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番外編SS2 ワーグマンと馬鹿者のススメ(後)
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『六花の戦士』としての役目を果たしたあの日、リントが『六花の神子』だと言う事を事前に国王陛下に伝えて褒美に関する根回しのために単身で動き回っていた俺は、城でクロッカス公爵と偶然にも話す機会を得た。
リントは神子だ。
だがそれをなるべく伏せたいと本人が望んでいる事。
そして、ユージィンへの情が笑ってしまうほどに純粋で、一途であることを伝え、どうか二人の婚約を認めては貰えないだろうかと願った。
「あの二人を一緒にしてくれるなら、その対価は私が払おう」
「ほう……? では、私が「ルークレアを娶り王になって欲しい」と言えば、それでも聞くと?」
意味深に笑う彼に、俺も笑い返す。
「ああ、それを貴公が望むのであれば」
互いに互いから目を逸らせない沈黙の時間を経て、先に笑い出したのはどちらだっただろう。
クロッカス公爵はまるで好々爺のように顔に皺を刻んで笑った。
やはり、だ。
『試練の洞窟』で久々にクロッカス兄妹と接してみれば父親が権力に固執しているようには思えなかった。
兄妹の様子を見ていても昔と変わらない。
ルークレアが王太子の婚約者となる以前の、共に城の庭園を歩いていた頃と、何も――。
「では二人の婚約を認める条件を一つ。私はユージィンと同じくらいルークレアが可愛い。こうなった現在でも二人共の未来を近くで見守りたいと願っています。王弟殿下にはその実現に力を貸していただきたいですな」
「なるほど、それは……協力のし甲斐がありそうだ」
「期待していますよ?」
にっこりと笑みを強める青い眼差しは、とても意地が悪そうで、なのに、ひどく優しかった。
***
三ヶ月後――。
「リント、ユージィン」
「ワーグマン様!」
城の衛兵に案内されて近付いてくる二人に気付き、声を掛けると、真っ先に笑顔を見せたのはリントだ。
隣を歩くユージィンに声を掛けながら大きな声を出すのは、些か貴族の品位に欠けるだろうか。まぁ、今更だな。それにユージィンに何か言われて落ち込んでいる様子を見れば、注意を受けたのだろうことは明白だ。
なんというか、まるで飼い主と大型犬だ。
側まで来たリントは、異世界の習慣の一つだという頭を下げる動作で謝罪する。
「さっきは失礼しました」
「俺以外にはしないようにな」
「気を付けます」
しゅんと、まるで犬の耳が垂れているんじゃないかと錯覚しそうな様子に、吹き出しそうになるのを何とか堪えた。以前から思ってはいたが、これじゃあユージィンも絆されるわけだ。
「さぁ行くぞ。今日もエルディンの治療だろう?」」
「今日はワーグマン様が付き合って下さるのですか」
「ああ、たまたま予定が空いてな。俺も戦士の一人だ、たまには神子に協力しないとな?」
相変わらず礼儀正しいユージィンの物言いに、これは仕方ないと割り切って応えてやる。
だが。
「ユージィンとワーグマン様二人が付いてくれるって事は今日は五割くらい費やしても……」
なんて小声でぶつぶつ言われては聞き流せない。
「リント、言っておくが”やり過ぎ”は出禁にするからな?」
「えっ」
「エルディンの面倒を最後まで見たいなら自重しろ」
「えーっ」
「えーじゃない!」
ゴンッとユージィンの拳がリントの頭に落ちた。
結構な力加減だったと思うが、慣れたものなのかリントは全く気にしていない。
「いつも三割くらいでストップ掛けるけど、エルディン殿下が一番症状酷いんだぞ? このままじゃ他の連中が終わっても殿下だけまだって事になりかねない」
「それならそれで、エルディンの自業自得だ。問題ない」
「それにこの後はキースと講師の邸にも治療に行くつもりなのだろう? 此処で無茶はさせられない」
「ユージィンと散歩がてら移動していたらいつも回復するし」
「それでも三件回り終えたら顔色が悪くなっているじゃないか。どうしても殿下で五割使いたいなら、他の二人は今日は中止だ」
「えぇっ」
そんなぁと情けない顔をして見せるリントだが、どうしてこんなにもお人好しなのだろう。
治療に時間が掛かったとしても、それは魅了に掛かった者の責任だ。例え原因が『六花の神子』なのだとしても、リントを責める者など居はしない。
「……リント、おまえの、あいつらを治してやりたいという気持ちは尊重するし、否定もしないが、それはユージィンを心配させてまでする事ではないだろう」
「それは、……そうなんですが」
「が、なんだ」
聞き返すと、リントは言い難そうにユージィンと俺の間を視線で行ったり来たりする。
それで黙秘でもされたら尚更気になるじゃないか。
「さっさと言え」
「え、っと……その、俺一人で回るわけには行かないのでしょう?」
「当たり前だ。魔力切れを起こして倒れる危険があると判っていて誰が一人に出来るものか」
「わかってます。だから、その……ユージィンに毎回付き合ってもらってるわけで……」
そうだな。
俺とニコラス、アメリアは仕事があるから偶にしかこうして付き添えないし、ルークレアは未婚女性だ。いくら婚約者である俺が何の心配もしなくとも、世間が同じように見るとは限らない。
結果として、リントのこの治療回りに関してはユージィンに一任されていると言って良い。
だが。
「それの何が問題だ?」
「問題というか……俺はユージィンと一緒に居られるのでむしろ幸せなんですけど、ユージィンには、……結構、イヤな思いもさせているので」
「は?」
思わず眉間に皺を寄せて聞き返すが、ユージィンの方は僅かに息を呑んでいた。どうやらリントの言わんとしている事が理解出来たらしい。
……どういうことだ。
意味が解らん。
「はっきりと言え」
「は、はい! つまり、貴族街を一緒に歩いているとですねっ、結構、不躾な視線というか、好奇心旺盛な連中がいまして、余計な、その、勘繰りというか……うぅ」
「あー……」
そこまで言われればさすがに俺も理解する。
別に同性同士の婚姻が無いわけではないが、基本的に後継を必要とする貴族の同性婚は珍しい。恐らく周知の事実として婚約関係にあるこの二人にだって「子を成す」という目的の為だけに娘を売り込もうとしている連中が国内外問わず群がって来ているはずだ。
何せ『六花の神子』だ。
『六花の戦士』だ。
その子が血縁となればこの上ないはくになる。
それでも同性同士、互いを唯一と言って憚らないリントとユージィンに縁付けない貴族がどんな感情を向けてくるかは想像に難くない。自力で勝てないならば相手を落としに掛かるのが連中の矜持だ。
「全員不敬罪で牢にぶち込むか?」
「えっ」
「何を馬鹿な……」
「『六花の神子』の気分を害させたら充分に不敬だ、いけるぞ」
「いけるとかじゃなく!」
「放っておいて頂いて問題ありません。リントも神子だと傅かれるのは嫌がっていますし、騒ぎを大きくする必要などありませんよ」
「そうか?」
「はい。……リントも、そんな事まで気にしなくていい」
ユージィンに諭されて一応は承諾して見せたリントだが、その表情からは陰りが消えない。
つまり、何としても早めに治療を終わらせてユージィンが好奇の視線に晒される回数を減らしたいのだろう。
気持ちは判らないでもないが、……まあ、なんだ。
「ユージィン。リントと街中を歩くのは楽しいのか?」
「っ」
「え……」
そういうことなんだろう、な。
仲の良いこった。
***
リントの治療は、本人曰く「魔力の洗浄」だそうだ。血液と共に全身を巡る魔力が魅了によって澱んでしまっているから心身共に悪影響を及ぼしているらしく、それを浄化するには他人の魔力を流し込んで澱んだ魔力を排出させる。
人の体内魔力保有量は人それぞれだが、大体が体の大きさで決まっているので、対象以上の魔力保有者であれば、それが可能なのだそうだ。
更に効果を上げるためと、リントが対象に六花の紋を刻んだのには俺たち全員が驚いたがな。
『六花の戦士』は六人じゃなかったのか。
何でも、エルディン達には戦士になる素養があるから出来たことで、もう他には増やせませんとリントは苦笑いしていたが、世界でたった六人のはずが十人になるだけでも世界を混乱させるには充分だ。
外交問題にも発展しかねない。
結果、治療が終わればエルディンらの紋は消せるよう努力すること。
リントと治療法も秘匿される事で決まった。
本当に、次から次へとやらかしてくれる奴だよ!
エルディンの六花の紋は右足の裏にある。
他の誰とも違う六花の形をリントはなんとかがただとか言っていたが、俺には判らん。
ともあれ足裏の紋に手を置いて治療を開始したリントは、いつかも見た穏やかな輝きに包まれて目を閉じていた。傍らに魔導士団から借りて来た特殊な魔石を置き、これがエルディンから排出された魔力を吸い取る役目をしている。この魔石が十個溜まると、大体三割くらいの魔力を消費したことになるそうだ。
ちなみに澱んだ魔力なんて溜めておいても使い道はないので、後日まとめて演習場で爆破させる。
ごく一般的な廃棄方法だ。
「……なぁユージィン」
「はい」
「これ、リントはもう結構な期間を続けているよな?」
「そうですね、そろそろ二か月になるでしょうか……さすがに毎日とはいかないので、数日あけての治療になると、残っていた澱みがまた全体に広がっていて、ということもあるようです」
「……で、これを全員が回復するまで続けるって?」
「そのつもりのようですよ。次の魔石をお願いします、そろそろ交換しておかないと」
「……おまえも慣れたもんだな」
少なからず呆れてしまうが、息を吐いた俺にユージィンは困ったように笑う。
「仕方がありません。……一緒にいると、決めたのは私ですから」
「へぇ……」
ユージィンがそんな表情をするなんて、と。
揶揄おうとして口を閉ざした。
いくら何でも無粋だろうとしばらく悩んで。
「……俺はお前達を義兄上と呼ぶべきか?」
「はい?」
なんとなく言ってみたら、思いっきり嫌な顔をされてしまった。
一時間後、今日の治療を済ませたリントとユージィンを門まで送った俺は再びエルディンを見舞っていた。他の連中は、自力で起き上がって食事を取れるまでに回復したとも聞くが、エルディンの場合は未だに目を覚ましている時間すら圧倒的に少ない。
運が良ければ意識のある彼と二、三の言葉が交わせる程度だ。
リントが言う通り、エルディンの症状は他の三人に比べて随分と酷いのだろう。
「……それも自業自得だ、馬鹿者」
自分で思うよりも低く響いた呟きに、軽く息を吐く。
それからしばらくの間は側で座って見ていたが、目を覚ます気配はない。
すっかり痩せこけた顔は土気色だし、食事もまともに摂れないのだから首から下は骨が浮くほどだ。頻繁に侍女が来ては水を飲ませ、流動食を流し込み……としているし、リントもきっと助けると意気込んでいるが、……リントが多少の無茶をしてでも早期回復させたいと言ってくれるのは、本音を言えば、ありがたいと思う。
こんな馬鹿者でも、どれほど愚かでも、血の繋がった甥っ子だ。
それでも今や優先順位で言えばリントが上で、王族として、友として、リント自身の優先順位も間違えないで欲しいと思う。
「……そもそも、おまえがいつ目覚めたところでルークレアは二度と譲らん」
艶の無い髪に触れ、その頭を一度だけ撫でた。
「せいぜい後悔して、口惜しんで、やり直しの糧にするんだな」
遠い記憶の中で、共に笑顔で庭園を駆けまわった幼子達。
気付けば随分と遠くまで来てしまっていたけれど、あの頃とまるで変わらないものを胸の奥に見つけた俺は小さく笑う。
――……愛する者と結婚したいと望むことの何が悪いと言うのですか……
おまえはどうしようもない馬鹿者だが……だからこそ、羨ましくもある。
そんな自分を自覚してしまったあたり、俺もまだまだのようだ。
リントは神子だ。
だがそれをなるべく伏せたいと本人が望んでいる事。
そして、ユージィンへの情が笑ってしまうほどに純粋で、一途であることを伝え、どうか二人の婚約を認めては貰えないだろうかと願った。
「あの二人を一緒にしてくれるなら、その対価は私が払おう」
「ほう……? では、私が「ルークレアを娶り王になって欲しい」と言えば、それでも聞くと?」
意味深に笑う彼に、俺も笑い返す。
「ああ、それを貴公が望むのであれば」
互いに互いから目を逸らせない沈黙の時間を経て、先に笑い出したのはどちらだっただろう。
クロッカス公爵はまるで好々爺のように顔に皺を刻んで笑った。
やはり、だ。
『試練の洞窟』で久々にクロッカス兄妹と接してみれば父親が権力に固執しているようには思えなかった。
兄妹の様子を見ていても昔と変わらない。
ルークレアが王太子の婚約者となる以前の、共に城の庭園を歩いていた頃と、何も――。
「では二人の婚約を認める条件を一つ。私はユージィンと同じくらいルークレアが可愛い。こうなった現在でも二人共の未来を近くで見守りたいと願っています。王弟殿下にはその実現に力を貸していただきたいですな」
「なるほど、それは……協力のし甲斐がありそうだ」
「期待していますよ?」
にっこりと笑みを強める青い眼差しは、とても意地が悪そうで、なのに、ひどく優しかった。
***
三ヶ月後――。
「リント、ユージィン」
「ワーグマン様!」
城の衛兵に案内されて近付いてくる二人に気付き、声を掛けると、真っ先に笑顔を見せたのはリントだ。
隣を歩くユージィンに声を掛けながら大きな声を出すのは、些か貴族の品位に欠けるだろうか。まぁ、今更だな。それにユージィンに何か言われて落ち込んでいる様子を見れば、注意を受けたのだろうことは明白だ。
なんというか、まるで飼い主と大型犬だ。
側まで来たリントは、異世界の習慣の一つだという頭を下げる動作で謝罪する。
「さっきは失礼しました」
「俺以外にはしないようにな」
「気を付けます」
しゅんと、まるで犬の耳が垂れているんじゃないかと錯覚しそうな様子に、吹き出しそうになるのを何とか堪えた。以前から思ってはいたが、これじゃあユージィンも絆されるわけだ。
「さぁ行くぞ。今日もエルディンの治療だろう?」」
「今日はワーグマン様が付き合って下さるのですか」
「ああ、たまたま予定が空いてな。俺も戦士の一人だ、たまには神子に協力しないとな?」
相変わらず礼儀正しいユージィンの物言いに、これは仕方ないと割り切って応えてやる。
だが。
「ユージィンとワーグマン様二人が付いてくれるって事は今日は五割くらい費やしても……」
なんて小声でぶつぶつ言われては聞き流せない。
「リント、言っておくが”やり過ぎ”は出禁にするからな?」
「えっ」
「エルディンの面倒を最後まで見たいなら自重しろ」
「えーっ」
「えーじゃない!」
ゴンッとユージィンの拳がリントの頭に落ちた。
結構な力加減だったと思うが、慣れたものなのかリントは全く気にしていない。
「いつも三割くらいでストップ掛けるけど、エルディン殿下が一番症状酷いんだぞ? このままじゃ他の連中が終わっても殿下だけまだって事になりかねない」
「それならそれで、エルディンの自業自得だ。問題ない」
「それにこの後はキースと講師の邸にも治療に行くつもりなのだろう? 此処で無茶はさせられない」
「ユージィンと散歩がてら移動していたらいつも回復するし」
「それでも三件回り終えたら顔色が悪くなっているじゃないか。どうしても殿下で五割使いたいなら、他の二人は今日は中止だ」
「えぇっ」
そんなぁと情けない顔をして見せるリントだが、どうしてこんなにもお人好しなのだろう。
治療に時間が掛かったとしても、それは魅了に掛かった者の責任だ。例え原因が『六花の神子』なのだとしても、リントを責める者など居はしない。
「……リント、おまえの、あいつらを治してやりたいという気持ちは尊重するし、否定もしないが、それはユージィンを心配させてまでする事ではないだろう」
「それは、……そうなんですが」
「が、なんだ」
聞き返すと、リントは言い難そうにユージィンと俺の間を視線で行ったり来たりする。
それで黙秘でもされたら尚更気になるじゃないか。
「さっさと言え」
「え、っと……その、俺一人で回るわけには行かないのでしょう?」
「当たり前だ。魔力切れを起こして倒れる危険があると判っていて誰が一人に出来るものか」
「わかってます。だから、その……ユージィンに毎回付き合ってもらってるわけで……」
そうだな。
俺とニコラス、アメリアは仕事があるから偶にしかこうして付き添えないし、ルークレアは未婚女性だ。いくら婚約者である俺が何の心配もしなくとも、世間が同じように見るとは限らない。
結果として、リントのこの治療回りに関してはユージィンに一任されていると言って良い。
だが。
「それの何が問題だ?」
「問題というか……俺はユージィンと一緒に居られるのでむしろ幸せなんですけど、ユージィンには、……結構、イヤな思いもさせているので」
「は?」
思わず眉間に皺を寄せて聞き返すが、ユージィンの方は僅かに息を呑んでいた。どうやらリントの言わんとしている事が理解出来たらしい。
……どういうことだ。
意味が解らん。
「はっきりと言え」
「は、はい! つまり、貴族街を一緒に歩いているとですねっ、結構、不躾な視線というか、好奇心旺盛な連中がいまして、余計な、その、勘繰りというか……うぅ」
「あー……」
そこまで言われればさすがに俺も理解する。
別に同性同士の婚姻が無いわけではないが、基本的に後継を必要とする貴族の同性婚は珍しい。恐らく周知の事実として婚約関係にあるこの二人にだって「子を成す」という目的の為だけに娘を売り込もうとしている連中が国内外問わず群がって来ているはずだ。
何せ『六花の神子』だ。
『六花の戦士』だ。
その子が血縁となればこの上ないはくになる。
それでも同性同士、互いを唯一と言って憚らないリントとユージィンに縁付けない貴族がどんな感情を向けてくるかは想像に難くない。自力で勝てないならば相手を落としに掛かるのが連中の矜持だ。
「全員不敬罪で牢にぶち込むか?」
「えっ」
「何を馬鹿な……」
「『六花の神子』の気分を害させたら充分に不敬だ、いけるぞ」
「いけるとかじゃなく!」
「放っておいて頂いて問題ありません。リントも神子だと傅かれるのは嫌がっていますし、騒ぎを大きくする必要などありませんよ」
「そうか?」
「はい。……リントも、そんな事まで気にしなくていい」
ユージィンに諭されて一応は承諾して見せたリントだが、その表情からは陰りが消えない。
つまり、何としても早めに治療を終わらせてユージィンが好奇の視線に晒される回数を減らしたいのだろう。
気持ちは判らないでもないが、……まあ、なんだ。
「ユージィン。リントと街中を歩くのは楽しいのか?」
「っ」
「え……」
そういうことなんだろう、な。
仲の良いこった。
***
リントの治療は、本人曰く「魔力の洗浄」だそうだ。血液と共に全身を巡る魔力が魅了によって澱んでしまっているから心身共に悪影響を及ぼしているらしく、それを浄化するには他人の魔力を流し込んで澱んだ魔力を排出させる。
人の体内魔力保有量は人それぞれだが、大体が体の大きさで決まっているので、対象以上の魔力保有者であれば、それが可能なのだそうだ。
更に効果を上げるためと、リントが対象に六花の紋を刻んだのには俺たち全員が驚いたがな。
『六花の戦士』は六人じゃなかったのか。
何でも、エルディン達には戦士になる素養があるから出来たことで、もう他には増やせませんとリントは苦笑いしていたが、世界でたった六人のはずが十人になるだけでも世界を混乱させるには充分だ。
外交問題にも発展しかねない。
結果、治療が終わればエルディンらの紋は消せるよう努力すること。
リントと治療法も秘匿される事で決まった。
本当に、次から次へとやらかしてくれる奴だよ!
エルディンの六花の紋は右足の裏にある。
他の誰とも違う六花の形をリントはなんとかがただとか言っていたが、俺には判らん。
ともあれ足裏の紋に手を置いて治療を開始したリントは、いつかも見た穏やかな輝きに包まれて目を閉じていた。傍らに魔導士団から借りて来た特殊な魔石を置き、これがエルディンから排出された魔力を吸い取る役目をしている。この魔石が十個溜まると、大体三割くらいの魔力を消費したことになるそうだ。
ちなみに澱んだ魔力なんて溜めておいても使い道はないので、後日まとめて演習場で爆破させる。
ごく一般的な廃棄方法だ。
「……なぁユージィン」
「はい」
「これ、リントはもう結構な期間を続けているよな?」
「そうですね、そろそろ二か月になるでしょうか……さすがに毎日とはいかないので、数日あけての治療になると、残っていた澱みがまた全体に広がっていて、ということもあるようです」
「……で、これを全員が回復するまで続けるって?」
「そのつもりのようですよ。次の魔石をお願いします、そろそろ交換しておかないと」
「……おまえも慣れたもんだな」
少なからず呆れてしまうが、息を吐いた俺にユージィンは困ったように笑う。
「仕方がありません。……一緒にいると、決めたのは私ですから」
「へぇ……」
ユージィンがそんな表情をするなんて、と。
揶揄おうとして口を閉ざした。
いくら何でも無粋だろうとしばらく悩んで。
「……俺はお前達を義兄上と呼ぶべきか?」
「はい?」
なんとなく言ってみたら、思いっきり嫌な顔をされてしまった。
一時間後、今日の治療を済ませたリントとユージィンを門まで送った俺は再びエルディンを見舞っていた。他の連中は、自力で起き上がって食事を取れるまでに回復したとも聞くが、エルディンの場合は未だに目を覚ましている時間すら圧倒的に少ない。
運が良ければ意識のある彼と二、三の言葉が交わせる程度だ。
リントが言う通り、エルディンの症状は他の三人に比べて随分と酷いのだろう。
「……それも自業自得だ、馬鹿者」
自分で思うよりも低く響いた呟きに、軽く息を吐く。
それからしばらくの間は側で座って見ていたが、目を覚ます気配はない。
すっかり痩せこけた顔は土気色だし、食事もまともに摂れないのだから首から下は骨が浮くほどだ。頻繁に侍女が来ては水を飲ませ、流動食を流し込み……としているし、リントもきっと助けると意気込んでいるが、……リントが多少の無茶をしてでも早期回復させたいと言ってくれるのは、本音を言えば、ありがたいと思う。
こんな馬鹿者でも、どれほど愚かでも、血の繋がった甥っ子だ。
それでも今や優先順位で言えばリントが上で、王族として、友として、リント自身の優先順位も間違えないで欲しいと思う。
「……そもそも、おまえがいつ目覚めたところでルークレアは二度と譲らん」
艶の無い髪に触れ、その頭を一度だけ撫でた。
「せいぜい後悔して、口惜しんで、やり直しの糧にするんだな」
遠い記憶の中で、共に笑顔で庭園を駆けまわった幼子達。
気付けば随分と遠くまで来てしまっていたけれど、あの頃とまるで変わらないものを胸の奥に見つけた俺は小さく笑う。
――……愛する者と結婚したいと望むことの何が悪いと言うのですか……
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