【本編完結】乙女ゲームだろうが推しメンには俺の嫁になってもらいます!

柚鷹けせら

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番外編SS3 ニコラスが健全か否かは筋肉だけが知っている(後)

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 すっかり外は暗くなって、幼い子どもならもうとっくに夢の中だろう時間帯だが、それはつまり大人達の時間ってことだ。
 俺は馴染みの酒場で隅の方の席に陣取り、約束の相手を待っていた。

『六花の戦士』に選ばれて、その役目を果たしたあの日から早数カ月――、バタバタしている間に怒涛のごとく過ぎ去った日々だが、充実していたのは確かだろう。
 今は壁に立てかけている六花の紋が刻まれた大剣は俺の誇り。
 この剣と共に騎士団を率いれる現在に心から感謝している。

「……それにしても」

 俺は改めて店内を見渡し、待ち合わせをこの酒場にしたのは失敗だったなと思う。
 店内は酒の匂いが充満し、どちらかと言えば平民の割合が圧倒的に高い店内では、露出の多い服で給仕をする若い女の子が何人もいた。昼間は普通に美味い食事処で、給仕も普通の町娘がはきはきと動き回っている店なのだが、夜になると顔を変えるタイプだったらしい。

「夜なんて訓練の後は宿舎で先輩達と飲む事はあっても、外に飲みに行く事なんてほとんどないからな……」

 時々、客だった男が女の子の腕を掴み、指を立てたり折ったりしている。
 その後、腕を組んで二階に上がって行く姿を見ていれば、つまりそういう店なのだと察しないわけがない。しかも注意深くその所作を見ていなければ分からないが、偶に貴族と思しき男もいた。

「うーん……これは、外で待っていた方が良さそうだなぁ……」

 そう結論付けると大剣を担いで店を出る事にした。
 俺はそもそもが平民なので、些か目立つ剣を担いだところで傭兵にしか見えないだろうし、誰かに見つかったところで巡回中だとでも言えばいい。
 正真正銘の騎士団員だしな。
 だが、待ち人はそうもいかないのだ。


 もうすぐ本格的な冬を迎えようとしている王都の夜は、日を追うごとに冷えて来た。
 薄着ではあっという間に風邪を引きそうな冷たい風に身を震わせながら、待ち人が来るはずの方向へと歩を進める。
 道行く人の姿も昼間に比べれば随分と少なく、酔った男達や、腕を組んで歩く若い男女、仕事帰りらしき女達など、一人一人の動きが見て取りやすい。
 ほとんど無意識に危険人物の有無や、動きのおかしな者がいないかを見分けていた俺は、道のずっと先の方で右往左往している人影を見つけた。

「不審者……? いや、あれはもしかして……」

 待ち人だ。
 そう確信して歩く速度を速めた。

「リント」
「!」

 呼び掛ければバッと顔を上げ、分かり易すぎるほどの安堵の表情を浮かべた友人。
 どうやら待ち合わせに指定した店の夜の顔を、彼に既に知っていたらしい。


 ***

 待ち合わせの店を父親こと俺の上司でもある騎士団長に確認したところ、彼も詳しくは知らなかったそうだが、控えて聞いていた家令が詳細を教えてくれたという。
 その結果、

「おまえのように目立つ男が出向いたら、明日にはどんな噂を立てられているか分かったもんではないぞ!? 絶対に行ってはならん! ユージィン様にも嫌われるぞ!?」と強く脅されたらしい。

 とは言え待ち合わせの約束をした以上は何の連絡もせずにすっぽかすわけにも行かず、誰かに頼むにも色々と間が悪かったようで、店への道の途中で右往左往していたそうだ。

「俺もすっかり下町の情報に疎くなっていてな。悪いことをしてしまった」
「いや、それは全然。結局はうちの親父……じゃないか。父上が一番喜んでいるみたいだし」
「結局とは何だ!」

 そうグラスを手に、酒のせいで赤くなった顔で憤慨するのは、こうしてお邪魔している邸の主であり騎士団の団長。そしてリントの父親であるバーディガル侯爵だ。
 店が使えないということで、急遽、邸の一室を用意してくれたのだ。

 で、当然のように団長も同席している。
 リントは呆れているが、俺としては、久々にこの邸を訪れ、団長と飲める機会を得られたのは幸運に違いない。

「リント、おまえは覚えていないだろうがな! ニコラスは十歳の頃からうちの下働きとしてよく勤めてくれたんだぞ!」
「えっ、そうなのか?」
「随分と世話になったよ」
「へえ!」

 初めて聞くのだろう昔の話にリントは目を輝かせた。
 年長者二人から昔のリントはこうだった、ああだったと語られて、途中ではひどく居心地が悪そうにしていたが、いよいよ酔いが回って来たらしい侯爵を家令が「休ませます」と連れていった事で気が抜けたらしい。

「疲れた……一気に疲れた……」

 ソファでぐったりとするリントは、しかし一滴も酒は口にしていなかったため完全に素面だ。

「あんたが泊まれるようにって部屋も用意してあるんで、親父のためにも泊まっていってくれ」
「ああ、感謝する。……しかし”親父”か。リントの素はそちらだな」
「正解。外では父上って呼ぶようにしてるし、別に違和感があるわけじゃないんだが……変な感じするからな」

 この世界で生まれたリントと、異世界から連れて来られたリント。
 二人で一人というのは、きっと俺には想像出来ない感覚だろう。

「酒は飲めないのか?」
「判らん。向こうの成人は二〇歳だし、こっちは学園の卒業パーティを終えたら成人だろ? そのパーティ途中でこんな事になったから飲んだことがないんだ」
「へぇ! それなら今日なんて試す絶好の機会だったんじゃないか?」
「あー……まぁ確かにそうなんだが」
「?」

 言い淀むリントに首を傾げると、リントは頭を掻き。

「なんか、相談があるのかと思って」

 思いがけず言い当てられて俺は驚いた。
 いや、そうでもなければわざわざ晩飯に誘ったりもしないか。

「わざわざ俺を誘うんだから、異世界関連の真面目な話かな、と」
「あー……確かに俺としては大真面目なんだが、多少は酒の力も借りたい内容というか……」
「んん?」
「あー……」

 もちろんそのつもりだった。
 相談したくてリントの時間をもらったわけだが、自分一人だけ酒の力を借りて素面の相手に相談するってのは厳しいものがあるな!

「ニコラス?」
「くっ……背に腹は変えられん!」

 俺は姿勢を正し、真っ直ぐにリントを見返し、意を決して言った。

「おまえを男と見込んで聞きたい! き、き、きき、……っすってのは、どんなタイミングでするものなんだ……!?」
「――」

 リントが固まった。
 しばらく固まっていた。

 そして、吹き出した。


「待っ……いや、判る。ニコラスが真面目なのは判る! 貴族って貞淑さ大事だもんな、神かってレベルで神聖視する奴らもいるし下手なことして嫌われたくないよな! ほんと、よく判る! 判る、けど……っ、ぶふっ」
「笑うならいっそ声出して笑え!!」
「笑ってるんじゃなくて……っ」
「その顔で笑っていないなんて信じると思うか!?」
「や、だって……なんかもう、びっくりしたって言うか……っ」

 ソファに座ったまま前傾姿勢で、組んだ手で顔を隠しながら震えていたリントは、視線だけを俺に向けて来た。

「あんな側にいて、一度もキスしたいって思った事ないのか?」
「あるに決まってんだろ、悪いか!?」
「じゃあその時がするタイミングでいいじゃん」
「はぁっ!?」

 勢いに任せて言い返せばリントがにやりと笑う。

「そりゃあ周りの目とかあるし、男女で二人きりになる機会なんてそうそう無いだろうからタイミング難しいのは判るけど、そのタイミングを……俺に聞くって……くくくっ」
「おまえくらしかこんなん聞ける相手がいなかったんだよ!」
「いやぁ……っ…もう、照れるわぁ」

 照れると言われて俺の眉間の皺が深まる。
 今のどこにリントが照れる要素があったんだ?

「あー、あつ……まぁとりあえずさ、タイミング判んないなら、自分で今だって思った時に本人に聞いてみたらいいんじゃない?」
「それは……男がリードするもんだろ」
「そういう固定概念に縛られてると失敗するぞー」
「むっ」
「聞こうとして噛んだり、挙動不審になるのも困るだろうから、さりげなく反応を見てみるのもアリかなぁ。周りに人目がないのだけはちゃんと確認してさ、最初は髪とか、頭とかに、軽く触れるだけのキスしてみなよ。それで嫌がられなければ大丈夫だと思う。好き合ってんだし」
「……そういうものか」
「たぶんね」

 頷いてグラスを取ったリントは、喉を潤した後でニヤリと笑う。

「まぁ、結婚式まで我慢する方が良いこともあるけどね。一回触っちゃうと耐久レースがしんどいし」
「耐久……なに?」
「自分の忍耐力が試されるってこと」
「忍耐……」

 自分でその言葉を口にしただけで、思いもよらなかった現実が見えた気がした。
 そうか。
 確かにリントが言う通りだ、式まであと半年もある。その前にキスだけでもと思ったが、キスだけで我慢出来るかと問われれば、応と言える気がしない。

 その事に気付いて、ふと、リントを見た。
 きっと全部が顔に出ていたのだと思う。
 リントは更に笑みを深めて言うのだ。

「結婚式後が楽しみだよね、お互いに」

 その一言で何となく察してしまった俺は、自分の事はとりあえず置いておくことにして、煽った酒と共に公爵家の方角に激励の祈りを捧げたのだった。
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