人が名簿のようなものに羽ペンで俺の名を書いている間に、もう一人が水色の水晶玉を運んでくる。
 それは古代の魔道具で、世界が創造された日に神々から人族に与えられたと言われているものだ。
 神々が「善」と判じれば青く、「悪」と判じれば赤く光るため、各国では罪人を土地に入れないための検問に用いられている。

「軽く触って魔力を流してくれるかい?」

 衛兵に促された俺は、領主を殺していたのが自分なら……、もしそうじゃなかったとしても、邸を破壊したのは間違いなく俺だよな……という不安を募らせながら、それにそっと触れて、……問題なしの青く光る水晶玉に心の底から安堵した。
 神々の判断基準はよく判らなくなったけど。

「はい、いいよ」
「教会はこの先の通りを真っ直ぐ歩いて行けばすぐに判るだろう。帰りは、必ずどこかのギルドに所属して身分証を発行してもらってから帰るんだぞ。ここで確認するからな?」
「はい」
「女神の祝福がありますように」
「ありがとうございました」

 門兵達に見送られて領都に入り、……俺は立ち止まって目を眇めてしまった。
 これは三ヶ月前に両親と一緒に見た景色。
 四つの大陸の交易路の中継地点になるユアード国は、様々な国の文化が交わった結果、独自のものが多く発展した。その一つが目の前に広がる、色鮮やかな街並みだ。
 建物がすべて石造りなのは同じだが、カフェと思しき店舗の、橙色に塗られた窓枠が並ぶ下には、赤系等の色をふんだんに使ったテーブルクロスと、クッションで装飾された客席がずらりと置かれ、頭上のサンシェード……今の季節なら雪避けか? そこからは赤い貝殻や小さな硝子片が幾つも紐で吊られている。
 冬の白と共存していると、そこだけ温かい印象を受けるのが不思議だ。
 かと思えば凍っているようにも見える青色の窓や扉が目を引く民家。
 壁全体が紫色の三階建て共同住居。
 黄色の四階建て。
 訪れるのを躊躇うような不気味な外観の魔道具屋がある事に気付くと同時、美味しい匂いを風に乗せる、肉々しい装飾が見事なケバブの屋台も目に飛び込んで来る。
 常緑樹に積もる白。
 針葉樹に積もる白。
 冬という季節柄、草花は枯れて雪の白が物悲しい雰囲気を醸し出してはいるが、辛うじて残る緑色が街に優しい。

「……あれは一週間後の『星の日』のためかな」

 思わず呟いた視線の先には、どの建物の軒先にも掛かっている色硝子を組み合わせて作られた装飾品だ。
 上部の吊るすための金具部分の裏、つまり色硝子で囲まれた内部を覗き込むと魔術回路が刻まれた小さな魔石が埋め込まれている。

「気になるのかい?」
「えっ」

 ビクッと振り返ると、愉快そうな笑みで自分を見ているおばちゃんがいた。

「観光かい?」
「ぁ、えっと……成人の儀を受けに来ました」
「おや、おめでとさんだねぇ。時間があるなら暗くなるまで街にいてごらんよ、夜になると全部の家のこれが灯るんだ。住んでいる私らが言うのもなんだけど、素晴らしい景色が拝めるよ」
「そうなんですね」
「雪が降っていると尚すごいんだ」
「街に何日か泊まりこまなきゃいけないじゃないですか」
「あははっ、運が良ければ今夜降るさ! 女神様の祝福がありますように!」

 ポンと背中を叩いて、陽気なおばちゃんは去って行った。
 俺は改めて周りを眺め、準備中の屋台のいくつかが色硝子のランプを並べている事に気付いた。
 後ろを振り返ると、ユホン達が検問中で。
 少し離れたところにライゼンとエリィが見える。

「……お土産にいいかな。あ、でも村もこの領内だし、もう持っているかも……っていうか、それ以前に俺は無職だよ……」

 気付いた事実に落ち込みかけて、ダメだダメだと頭を振った。
 今日の目的は第一に教会、第二に冒険者ギルドだってことを忘れてはいないのだ。
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