上 下
31 / 47

31 褒美

しおりを挟む
 翌日、俺の体調は完全に回復していた。
 宴に出席したものの日付が変わる前には退席出来たというユージィンやルークレアの表情も、安心がある分だけ此処に来た当初よりも健康そうで、俺はようやく結界強化という役目を果たせたんだって実感が湧いて来ていた。

 朝食を終え、支度を済ませた頃になって王弟殿下から帰還の知らせが入った。
 既に城には先触れを出してあり、あちらに戻ったらまずは国王陛下に謁見し結界強化が無事に成った報告をすることになるらしい。

「俺が神子かもしれないって件については、いつ……?」
「それについてはちょっと考えがある。悪いようにはしないし、自分の口で何を語っても構わないから、俺の言う事をだけは約束しろ」
「はあ……」

 王弟殿下が悪いようにはしないと言うならそうなんだろう。
 詳細を明かさない点も含めて何か考えがあるようだし、とりあえず任せてみようと俺は自分の中で結論付けた。信頼っていうのかな、こういうの。
 ……改めて言葉にすると気恥ずかしいけれど、悪い気分ではなかった。


 そうしていざ帰城する時が来て、転移陣に『六花の戦士』六人が並び立つと同時、他国の騎士団が整然と並び立つ中からひと際大きな声が上がった。

「『六花の戦士』に敬礼!!」
「——」

 ザッ――一斉に動く、その音までが一陣の風が吹き抜けるように揃い、何千という騎士が俺達に敬意を表し真っ直ぐな視線を向けてくれていた。
 守れてよかった。
 心の底からそう思う。

「胸を張れ」

 ニコラスが笑いながら声を掛けて来てくれた。

「表向きは戦士全員にだが、これはおまえが世界から得た評価だ」
「そんなことは……」
「リントが声を上げた結果だ」

 王弟殿下が言う。
 ルークレアも。

「リントが公爵家で話をし、私達に六花の紋を授けてくれた、その結果ですわ」
「……君が行動したから私達は役目を果たせた。世界は、誰もが自分の大切なものを護れたんだ」
「……六人一緒だったからだぞ?」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」

 くすくすと楽し気なアメリア。
 俺は気恥ずかしくなってきた。

「っていうか、それで言ったら俺が此処に来たのはユージィンが好き過ぎたからなんで、世界が感謝すべきはユージィンって事になりませんか?」
「なぜそうなるっ」
「ふふっ。そんな事まで言い出したら、お兄様を生み育てたお父様とお母様にも感謝しなくては」
「系譜まで遡り始めたら最終的には『神に感謝を』だな」
「確かに!」

 全員でクスッと笑い合い、俺達は城に戻ったのだった。


 ***

 城に戻り、国王陛下に結界を強化する儀式が無事に終わったことを伝えると、謁見の間に集まっていた重鎮達は一様に安堵の声を漏らし、緊張していた顔を和らげた。
 ちなみに俺達が『試練の洞窟』で得た武器は、そのまま持ち帰って来ている。
 これは原作でもそうだ。
 紋が刻まれた時点でいわゆる俺達の専用武器になっているため、特にニコラスとアメリアは今後の実戦でも使っていく事が出来るのだ。
 六花の紋が刻まれた武器を使う事、それはつまり『六花の戦士』である証。
 世界に六人しかいない英雄が戦場に立てば、それは劣勢にあっても味方を鼓舞する力になる。
 二人はそういう存在になるだろう。
 対して王弟殿下の槍は国宝として城で保管されるだろうし、俺の剣、ユージィンの弓、ルークレアのハープもそれぞれの家の家宝になるに違いない。
 最も、王と謁見中の現在は武器は全て預けてあるのだが。

 そうして話の最後。
 国王陛下が俺達や騎士団の皆を労い、七日後に祝いの宴を催すと宣言した。

「その席で『六花の戦士』であるそなたらには褒美を取らそうと思う。望むものがあれば考えておくが良い」

 つまり準備するから決まった時点で早めに教えろって事だよな?
 褒美か。
 何が良いかな……そんなことを考えていたら、不意に王弟殿下が声を発した。

「陛下。恐れながらお伺いしたく、褒美はなんでもよろしいのでしょうか」
「うむ。そなたらは世界を救ってくれたのだ。その功績に値する褒美に制限など掛けられまい。無論、国を揺るがすような事をそなたらが望むはずはないと信じての話だが」
「勿論です。せっかくこれだけの顔ぶれが揃っているのですから、いまこの場でお伝えしようと思いますがお時間はよろしいでしょうか?」
「うむ、構わぬ」

 俺は首を傾げるが、王弟殿下と国王陛下の遣り取りが妙に白々しく感じられるのは……たぶん気のせいではないんだろうな。
 根回し済みというやつだ。

「『試練の洞窟』の結界が綻んでいた事が原因で騎士達が魔の一族と交戦した旨はご報告の通りですが、その綻んだ結界の修繕には『六花の戦士』だけでは力不足でした。皹入った結界を修繕した上で強化を果たしたのは、偏にリントが一人でその分の魔力を補ったからです」

 ざわりと周囲が騒がしくなる。
 疑いの声が湧く。

「その際、リントには三度神託が下りました。彼の背には『六花の神子』の紋が刻まれております」
「なっ」
「ちょ……ワーグマン様!?」

 ぎょっとする。
 伝えるのは国王陛下だけじゃなかったのか? えっ、こんな大勢の前で言っちゃって大丈夫? うちの親父が騎士団の列で目を剥いてるんですがっ!

「リント・バーディガルは世界を救うため命を捨てる覚悟を示しました。それを神は憐れみ、リントを代理の『六花の神子』としてお認めになられたのです」
「私達は共に魔力を補うと告げたのですが、世界を危機に陥れたのは自分が魅了などに誑かされたせいだからと……っ、私達は、あと少しでリント一人を犠牲にするところでした……!!」

 くぅっと泣き真似をしだすニコラス。
 おい、あんたも共犯か!?
 っていうかどういう台本なんだよ、これ! 考えたのどいつ!?

「結界が無事に強化された夜、北の果ての空を覆った夜の帳は美しい光りに彩られていました。あれは正しく神からの祝福ーーリント・バーディガルの覚悟が齎した奇跡です」

 アメリアあんたもかー!?
 ちょっと待て、いや、そもそも……リント・バーディガルはミリィ嬢の魅了に引っ掛かって世界を危機に陥れた側だ。
 俺が六花の紋を授けられるとか、戦士だとか言うから此処に居られるだけで、本来なら王太子殿下が今現在そうであるように、俺も自宅謹慎で処分待ちしているはずだった。

 ……ってことは、まさか。

「リント・バーディガルは幾度も命の危機に瀕しながら世界を護る為に努力してたことを私達が証言致します。魔力の枯渇寸前まで酷使したために傷ついた魂は、異世界の魂の力を借りて癒したと神は仰せでした。であるならば、彼は正しく歴史が語る『六花の神子』に相違ないと存じます」
「彼は私達『六花の戦士』にとっても必要不可欠な存在です。国王陛下、本当にどんな望みも叶えて頂けるのでしたら、私達はリント・バーディガルの赦しと自由を望みます」

 ユージィンとルークレアが言う。
 ……言ってくれる。

 王弟殿下が否定だけはするなと言った理由がこれか。
 何を言ってもいいから否定しないとだけ約束しろと、こんな。

「……っ」

 ああやばい、泣きそうだ。
 そう思った途端に胸の内側から熱くて大きな力が全身をぶわりと覆った。直後、俺達六人を囲むように謁見の間の床に現れたのは、俺の背中に刻まれた扇六花ーー。

「おおおっ……これは正しく……」
「そんなバカな……屋内で、雪だと……?」

 思わずといった様子で手を宙に伸ばす城の重鎮達。
 その指先に触れては消える、冷たい六花だ。
 ふわり、はらりと、謁見の間に舞い散るのは確かに粉雪だった。

「……なるほど確かに『六花の神子』だ。リント・バーディガルよ、そなたの友はこう言っておるが、其方の望みはどうか」
「……っ、恐れながら申し上げます。俺……私、も……私も、彼らとこれからも共に過ごす赦しと自由を望みます……!」
「相分かった。異論の有る者は」

 国王陛下は周囲の重鎮達をぐるりと見渡し、誰からも否の声が上がらない事に満足そうに微笑む。

「ではそれで決まりだ。リント・バーディガル、其方を許す。——そしてよくぞやってくれた。世界を救ってくれたこと、この国の王として感謝するぞ、神子殿」
「……っ、勿体ないお言葉です……!」

 頭を下げれば「なんだそれは」と肩を叩いて来たニコラスに笑われた。
 これは異世界の礼儀だと後で教えてやろう。

「良かった」
「これで一安心ね!」

 ルークレアとアメリアのホッとしたような声。
 王弟殿下の大きな手が背中を叩いた。

「ありがとう皆……っ、本当に、ありがとう」
「……私達も、この世界も、……リント・バーディガルも、救ったのはだ」

 だから当然の事をしただけだとユージィンが微笑うから、俺はとうとう声を上げて泣いてしまうのだった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

嫌われ者だった俺が転生したら愛されまくったんですが

夏向りん
BL
小さな頃から目つきも悪く無愛想だった篤樹(あつき)は事故に遭って転生した途端美形王子様のレンに溺愛される!

異世界に召喚されて失明したけど幸せです。

るて
BL
僕はシノ。 なんでか異世界に召喚されたみたいです! でも、声は聴こえるのに目の前が真っ暗なんだろう あ、失明したらしいっす うん。まー、別にいーや。 なんかチヤホヤしてもらえて嬉しい! あと、めっちゃ耳が良くなってたよ( ˘꒳˘) 目が見えなくても僕は戦えます(`✧ω✧´)

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...