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35 六花の神子

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 王弟殿下が王太子殿下の剣を捌き、アメリアの火魔法が魔法師団団長の息子の術を押し退けて本人に直撃する。
 ニコラスの大剣が宰相の息子と薬学の講師を纏めて壁まで吹っ飛ばせば、ユージィンの九本の矢が二人をその場に縫い付けた。

 ルークレアが奏でる優しい音色は怪我をした人々を癒していく。
 混乱する人々の気持ちを鎮めていく。

「なんでよおおおおお!!!!」

 驚愕、混乱、恐慌、焦り——もはや人目に晒してはならないような顔をしながらミリィ嬢が叫んだ。

「私が神子なのに!! 私がヒロインなのに!! ここは私に破壊されるべき世界なのに!! 何でどいつもこいつも勝手なことすんの!? なんで私が負けそうになってるのよ!!」
「だから、さっきから何度も説明しただろうがっ」
「黙りなさい変態!!」
「……っとに腹立つな!!」

 背後から溢れ出る瘴気に因るのだろう圧が今以上に広がらないよう、俺はめいっぱい力を掛けた剣で押し込んでいく。
 これでミリィ嬢の中に戻ってくれれば万々歳なんだが、……何かこう、もっと圧倒的にミリィ嬢の心を折れるような派手な勝ち方は無いものだろうか。

 何か。
 ……何か。

 ——……想像と創造の神はいつでも君を見守っている……

「ぁ……」

 想像と、創造の。

 ——……自分の紋を思い浮かべて……

 出来るだろうか。
 否、きっと出来る。
 出来なければならない、この世界を護るのが俺の役目なら!

「……最後にイイを事教えてやろうか、ミリィ嬢」
「要らないわよ喋んないで!!」
「俺も『六花の神子』なんだ」

 ぴたりと固まり、目を丸くしたミリィ嬢に、俺はわざと笑んでやる。
 そうして足元に力を伝えればダンスホールの床全面に光り輝く扇六花の紋が現れた。

「っ!?」
「なっ」
「これは……!!」

 どよめく会場、すべての視線を集めた扇六花が強く輝いた直後、ぶわりと屋内を吹き抜けた雪混じりの旋風。
 驚いた人々がハッと我に返った時には、ミリィ嬢が空間を支配していた赤黒い瘴気は欠片も残さずに消え失せていた。

「……うそ……でしょ……」
「本当」
「だってヒロインは私だわ……!!」
「でも神様に世界を護るよう頼まれたのは俺だ」
「嘘よ!! 私はこの世界を壊すの! 潰すの!! 消し去るの!!」
「だったら俺が何度でも護る」
「変態のくせに!! 殿下っ、こいつ殺して!! いますぐ消して!! 殿下!?」

 半狂乱になって叫ぶミリィ嬢は王太子殿下に命じたつもりだったようだけど、本人は王弟殿下に敗れて気絶中。ミリィ嬢の力を全部払拭するつもりで雪を舞わせたから、もしかすると魅了も解けているかもしれない。

「なんで……っ、なんで、なんで、なんでよ!! 私の世界なのに!! 私が好きにしていいはずだったのに!!」
「そんなわけないでしょう」
「あんたに何が判るのよ!!」
「だって、この世界を創ったのは私だもの」
「——」

 セレナの言葉に、ミリィ嬢は固まったかと思うとそのまま膝をついてしまった。
 表情も抜け落ち、虚空を見つめながら口の中で何かを呟いている。

「……ワーグマン様」
「! ぁ、ああ、衛兵、その五人を捕らえて牢へ! また会場にいるすべての者の怪我の有無、体調の確認を行い順次帰路へ。今回の件については後日改めて報告するものとする!」

 朗々とした、人を導く事に長けた者の声が混乱している人々に安心を取り戻させた。
 城の衛兵が率先して場を仕切っていく中、騎士団や魔術師団の面々が国王陛下や他国からの来賓の安否を確認していく。

「……リント、おまえはにはどうにもまだ話を聞く必要がありそうだな。……セレナ嬢だったか。おまえの元婚約者殿の件も含めてな」
「はい……」
「あっ……お父様!」

 王弟殿下と話していると、ユージィン、ルークレアの父親である公爵閣下が此方に向かってくるのが判った。
 存在感の圧倒的さに思わず膝をつきそうになるが、公爵自らそれを止められた。

「こうなっては隠す必要もない。『六花の神子』である其方に膝を付かせては派閥を同じくする者達にも何と言われるか。……最も、君が私の義理の息子になるのならば話は違ってくるのだろうが」
「「「えっ」」」

 思わず声を上げたのは三人。
 俺と、ルークレアと、ユージィン。
 公爵閣下は真剣な表情で問うて来る。

「『六花の神子』よ、貴方は我が息子をパートナーに望むか?」
「っ、はい! はいっ、望みます! ユージィン以外は考えていません!!」

 あまりの展開に身を乗り出す勢いで応じれば、公爵閣下は笑った。

「ユージィン、おまえはどうだ」
「……判りません。ですが……彼の側は、温かい、と……思います」
「そうか」

 そう答える公爵閣下はとても優しい顔をしていて、ユージィンの肩を叩く。

「ルークレア」
「はいっ」
「ユージィンが神子殿と婚姻するとなれば、王太子殿下からあのような形で婚約破棄された其方に来る縁談は、六花の紋を持っているからこそ読めぬ。最悪、他国に嫁ぐことも考えられるぞ」
「構いません! お兄様が幸せになってくださるなら些末事です。政略なのは変わりませんもの!」

 断言するルークレアだが、それは俺とユージィンが反対したい。
 しかし、そう声を上げるより早く割って入って来たのは王弟殿下だった。

「ならば私と婚約するか?」
「「「「えっ」」」」

 ニコラスとアメリアも加わって反応が揃う。
 ルークレアは目を瞬かせた。

「あの馬鹿者との婚約は王太子としての立場を盤石にするためのものだったのだろう? 今回のことで他の王子が新たに王太子となるだろうが、誰がなってもルークレアとの婚約で立場を固めるには年齢差があり過ぎる。ならば俺でどうだ。殿下と呼ばれていても王位に興味が無いのは周知の事実。正式に継承権を放棄し、これが認められれば、公爵家の娘を娶っても問題なかろう?」
「ですが……」
「どうせ選択肢のない政略婚なら俺を選べ。俺とならユージィンとリントのあれこれを話題にも出来よう」
「是非お願い致します!!」
「そんな理由でいいの!?」

 思わず大きな声を出してしまったが、王弟殿下はもちろんのこと、公爵閣下も随分と乗り気だった。
 だが、よく考えればそれもそのはずなのだ。
『六花の神子』も『六花の戦士』も国内外問わず縁を結びたい者は多い。相手が決まらない限りは延々と「うちの息子をぜひ」「娘をどうぞ」と言われるに違いない。ならば国内で、しかも身内で早々に縁組してしまうのが、一番面倒が少ない。

「ではそれで話を進めさせてもらう。ふむ、肩の荷が途端に軽くなったな」

 公爵閣下のその言葉で、俺とユージィン、ルークレアと王弟殿下の婚約が内々に確定してしまった。
 あまりにも呆気なさ過ぎて現実味がないのだが。

「……ま、良かったんじゃない? おめでとう」

 セレナに祝われて、俺はユージィンを見る。
 ユージィンは俺を見ていて、目が合った事で赤くなりながら視線を逸らした。
 だが、何を思ったのか苦心しながらも視線を元の位置に戻して来たんだ。

 なにそれ可愛いと思ったら俺の顔も熱くなって来た。
 それで、やっと実感が湧く。

 どうやら俺は、ユージィンと結婚出来るらしい。
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