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番外編SS 寒い夜も
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注※クリスマスなので時間軸無視でイチャイチャするだけのSSですが、読んでくださる皆様へのプレゼントになれましたら幸いです。
***
原作は異世界を舞台にしたweb小説だけれど、人気が高じてスマホゲームになっただけあって現実世界のイベントはしっかりと此方にも設定されているらしい。
クリスマス。
なんでも聖なるこの夜にだけ手に入れられるアイテムがあるらしく、俺は好奇心に負けた。
しんしんと雪が降り積もる冬の夜。
魔石を動力にして街を彩るイルミネーションは北国の大通りにも負けない神秘的な輝きを放ち、道行く人々の目を楽しませていたが、気温は氷点下だ。
しっかりと防寒したつもりでも顔面など肌が露わになっているところは針でチクチクと刺されているように痛むし、鼻の中は息を吸う度に凍っていく気がする。
さらにはいつ転ぶとも知れない足元のアイスバーン。
気を抜けばあっという間にひっくり返るだろう。
「こんなに美しい光景を今まで見に来なかったとは、……いや、だが……」
どこかぎこちない足取りで雪道を進むユージィンが、珍しく視線を落としながら言う。
話す時には相手の目を見るのが当たり前に身に付いているはずの貴族男子も、今ばかりは足元が不安で仕方がないらしい。
俺はそんなユージィンを可愛いなぁと思いながら、まるで掴むものを探すように宙に浮いている手を取った。
「っ、リント、手は……」
「いつでも手を握ってあげるよって言ったのに」
「繋いでいて足を滑らせたら君だって転んでしまうだろう」
「雪道は歩き慣れてるから大丈夫だよ。歩くコツでも教えようか?」
「コツ?」
「そう。踵から踏み込むと滑った時にツルっと行き易いから、足を降ろす時は裏全体で真っ直ぐに踏み締めるようにするとか」
「……こう、か?」
「そうそう、しっかり膝曲げてね」
ユージィンに限らず、貴族なんて身分のある連中が冬の夜半に外出するとなれば、その移動はほぼ馬車に限られる。このくらいは積もるのが例年の通りであっても、雪道を歩き慣れている身分持ちなど騎士団に所属しているといった条件でもなければほとんどいないだろう。
試練の洞窟を攻略していた時だって、俺達は騎士団の皆に道を作ってもらって安全に行き来していたわけだし。
「……ふむ。確かに少し歩き易くなった気がするな」
「なら良かった」
それでも足元を気にして歩いているユージィンに、俺が思わず笑ってしまうと、上目遣いに睨まれた。
「リント。確かに今の私は情けない姿を晒しているが……」
「情けないなんてとんでもない。すっげぇ可愛いなぁと思っただけだよ」
「――」
「俺の我儘聞いて慣れない雪道を一緒に歩いてくれるし、寒いのも我慢してくれるし」
「寒くはない、が」
「でもほっぺとか真っ赤」
空いている手でそっと頬に触れる。
手袋をしているからユージィンの頬の冷たさは判らないけれど、その赤みを見れば相当だろう。やはり誘うべきではなかったかもしれないと思う一方、こうして夜闇の中で身を寄せ合いながら歩けることが嬉しくも思う。
「……もう少しだけ、付き合ってね」
「……最後まで付き合うさ」
そう応じるユージィンがまた可愛くて、俺は握った手を俺のコートのポケットに引き込んだ。
一度でいいからしてみたかったんだ。
さて。
クリスマスの夜にだけ入手可能な相手とは一体なんぞやという話だが、セレナに確認した限りでは『星の欠片』と呼ばれる希少価値の高い宝石らしい。
親密度が一定以上の相手とイルミネーションを見に行くというイベントを起こせば確定で入手出来るらしいが、それらの条件がこの世界でも一致しているとは限らない。
俺としては『クリスマス』に『ユージィンと二人』で『イルミネーションを見る』『夜デート』というだけでリア充爆発させられても仕方がないほどの充実っぷりなので、まぁ、アイテムはどっちでも良いと思っている。
周囲にはイルミネーションを見て喜んでいる恋人同士の姿が幾つか見られたが、彼らが希少な宝石を見つけたと騒ぐ気配も皆無だし。
「そういえば」
ふとユージィンが思い出したように声を発した。
「この通りの端に小さいが噴水のある広場があって」
「噴水? この寒い季節に?」
「もちろん今は水は流れていないんだが、代わりに雪が積もるこの季節にだけ氷の花が咲く」
「ん??」
「何かしらの魔法陣が噴水の下にあるらしい。雪が降りだすと途端に噴水の水が凍って花を象るんだ」
「へー」
なるほどソレか、と俺が思ったのは言うまでもない。
つまりは、きっと、そういうことだ。
「見に行っても良い?」
「ああ」
ユージィンは即答だった。
***
そうして歩く事およそ5分。
イルミネーションで彩られた大通りから少し逸れて辿り着いたのは人気がなく寂れた広場だった。
街頭の明かりすら乏しく、魔法陣の影響にせよ氷の花が咲いているという珍しい光景が見られる場所にしてはあまりにも地味だ。
「氷の花なんてデートスポットになりそうな名称なのに」
「確かに」
俺達の眼前に現れた噴水は、よくある石造りの円形で、中央には水瓶を肩に担いだ女性の彫刻が置かれている。冬以外はその水瓶の口から水が流れ落ちて循環させているというが、今はその女性の足元を、質素だが優美なスミレのような花を象った氷がずらりと敷き詰まっていた。
……うん、名称だけは綺麗だけど、これは地味だ。
「意図がよくわからないけど、魔法陣を敷いた人も目立たせたいわけじゃないのかもな」
「ああ」
俺とユージィンは揃って納得した。
小さくともしっかりと『咲いている』ことを表現した氷細工は確かに美しいけれど、これはそっとしておくべきものなのだと。
「……帰ろっか」
「ん」
何となく残念で、物足りないような気持ちを抱えながらも諦めようと思った俺は、だが、不意に引き留められる。ユージィンと繋いだままの手が引っ張られ、振り返ると、ユージィンが立ち止まっていた。
「どうした?」
「……いや。せっかく来たのに、期待を外してしまったなと……」
申し訳なさそうに言うユージィンに、俺はそっと笑い掛ける。
「そんなことないよ。確かに思っていたよりは地味だけど、本当に咲いているように見える氷の花なんて此処でしか見られなかっただろうし。今度は、陽の高い時間帯に来よう? 何となく、この場所は日中の方が綺麗な気がする」
「ああ……」
頷いて、それでもまだ動こうとしないユージィン。
俺は不思議に思いつつ、より接近してその顔を覗き込んだ。
「ユージィン?」
「……リント、……その、二人きりになれる機会が少なくて、申し訳ないと思っている」
「え?」
急な話に首を傾げた。
と、唐突に唇に触れた柔らかな熱。
キスされた、と。
自覚するより早く。
「メリークリスマス、だ。リント。今はこれで精いっぱいだが、来年には結婚して――……っ」
自覚するより早く、俺は衝動に突き動かされるようにユージィンの唇を貪っていた。
熱い吐息と、くぐもった艶めく甘さ。
繋ぐ手を体全部に代えてひたすらに喰らう。
「……そういう不意打ちは、いろいろ、やばい」
「……っ」
「あーもー……今すぐ結婚したいっ」
どうしたって貴族家の子息である自分達。どれだけ特殊な条件が付いていようとも、こうして二人きりで夜半に出歩く事すら良い顔はされない。
それでも。
否、だからこそいつまでもこうしていたいと望む気持ちは増すばかりで。
「……来年は、今年出来なかったこと、たくさんしような」
「ああ……」
願いを乗せて、ふたたびキスを重ねようとした、その時。
俺達の間にキラリと輝いたもの。
「……いつの間に……」
ユージィンが指先で摘まんだそれは、確かに希少と言われる『星の欠片』だった。
俺達は顔を見合わせて、笑う。
なんだかなぁ、と。
冬の、寒空の下。
なのに此処は温かったから――。
***
原作は異世界を舞台にしたweb小説だけれど、人気が高じてスマホゲームになっただけあって現実世界のイベントはしっかりと此方にも設定されているらしい。
クリスマス。
なんでも聖なるこの夜にだけ手に入れられるアイテムがあるらしく、俺は好奇心に負けた。
しんしんと雪が降り積もる冬の夜。
魔石を動力にして街を彩るイルミネーションは北国の大通りにも負けない神秘的な輝きを放ち、道行く人々の目を楽しませていたが、気温は氷点下だ。
しっかりと防寒したつもりでも顔面など肌が露わになっているところは針でチクチクと刺されているように痛むし、鼻の中は息を吸う度に凍っていく気がする。
さらにはいつ転ぶとも知れない足元のアイスバーン。
気を抜けばあっという間にひっくり返るだろう。
「こんなに美しい光景を今まで見に来なかったとは、……いや、だが……」
どこかぎこちない足取りで雪道を進むユージィンが、珍しく視線を落としながら言う。
話す時には相手の目を見るのが当たり前に身に付いているはずの貴族男子も、今ばかりは足元が不安で仕方がないらしい。
俺はそんなユージィンを可愛いなぁと思いながら、まるで掴むものを探すように宙に浮いている手を取った。
「っ、リント、手は……」
「いつでも手を握ってあげるよって言ったのに」
「繋いでいて足を滑らせたら君だって転んでしまうだろう」
「雪道は歩き慣れてるから大丈夫だよ。歩くコツでも教えようか?」
「コツ?」
「そう。踵から踏み込むと滑った時にツルっと行き易いから、足を降ろす時は裏全体で真っ直ぐに踏み締めるようにするとか」
「……こう、か?」
「そうそう、しっかり膝曲げてね」
ユージィンに限らず、貴族なんて身分のある連中が冬の夜半に外出するとなれば、その移動はほぼ馬車に限られる。このくらいは積もるのが例年の通りであっても、雪道を歩き慣れている身分持ちなど騎士団に所属しているといった条件でもなければほとんどいないだろう。
試練の洞窟を攻略していた時だって、俺達は騎士団の皆に道を作ってもらって安全に行き来していたわけだし。
「……ふむ。確かに少し歩き易くなった気がするな」
「なら良かった」
それでも足元を気にして歩いているユージィンに、俺が思わず笑ってしまうと、上目遣いに睨まれた。
「リント。確かに今の私は情けない姿を晒しているが……」
「情けないなんてとんでもない。すっげぇ可愛いなぁと思っただけだよ」
「――」
「俺の我儘聞いて慣れない雪道を一緒に歩いてくれるし、寒いのも我慢してくれるし」
「寒くはない、が」
「でもほっぺとか真っ赤」
空いている手でそっと頬に触れる。
手袋をしているからユージィンの頬の冷たさは判らないけれど、その赤みを見れば相当だろう。やはり誘うべきではなかったかもしれないと思う一方、こうして夜闇の中で身を寄せ合いながら歩けることが嬉しくも思う。
「……もう少しだけ、付き合ってね」
「……最後まで付き合うさ」
そう応じるユージィンがまた可愛くて、俺は握った手を俺のコートのポケットに引き込んだ。
一度でいいからしてみたかったんだ。
さて。
クリスマスの夜にだけ入手可能な相手とは一体なんぞやという話だが、セレナに確認した限りでは『星の欠片』と呼ばれる希少価値の高い宝石らしい。
親密度が一定以上の相手とイルミネーションを見に行くというイベントを起こせば確定で入手出来るらしいが、それらの条件がこの世界でも一致しているとは限らない。
俺としては『クリスマス』に『ユージィンと二人』で『イルミネーションを見る』『夜デート』というだけでリア充爆発させられても仕方がないほどの充実っぷりなので、まぁ、アイテムはどっちでも良いと思っている。
周囲にはイルミネーションを見て喜んでいる恋人同士の姿が幾つか見られたが、彼らが希少な宝石を見つけたと騒ぐ気配も皆無だし。
「そういえば」
ふとユージィンが思い出したように声を発した。
「この通りの端に小さいが噴水のある広場があって」
「噴水? この寒い季節に?」
「もちろん今は水は流れていないんだが、代わりに雪が積もるこの季節にだけ氷の花が咲く」
「ん??」
「何かしらの魔法陣が噴水の下にあるらしい。雪が降りだすと途端に噴水の水が凍って花を象るんだ」
「へー」
なるほどソレか、と俺が思ったのは言うまでもない。
つまりは、きっと、そういうことだ。
「見に行っても良い?」
「ああ」
ユージィンは即答だった。
***
そうして歩く事およそ5分。
イルミネーションで彩られた大通りから少し逸れて辿り着いたのは人気がなく寂れた広場だった。
街頭の明かりすら乏しく、魔法陣の影響にせよ氷の花が咲いているという珍しい光景が見られる場所にしてはあまりにも地味だ。
「氷の花なんてデートスポットになりそうな名称なのに」
「確かに」
俺達の眼前に現れた噴水は、よくある石造りの円形で、中央には水瓶を肩に担いだ女性の彫刻が置かれている。冬以外はその水瓶の口から水が流れ落ちて循環させているというが、今はその女性の足元を、質素だが優美なスミレのような花を象った氷がずらりと敷き詰まっていた。
……うん、名称だけは綺麗だけど、これは地味だ。
「意図がよくわからないけど、魔法陣を敷いた人も目立たせたいわけじゃないのかもな」
「ああ」
俺とユージィンは揃って納得した。
小さくともしっかりと『咲いている』ことを表現した氷細工は確かに美しいけれど、これはそっとしておくべきものなのだと。
「……帰ろっか」
「ん」
何となく残念で、物足りないような気持ちを抱えながらも諦めようと思った俺は、だが、不意に引き留められる。ユージィンと繋いだままの手が引っ張られ、振り返ると、ユージィンが立ち止まっていた。
「どうした?」
「……いや。せっかく来たのに、期待を外してしまったなと……」
申し訳なさそうに言うユージィンに、俺はそっと笑い掛ける。
「そんなことないよ。確かに思っていたよりは地味だけど、本当に咲いているように見える氷の花なんて此処でしか見られなかっただろうし。今度は、陽の高い時間帯に来よう? 何となく、この場所は日中の方が綺麗な気がする」
「ああ……」
頷いて、それでもまだ動こうとしないユージィン。
俺は不思議に思いつつ、より接近してその顔を覗き込んだ。
「ユージィン?」
「……リント、……その、二人きりになれる機会が少なくて、申し訳ないと思っている」
「え?」
急な話に首を傾げた。
と、唐突に唇に触れた柔らかな熱。
キスされた、と。
自覚するより早く。
「メリークリスマス、だ。リント。今はこれで精いっぱいだが、来年には結婚して――……っ」
自覚するより早く、俺は衝動に突き動かされるようにユージィンの唇を貪っていた。
熱い吐息と、くぐもった艶めく甘さ。
繋ぐ手を体全部に代えてひたすらに喰らう。
「……そういう不意打ちは、いろいろ、やばい」
「……っ」
「あーもー……今すぐ結婚したいっ」
どうしたって貴族家の子息である自分達。どれだけ特殊な条件が付いていようとも、こうして二人きりで夜半に出歩く事すら良い顔はされない。
それでも。
否、だからこそいつまでもこうしていたいと望む気持ちは増すばかりで。
「……来年は、今年出来なかったこと、たくさんしような」
「ああ……」
願いを乗せて、ふたたびキスを重ねようとした、その時。
俺達の間にキラリと輝いたもの。
「……いつの間に……」
ユージィンが指先で摘まんだそれは、確かに希少と言われる『星の欠片』だった。
俺達は顔を見合わせて、笑う。
なんだかなぁ、と。
冬の、寒空の下。
なのに此処は温かったから――。
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