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29 一面の銀世界
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結界を強化するシーンは、それこそ何度も読んだけれど。
こんなふうに自分の記憶を振り返りながら進む儀式は当然ながら初めてで、すこしくすぐったい気持ちになった。
あの日、公爵家の応接室でユージィンの手に初めて触れた俺は、自分でもうるさいと思わずにいられないくらい騒がしい心臓の音が周りにも聞こえるんじゃないかと気が気じゃなかったが、先にどちらが紋を受け取るかと尋ねた時に「妹には安全が確認されてからだ」と迷わず手を出して来た彼の潔さに改めて惚れたんだ。
その彼が、いま自身の足元に刻まれた六花に跪いた。
彼の右脇腹にあるものと同じ樹枝付角板型ーーあの形好きだし、ユージィンに似合っているとも思う。
「君はユージィンなら何でも良いんじゃないの?」
「神様」
不意に頭上から降って来た声に、でも俺は驚かなかった。
視界は相変わらず閉ざされているはずなのに、足元に輝く六花の紋と同様に神様の存在も輝いて感じられたからだ。
その声はとても楽し気で、からかうようにも聞こえてくる。
「それは違うぞ、ユージィンだから何でも似合うんだ」
「えー」
「異論は認めない! ところでどうして此処に? 結界強化は俺達の役目だろう」
「うん、今の僕はただの見学。本来よりも三日分、しかも皹入った結界の修繕も加わって余計に捧げなきゃいけない魔力は君から引き出されるからね。加護をあげたけど万が一が無いとも言い切れないし、君に何かあったらセレナがまた絶望しそうだし、念には念を、だよ」
「そっか」
俺が納得するのを待っていたように、また俺の足元から新しい光りの筋が現れ、今度はルークレアの足元に六花の紋を描いてゆく。
広幅型。
そして彼女もまたユージィンと同じようにその場に跪いた。
「……ん?? もしかして俺が跪かせていたりする?」
「違うと思うよ」
神様は即答だ。
「結界強化のための魔力は『六花の戦士』からも引き出される。魔力が減ればふらついたりするし、屈んでいた方が転倒しなくて済むでしょう。それが跪く姿勢になるのは貴族の所作的な問題じゃない?」
「うん……?」
「世界を護る結界に魔力を捧げるって事の重要性もあるし」
「??」
「うん、いいよ。そのまま頑張れリント」
よく判らないが神様に諦められたらしい。
そうこうしている内に、三本目の光の筋が俺の足元から王弟殿下の足元へ伸びた。
描かれるのは堤型。
そして彼もまた紋に跪く。
「……俺が紋を刻んだ順番、かな?」
「だね」
その予想通り、次に光りの筋が伸びたのはニコラスだった。
刻まれた角板型。左太腿に刻まれたので見せてもらう訳にもいかず、今まで知らなかったが、彼の紋はそれだったらしい。そして最後、胸元に刻まれたためやはり知り得なかったアメリアの足元に刻まれた紋は羊歯状だ。
閉ざされた視界の中でもはっきりと伝わってくる、背後で足元の六花の紋に跪く仲間の姿。
そして最後ーー俺の足元に扇形の、左二の腕にあるのと同じ紋が現れて、背中にある神子の紋ーー扇六花の紋が重なったーー。
「っ!?」
ぐわんっと一気に体の中から大量の何かが引き抜かれていく。
これが神様の言っていた魔力を引き出されるという現象なんだろうけど、……え。
ひどくないか?
「っ……ちょ……っ」
待ってと言いたいのに言葉が続かない。
立っていられない。
なるほど膝をつく理由を身を以て知った俺は「もうちょっと詳しい説明をしといてくれ!」と神様に心の中で訴える。
だが、尚も続く抜かれていく感覚に、口を開く事すら叶わない。
「くぁっ……」
更に強く大量の物が一気に抜かれる衝撃に声を漏らすと、その正面。
彼方と此方を隔てる結界の頂きから地面までを使って扇六花が描かれた。その内角の一つ一つに俺達の紋が刻まれていく。
紋が、回る。
手元にあった三つの大きな魔石がふわりと宙に浮き、一つ、また一つという具合にゆっくりと結界に溶けていった。
「来るよ」
「……っ、え……」
何がと問う間もなかった。
あれほど結界に押し寄せて蠢いていた黒き魔の一族が、瞬き一つの間に雪を含んだ暴風に煽られて結界から遠ざけんと吹っ飛ばされていたんだ。
「ぇ……ええ!?」
あっという間に生じた魔の一族と結界との間に、どんどん積もっていくのは雪だ。
積もっていくなんて表現では足りない。
ホワイトアウト? いや、そんな常識の範囲で語れる勢いじゃないんだ。いっそ白い壁が轟音立てて落ちて来たって方が現実味あるだろコレ!
だが雪なのだ。
猛吹雪なのだ。
黒が白に覆われていく。
真っ白に塗り替えられていく。
こんな景色を今まで見た事があっただろうか。
何もかもが消えていく。
消えて。
白く。
何も、なく。
——……リント……
微かな息吹。
雪に覆われてもなお消えない熱。
「リント、何もなくなってなんかないよ。ほら、しっかりしないと。愛する人が泣いちゃうぞ?」
——……
神様の温かな声。
最後に見たのは、一面の銀世界ーー。
「リント!」
ハッとして目を開けたら、銀色のサラサラな髪と俺を映した蒼色の瞳があった。
こんなふうに自分の記憶を振り返りながら進む儀式は当然ながら初めてで、すこしくすぐったい気持ちになった。
あの日、公爵家の応接室でユージィンの手に初めて触れた俺は、自分でもうるさいと思わずにいられないくらい騒がしい心臓の音が周りにも聞こえるんじゃないかと気が気じゃなかったが、先にどちらが紋を受け取るかと尋ねた時に「妹には安全が確認されてからだ」と迷わず手を出して来た彼の潔さに改めて惚れたんだ。
その彼が、いま自身の足元に刻まれた六花に跪いた。
彼の右脇腹にあるものと同じ樹枝付角板型ーーあの形好きだし、ユージィンに似合っているとも思う。
「君はユージィンなら何でも良いんじゃないの?」
「神様」
不意に頭上から降って来た声に、でも俺は驚かなかった。
視界は相変わらず閉ざされているはずなのに、足元に輝く六花の紋と同様に神様の存在も輝いて感じられたからだ。
その声はとても楽し気で、からかうようにも聞こえてくる。
「それは違うぞ、ユージィンだから何でも似合うんだ」
「えー」
「異論は認めない! ところでどうして此処に? 結界強化は俺達の役目だろう」
「うん、今の僕はただの見学。本来よりも三日分、しかも皹入った結界の修繕も加わって余計に捧げなきゃいけない魔力は君から引き出されるからね。加護をあげたけど万が一が無いとも言い切れないし、君に何かあったらセレナがまた絶望しそうだし、念には念を、だよ」
「そっか」
俺が納得するのを待っていたように、また俺の足元から新しい光りの筋が現れ、今度はルークレアの足元に六花の紋を描いてゆく。
広幅型。
そして彼女もまたユージィンと同じようにその場に跪いた。
「……ん?? もしかして俺が跪かせていたりする?」
「違うと思うよ」
神様は即答だ。
「結界強化のための魔力は『六花の戦士』からも引き出される。魔力が減ればふらついたりするし、屈んでいた方が転倒しなくて済むでしょう。それが跪く姿勢になるのは貴族の所作的な問題じゃない?」
「うん……?」
「世界を護る結界に魔力を捧げるって事の重要性もあるし」
「??」
「うん、いいよ。そのまま頑張れリント」
よく判らないが神様に諦められたらしい。
そうこうしている内に、三本目の光の筋が俺の足元から王弟殿下の足元へ伸びた。
描かれるのは堤型。
そして彼もまた紋に跪く。
「……俺が紋を刻んだ順番、かな?」
「だね」
その予想通り、次に光りの筋が伸びたのはニコラスだった。
刻まれた角板型。左太腿に刻まれたので見せてもらう訳にもいかず、今まで知らなかったが、彼の紋はそれだったらしい。そして最後、胸元に刻まれたためやはり知り得なかったアメリアの足元に刻まれた紋は羊歯状だ。
閉ざされた視界の中でもはっきりと伝わってくる、背後で足元の六花の紋に跪く仲間の姿。
そして最後ーー俺の足元に扇形の、左二の腕にあるのと同じ紋が現れて、背中にある神子の紋ーー扇六花の紋が重なったーー。
「っ!?」
ぐわんっと一気に体の中から大量の何かが引き抜かれていく。
これが神様の言っていた魔力を引き出されるという現象なんだろうけど、……え。
ひどくないか?
「っ……ちょ……っ」
待ってと言いたいのに言葉が続かない。
立っていられない。
なるほど膝をつく理由を身を以て知った俺は「もうちょっと詳しい説明をしといてくれ!」と神様に心の中で訴える。
だが、尚も続く抜かれていく感覚に、口を開く事すら叶わない。
「くぁっ……」
更に強く大量の物が一気に抜かれる衝撃に声を漏らすと、その正面。
彼方と此方を隔てる結界の頂きから地面までを使って扇六花が描かれた。その内角の一つ一つに俺達の紋が刻まれていく。
紋が、回る。
手元にあった三つの大きな魔石がふわりと宙に浮き、一つ、また一つという具合にゆっくりと結界に溶けていった。
「来るよ」
「……っ、え……」
何がと問う間もなかった。
あれほど結界に押し寄せて蠢いていた黒き魔の一族が、瞬き一つの間に雪を含んだ暴風に煽られて結界から遠ざけんと吹っ飛ばされていたんだ。
「ぇ……ええ!?」
あっという間に生じた魔の一族と結界との間に、どんどん積もっていくのは雪だ。
積もっていくなんて表現では足りない。
ホワイトアウト? いや、そんな常識の範囲で語れる勢いじゃないんだ。いっそ白い壁が轟音立てて落ちて来たって方が現実味あるだろコレ!
だが雪なのだ。
猛吹雪なのだ。
黒が白に覆われていく。
真っ白に塗り替えられていく。
こんな景色を今まで見た事があっただろうか。
何もかもが消えていく。
消えて。
白く。
何も、なく。
——……リント……
微かな息吹。
雪に覆われてもなお消えない熱。
「リント、何もなくなってなんかないよ。ほら、しっかりしないと。愛する人が泣いちゃうぞ?」
——……
神様の温かな声。
最後に見たのは、一面の銀世界ーー。
「リント!」
ハッとして目を開けたら、銀色のサラサラな髪と俺を映した蒼色の瞳があった。
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