【本編完結】乙女ゲームだろうが推しメンには俺の嫁になってもらいます!

柚鷹けせら

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33 名無し

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「所詮は下僕の分際で随分と勝手な事をしてくれたじゃないの」

 唐突にそんな台詞を投げられて、驚かなかったと言えば嘘になる。
 とはいえ状況を正確に把握しているのならばそんな言い方が出来るはずもなく、俺は王弟殿下にそっと近づくと小声で話し掛けた。

「監視付きの自宅謹慎中だったんじゃないんですか?」
「今日の午前中まで不審な動きがあるといった報告は受けていない」
「この祝宴が終わってから処罰する予定になっていたんだがなぁ」

 ニコラスも小声で参加してきたと思ったら、アメリアやクロッカス兄妹もしっかりと此方の話を聞いている。

「あの子の後ろにいるの、王太子殿下と、うちの団長の息子と、宰相の息子でしょう? あと一人は誰?」
「あの方は学園の薬学の先生です」
「あー……言われてみれば居たな」

 ルークレアの説明に、ぼんやりと思い浮かぶ学園の講師の顔。
『試練の洞窟』に挑むため戦士を選びたいからと、ゲームで新たに攻略対象になっているメンバーをセレナに確認した時にも入っていた気がする。
 特に面識もないし戦闘経験もなさそうだったんで最初から除外したんだが。

「講師も攻略対象とはさすが乙女ゲー」
「リント?」
「何でもないよ、独り言」

 そんなふうに内輪でコソコソと話していたら、ミリィ嬢が痺れを切らしたらしい。

「もう一度言いましょうか!? 下僕の分際で勝手なことしないでくれる!?」

 淑女にあるまじき怒声である。
 そしてそんな彼女の後方で、目の中にハートマークを浮かべて蕩けた顔をしている男四人が明らかに正気ではないのだ。
 ホール中の視線を集めていると言うのにその視線はミリィ嬢に向けたまま口の中でぶつぶつと何かを呟いている。
 彼女の命令次第では何をやらかすか知れたものではない。

 王弟殿下やニコラス達も、その危険性を察したのだろう。
 手だけでホールの警備に当たっていた衛兵や騎士団の仲間に合図を出していく。

「……君は自宅で監視されていたはずだが」
「下僕が馴れ馴れしく話し掛けないで。私は神子よ、弁えなさい」

 王弟殿下にその態度!
 さすがに俺達全員が絶句して、だがミリィ嬢は俺達のそんな様子を、命令に従ったと判断したのだろう。ひどく満足そうに微笑むと、

「さぁ全員跪きなさい。私の意思に歯向かったあなた達にはお仕置きが必要でしょう?」

 高笑いと共に言い放った。
 もう、俺達としたら呆れてものも言えないだけなんだが、彼女に侍っている男達の頭も相当大変な事になっているのは間違いないようで。

「ああっミリィ、そんな連中に君が手ずからお仕置きだなんて勿体ない……!」
「まったくですっ、ご命令頂ければ私共が奴らの手足を斬り落としましょう……!」

 我先にと(自称)女王様のご機嫌取りに必死だ。
 ……有り得ないね。
 そもそも国王陛下や他国の使者の御前だって意識が彼女にはあるのだろうか。
 ホールには国中の貴族が集まっているという認識は?
 何をどこまで把握していると、こういう行動に出られるのだろう。
 ああほら、国王陛下もそうだけど、その後方にいる宰相とか、魔術師団の団長が今にも気絶しそうな真っ白い顔してる。
 いや、きっと気絶出来た方が幸せだろう。
 っていうか、もしかして俺がこの相手しなきゃなんないのか。うわー。

「ミリィ嬢、質問いい?」

 嫌だなぁと思いつつも問い掛ければ、ミリィ嬢もイヤそうな顔をして見せたが、一応ご機嫌を伺う形になったので彼女的には及第点だったのだろう。
 妙に上から目線で許可を出してきた。
 何なんだこの子。
 これが頭の中お花畑ってやつか。

「まず一つ目」
「幾つ質問するつもり!?」
「ミリィ嬢の答え次第でもあるからとりあえず五個くらい?」
「下僕の分際で図々しいヤツね」
「まずその下僕って何」
「アンタたち『六花の戦士』に決まってんでしょ? 神子は私だもの」
「あー……」

 何となくこっち六人は理解する。
 各国に伝えたのは『ミリィ嬢が病んだので戦士六人で結界の強化を頑張りました』だ。俺が神子の代理だとか、背中に神子の紋を背負ってるなんて情報はこの国の上層部しか知らない話。
 つまり、ミリィ嬢の中では俺達六人が彼女の『六花の戦士』なんだろう。
 ……どうしよう。
 すごく嫌な予感がして来たんだが。

「私がいろいろと考えていたっていうのに勝手なことしてくれたわよね、何なのこれ。ゲームの強制力ってやつ? 私がいつまでも選ばなかったから勝手に六人選ばれちゃったのよね、きっと。むかつくわぁ」

 しかもゲームの強制力と来たもんだ。
 これはもう確定だな。

「大体一番許せないのはアンタよ、リント。あんなに可愛がってあげたのにひどい裏切りじゃない」
「可愛がってもらった覚えはないなぁ」
「そんなこと言って良いの? そこのユージィンに全部ばらすわよ?」
「男爵令嬢が公爵家のご令息を呼び捨てるのは如何なものかと思いますが」
「黙りなさい変態」

 あ、ちょっとグサッと来た。
 しかも侮蔑の混じった目線で、勝ち誇った顔をされた。頭お花畑な情報弱者は恐ろしいと俺は学んだぞ。
 しかもユージィンの事を呼び捨てるとかイラッとするんだが。

「あのなミリィ嬢。あんた多分、自分がヒロインだから何でも希望通りになると思ってるんだろうけど、まずは其処から考えを改めた方がいいぞ?」
「——……へぇ、そう……あんたもあっちの人間なんだ?」
「それを察する程度の頭はあるみたいだな」
「っ、馬鹿にしてるの!?」
「馬鹿にしているって言うより呆れている。なんでわざわざ今、このタイミングで現れるんだよ。目の前に国王陛下がいて、他国の方々も列席している。不敬も甚だしいし、陛下が一言命じれば全員拘束されるの判んなかったか?」
「あはははっ、バッカじゃないの!? これはゲームなの! ヒロインは私なの! 誰が私に手を出せるのよ!!」
「これはゲームじゃないし君はこの世界の住人の一人に過ぎない」
「何も知らないくせに!! 此処はね、私の大っ嫌いな『氷雪の恋』ってゲームの中なのよ!! 嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで、いつかぶっ壊してやるって思ってたら神様が招いてくれたの!! 判る!? 此処は私にぶっ壊されるための世界なの!!」

 ミリィ嬢が叫ぶ。
 ユージィンやルークレア、王弟殿下達が気圧されて思わず一歩下がってしまうほどの迫力に、だが俺は一つ納得した。
 原作者が泣いて泣いて泣いて、その涙を昇華してセレナという個になったように。
 この子は憎んで憎んで憎んで、その怒りを昇華して神子に――ミリィという個を得たんじゃないだろうか。

 そんな俺の想像を確信させたのは――。

「あなた、まさかと思うけど名無しの集合体とか言わないでしょうね?」
「セレナ? 何で此処に」

 驚く俺に、元婚約者の少女セレナ・ラベリック子爵令嬢は呆れたように笑った。

「私も貴族の娘だもの、招待状を貰ったからには来るわよ。あんたには迷惑も掛けたし、晴れ舞台でお礼言うくらいの常識は持ってるんだから」
「……引き籠りなのにわざわざ……」
「ええ、わざわざ来てあげたわよ。こんなバカ女と会う予定はなかったけどね」
「バカですって!?」
「どっからどう見ても今の貴女は礼儀知らずの頭のおかしな女ね」

 ミリィ嬢に続いて、今度はまったく認知していなかっただろう少女の登場でホールの貴族たちは誰もが茫然としている。
 判る。
 だが、いまはそのまま待機していてほしい。
 俺は隣まで来てくれたセレナに尋ねた。

「名無しって、誰」
「誰でもないわ。強いて言うなら、私の小説が気に食わなくて、なんだかんだといちゃもんつけては炎上させてくれた連中の総称ね。あいつら名前も入力しないんだもの」
「『氷雪の恋』って叩かれてたのか?」
「ああいう連中はなんでも叩くの」
「……なるほど」

 俺達の会話にはさすがのミリィ嬢も目を見開いていた。どうやら、セレナが誰かを察する頭も持ち合わせていたらしい。

「な……で……なんであんたまで此処にいるの!?」
「私が私の世界にいて何が悪いのよ」
「此処は私のために神様が用意してくれたゲームだってば!! こんなむかつく世界、ぶっ壊して……ああそうか、私にぶっ壊された世界見て泣き崩れるアンタを見せてくれるために」
「じゃあ何で俺が此処にいるんだ」
「知るわけないでしょ!?」
「少しは考えろ?」
「命令しないでよ!!」

 ミリィ嬢がヒステリックな叫びを上げたと同時、彼女の背後から赤黒い瘴気のようなものが吹き出し、ホール全体を静電気みたいな不快感が覆った。
 窓ガラスは割れ、ホールの誰もが驚きと不安で叫び、しかし逃げ道がなくて怒鳴り出す。
 ホール全体が見えない壁に覆われていたんだ。

「腐っても『六花の神子』ってか……っ」
「ふふふっ、さっき聞いて来たわね。自宅で監視されてたろって。あんな連中、私に言わせればただのゴミよ。神子がいないと死ぬだけの哀れなNPC」
「……あんなに怯えて泣いている人達を見ても、そんな風に言えるの?」
「あはっ、あはは! そうね、原作者様には可愛い可愛い子どもでしょうよ、でも私には苦しんでくれればくれるほど私を楽しませる玩具よ! だってゲームだもの、遊戯だもの! 魔の一族に蹂躙される世界……見たかったのよぉ……ほんと、余計なことしてくれちゃってさぁ……?」

 ——狂ってる。
 俺も、セレナも、ユージィン達も、誰もがきっとそう思った。

「セレナ、おまえも後ろ下がっとけ」
「え?」

 見えない壁に触れればバチッという恐ろしい音と共に体が痺れる。
 それが判れば人々はなるべく壁から離れて中央に集まる。
 出来るだけミリィ嬢をそっちには近づけたくない。

「ワーグマン様、ニコラス、アメリア、ユージィン、ルークレア、国王陛下と使者の皆さんを頼んだ」
「おまえは!」
「俺はあのバカ女を止めないと」
「そんなことをしたらバレるぞ!?」

 隠している力がこんなにも大勢に知られれば、もう隠しようがない。
 せっかく彼らが王からの褒美を使ってまで望んでくれた俺の自由だけれど、それ以上に優先しなければならないものがあるのだ。

「俺は、この世界を護るために神様に喚ばれたからな」
「リント……」
「大丈夫」

 心配そうな仲間達に笑い掛け、セレナも後ろへと促すが彼女は左右に首を振る。

「これは私の責任でもあるのよ」
「……カッコいいじゃん」
「ファンは大事にしないとね!」
「ははっ」

 照れ隠しに語気を強めるセレナ。
 そんな彼女に勇気を貰い、背後を任せられる仲間達からは信頼を貰った。
 大丈夫。
 これで終わらせてやる。
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