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24 ご褒美
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光の中で目を開けると、神様の掌から真っ黒な魂が少しずつ大気の中に溶けていくのが見えた。
ああ、リントの壊れてしまった部分が癒されていく……と思いながら見ていたら、俺の視線に気付いたらしい神様が微笑った。
「よく頑張ったね。これはご褒美だよ」
黒い魂が完全に消えた掌で、あの日のように頭を撫でられて、降り注いだ光りは熱となって背中に集まっていく。
それがひどく温かくて。
何故か無性に泣きたくなって。
「リント、君の役目はまだまだ終わらないよ」
「解ってる。ダンジョンもまだ途中だし、……あの子も放って置けない」
「気付いていたのか」
「そりゃあ、ね。セレナだって言ってたでしょ」
「ん」
神様は複雑そうに笑う。
「元はゲームの世界でも、原作が世界の根幹だとしても、意思を持つセレナが此処に息づいた時点で世界は住人に委ねられた。セレナの変化が波及していくのだから、彼女の婚約者だったリントが真っ先に変化したのは当然だ」
「だろうね」
「……そこに更に外から悪意ある者が来てしまった事で、僕が介入して君を招かざるを得なくなってしまったわけだけど」
「そこはもういいよ、むしろ感謝してるし。神様のお陰で、俺はユージィンに会えた」
「ふふっ。チョロいなぁ」
「うっさい」
セリフに反して俺達は互いに笑っていた。
それはきっと、神様も俺に感謝の気持ちを向けてくれているからだと思う。
「あの世界は、消極的な最初の芽よりも、君の周りから大きく変化していこうとしている。君にはこれから先も苦労を掛けるだろう。だから覚えておいて。想像と創造の神はいつでも君を見守っている」
そうしてまた光りに呑まれて、自分の中に熱を感じ取る。
「さあ行っておいで、大切な人達が君を待っているよーー」
神様の声が遠くなる。
慌てて伝えた「ありがとう」は果たして神様に届いただろうか。
目が覚める。
意識が浮上する。
今度こそ、リント・バーディガルは間違わない。
***
「ん……」
「リント?」
意識が浮上すると共に聞こえてきたユージィンの声に、俺は思わずドキッとしてしまった。落ち着いてゆっくりと周囲を見渡せばルークレアもいるし、王弟殿下、ニコラス、アメリアも心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。
「ここ……テント、ですか」
「そうだ。二十五階層でリントが残した剣におまえが触れた直後、剣が発光したのは覚えているか? 光りが落ち着いたと思ったらおまえが気を失って倒れていた」
だから帰還玉を使って地上に戻って来たのだろう。
ダンジョン攻略を急がないといけないのに、また迷惑を掛けてしまったな。
「立て続けにすみません」
「休憩は必要だった。気に病む必要はない」
「それと、ほら。おまえの武器だ」
ニコラスが六花の剣を手渡してくれた。気を失った俺の代わりにしっかりと持って来てくれたのだろう。
「ありがとうございます」
「んむ。光った剣は消えてた。なんだったんだろうな」
「……多分ですけど、あの剣がリントの……以前の彼の、壊れた半身が得た形だったんだと思います。神様の手の上で消えていくのを見ました」
「見た?」
「俺、神様に呼ばれていたみたいなので」
答えると、皆が顔を見合わせて戸惑っている。
まあそうだよな。
「何かおかしなところはないか? 違和感などあれば言え」
王弟殿下の言葉に、俺は少し考える。
「違和感というか……背中が少し熱い気がします」
「背中? 起き上がれるか?」
「はい……」
ニコラスが手を貸してくれて、寝かされていた簡易ベッドの上に上半身を起こす。首元を後ろに引っ張って背中を覗き込んだ王弟殿下は思わずといった様子で息を呑んだ。
「……どうかしたんですか?」
「ああ、……いや、しかし」
王弟殿下は迷うような視線を俺に向けてくる。
「……なるほど、神にお会いしていた、か。これはもう信じるしかないが……」
「神様ってお会い出来るのですか?」
驚くルークレアと、そしてアメリアを一瞥した王弟殿下は何かを諦めたように息を吐く。
「あまり褒められたものではないんだが『六花の戦士』同士だ。後日、国王陛下にはお伝えするが、一先ず他言無用を誓え」
「え」
「誓え」
戸惑う俺達に、有無を言わさぬ王弟殿下。
身分的にも拒否出来るはずがなく、全員が戸惑いつつも了承すると、いきなり。
「脱げ」
「えっ」
「上だけで良いから全部脱げ」
「それならばルークレアとアメリアは外に」
「ダメだ。出入りをすれば外の騎士達に気取られる。これはまだ伏せておきたい。おまえはさっさと脱げ」
「はいっ」
睨まれて慌てて防具を外し、上着を脱げば、俺の背後に回っていた全員が息を呑んだのが判った。
「……あの、何なんですか……?」
だんだんと不安になってくる俺に、躊躇いつつも何とか答えてくれたのはユージィン。
「背中に……大きな六花の紋が刻まれている」
「背中……背中に!?」
「静かにしろ、外に聞こえるぞ」
「えっ、だって背中の紋って……はああ!?」
「黙れと言っている、騎士団全員に傅かれたいのか!?」
「イヤです嫌です、俺そんなの絶対に嫌ですっ」
「だったら言われた通りに黙っていろ!」
「はいいいっ」
青くなる俺に対して、呆れたように笑ったのがニコラスだった。
「これはまた……ワーグマン様の読みが当たったってことですかね?」
「判らん。腕の方の紋が消えたわけではなさそうだし、リントが戦士の一人である事は変わらないんだろう。神にお会いしたと言ったが、何か言われなかったか?」
「何か……。あ、ご褒美だと言われた気がします」
「ご褒美……ご褒美、か。なるほど? つまりリントに……ふむ、それなら何とか……」
王弟殿下は頭が痛そうな顔でよく判らない事を言う。
それにしても神様、背中に六花の紋って。
……それ、正しく『六花の神子』の証じゃないですか……やだー。
しばらくして服を着直した俺は、改めて五人に謝罪し、事情を説明する事にした。
俺とリントは別人だって事。
ミリィ嬢が世界の危機を招くのを阻止するために呼ばれた事。
ただしセレナに関しては伏せた。
あっちの世界で読んだ原作、春から配信予定のゲームなんて説明をすると、全てが他人によって決められているみたいな印象を与えかねないんで、知り得ない情報を晒す場合には「俺が世界を救うために必要な範囲で神様から情報をもらっている」ということで纏める。
これでポロっと情報を零しても乗り切れるだろう。
……ただ、うん。
事情を話せば話すほど居心地が悪くなるのは、俺じゃなくてユージィンだと思う。
だって要約すると、
「ユージィンを好きすぎて壊れたリントに、ユージィン激推しの俺の魂がぴったりで、しかも「ユージィンがいる世界なら守る気になるだろう?」って神様に微笑まれました」って事だからな。
そりゃ居た堪れないよ。
案の定、顔を両手で覆って伏せてしまったユージィンはさっきから一言も声を発さないで固まっている。
他の四人の眼差しが生ぬる過ぎて俺も辛い。
「異世界のあなたが、どうしてお兄様を知ったの?」
「……ずっと夢だと思いながら見ていたんだよ、この世界のこと」
事実ではないけれど、嘘でもない。
たった一週間かそこらだったけれど、ユージィン達の何年分もの人生と言う名の物語を、何度も繰り返し読んでいた。
「見ていただけなのに、そんなに、お兄様に会いたかったの?」
「会いたかった」
即答する俺に、ルークレアは「そうなのね……」と静かに呟き、アメリア、ニコラス、王弟殿下に視線を送ると、最後に兄の肩を叩いた。
「リント。後の事はお兄様にお話してください。まだ私達にも伝えるべき内容があったなら、二人の判断で後程改めてお聞きしたいと思います」
「ルークレア……」
「まだ『試練の洞窟』は攻略途中だ、休憩時間はあまり長く取れないからな」
「はい、……?」
「判ってんのか?」
「えっと……」
首を傾げた俺に、何やら完全に呆れている様子のニコラス達。
「心配ないだろ」
「心配ないのが心配だわ……」
アメリアも加わって重い空気を発しながら彼らはテントを出て行く。
二人きりになった俺達だが、……ユージィンはまだ顔を伏せたまま固まっていた。
ああ、リントの壊れてしまった部分が癒されていく……と思いながら見ていたら、俺の視線に気付いたらしい神様が微笑った。
「よく頑張ったね。これはご褒美だよ」
黒い魂が完全に消えた掌で、あの日のように頭を撫でられて、降り注いだ光りは熱となって背中に集まっていく。
それがひどく温かくて。
何故か無性に泣きたくなって。
「リント、君の役目はまだまだ終わらないよ」
「解ってる。ダンジョンもまだ途中だし、……あの子も放って置けない」
「気付いていたのか」
「そりゃあ、ね。セレナだって言ってたでしょ」
「ん」
神様は複雑そうに笑う。
「元はゲームの世界でも、原作が世界の根幹だとしても、意思を持つセレナが此処に息づいた時点で世界は住人に委ねられた。セレナの変化が波及していくのだから、彼女の婚約者だったリントが真っ先に変化したのは当然だ」
「だろうね」
「……そこに更に外から悪意ある者が来てしまった事で、僕が介入して君を招かざるを得なくなってしまったわけだけど」
「そこはもういいよ、むしろ感謝してるし。神様のお陰で、俺はユージィンに会えた」
「ふふっ。チョロいなぁ」
「うっさい」
セリフに反して俺達は互いに笑っていた。
それはきっと、神様も俺に感謝の気持ちを向けてくれているからだと思う。
「あの世界は、消極的な最初の芽よりも、君の周りから大きく変化していこうとしている。君にはこれから先も苦労を掛けるだろう。だから覚えておいて。想像と創造の神はいつでも君を見守っている」
そうしてまた光りに呑まれて、自分の中に熱を感じ取る。
「さあ行っておいで、大切な人達が君を待っているよーー」
神様の声が遠くなる。
慌てて伝えた「ありがとう」は果たして神様に届いただろうか。
目が覚める。
意識が浮上する。
今度こそ、リント・バーディガルは間違わない。
***
「ん……」
「リント?」
意識が浮上すると共に聞こえてきたユージィンの声に、俺は思わずドキッとしてしまった。落ち着いてゆっくりと周囲を見渡せばルークレアもいるし、王弟殿下、ニコラス、アメリアも心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。
「ここ……テント、ですか」
「そうだ。二十五階層でリントが残した剣におまえが触れた直後、剣が発光したのは覚えているか? 光りが落ち着いたと思ったらおまえが気を失って倒れていた」
だから帰還玉を使って地上に戻って来たのだろう。
ダンジョン攻略を急がないといけないのに、また迷惑を掛けてしまったな。
「立て続けにすみません」
「休憩は必要だった。気に病む必要はない」
「それと、ほら。おまえの武器だ」
ニコラスが六花の剣を手渡してくれた。気を失った俺の代わりにしっかりと持って来てくれたのだろう。
「ありがとうございます」
「んむ。光った剣は消えてた。なんだったんだろうな」
「……多分ですけど、あの剣がリントの……以前の彼の、壊れた半身が得た形だったんだと思います。神様の手の上で消えていくのを見ました」
「見た?」
「俺、神様に呼ばれていたみたいなので」
答えると、皆が顔を見合わせて戸惑っている。
まあそうだよな。
「何かおかしなところはないか? 違和感などあれば言え」
王弟殿下の言葉に、俺は少し考える。
「違和感というか……背中が少し熱い気がします」
「背中? 起き上がれるか?」
「はい……」
ニコラスが手を貸してくれて、寝かされていた簡易ベッドの上に上半身を起こす。首元を後ろに引っ張って背中を覗き込んだ王弟殿下は思わずといった様子で息を呑んだ。
「……どうかしたんですか?」
「ああ、……いや、しかし」
王弟殿下は迷うような視線を俺に向けてくる。
「……なるほど、神にお会いしていた、か。これはもう信じるしかないが……」
「神様ってお会い出来るのですか?」
驚くルークレアと、そしてアメリアを一瞥した王弟殿下は何かを諦めたように息を吐く。
「あまり褒められたものではないんだが『六花の戦士』同士だ。後日、国王陛下にはお伝えするが、一先ず他言無用を誓え」
「え」
「誓え」
戸惑う俺達に、有無を言わさぬ王弟殿下。
身分的にも拒否出来るはずがなく、全員が戸惑いつつも了承すると、いきなり。
「脱げ」
「えっ」
「上だけで良いから全部脱げ」
「それならばルークレアとアメリアは外に」
「ダメだ。出入りをすれば外の騎士達に気取られる。これはまだ伏せておきたい。おまえはさっさと脱げ」
「はいっ」
睨まれて慌てて防具を外し、上着を脱げば、俺の背後に回っていた全員が息を呑んだのが判った。
「……あの、何なんですか……?」
だんだんと不安になってくる俺に、躊躇いつつも何とか答えてくれたのはユージィン。
「背中に……大きな六花の紋が刻まれている」
「背中……背中に!?」
「静かにしろ、外に聞こえるぞ」
「えっ、だって背中の紋って……はああ!?」
「黙れと言っている、騎士団全員に傅かれたいのか!?」
「イヤです嫌です、俺そんなの絶対に嫌ですっ」
「だったら言われた通りに黙っていろ!」
「はいいいっ」
青くなる俺に対して、呆れたように笑ったのがニコラスだった。
「これはまた……ワーグマン様の読みが当たったってことですかね?」
「判らん。腕の方の紋が消えたわけではなさそうだし、リントが戦士の一人である事は変わらないんだろう。神にお会いしたと言ったが、何か言われなかったか?」
「何か……。あ、ご褒美だと言われた気がします」
「ご褒美……ご褒美、か。なるほど? つまりリントに……ふむ、それなら何とか……」
王弟殿下は頭が痛そうな顔でよく判らない事を言う。
それにしても神様、背中に六花の紋って。
……それ、正しく『六花の神子』の証じゃないですか……やだー。
しばらくして服を着直した俺は、改めて五人に謝罪し、事情を説明する事にした。
俺とリントは別人だって事。
ミリィ嬢が世界の危機を招くのを阻止するために呼ばれた事。
ただしセレナに関しては伏せた。
あっちの世界で読んだ原作、春から配信予定のゲームなんて説明をすると、全てが他人によって決められているみたいな印象を与えかねないんで、知り得ない情報を晒す場合には「俺が世界を救うために必要な範囲で神様から情報をもらっている」ということで纏める。
これでポロっと情報を零しても乗り切れるだろう。
……ただ、うん。
事情を話せば話すほど居心地が悪くなるのは、俺じゃなくてユージィンだと思う。
だって要約すると、
「ユージィンを好きすぎて壊れたリントに、ユージィン激推しの俺の魂がぴったりで、しかも「ユージィンがいる世界なら守る気になるだろう?」って神様に微笑まれました」って事だからな。
そりゃ居た堪れないよ。
案の定、顔を両手で覆って伏せてしまったユージィンはさっきから一言も声を発さないで固まっている。
他の四人の眼差しが生ぬる過ぎて俺も辛い。
「異世界のあなたが、どうしてお兄様を知ったの?」
「……ずっと夢だと思いながら見ていたんだよ、この世界のこと」
事実ではないけれど、嘘でもない。
たった一週間かそこらだったけれど、ユージィン達の何年分もの人生と言う名の物語を、何度も繰り返し読んでいた。
「見ていただけなのに、そんなに、お兄様に会いたかったの?」
「会いたかった」
即答する俺に、ルークレアは「そうなのね……」と静かに呟き、アメリア、ニコラス、王弟殿下に視線を送ると、最後に兄の肩を叩いた。
「リント。後の事はお兄様にお話してください。まだ私達にも伝えるべき内容があったなら、二人の判断で後程改めてお聞きしたいと思います」
「ルークレア……」
「まだ『試練の洞窟』は攻略途中だ、休憩時間はあまり長く取れないからな」
「はい、……?」
「判ってんのか?」
「えっと……」
首を傾げた俺に、何やら完全に呆れている様子のニコラス達。
「心配ないだろ」
「心配ないのが心配だわ……」
アメリアも加わって重い空気を発しながら彼らはテントを出て行く。
二人きりになった俺達だが、……ユージィンはまだ顔を伏せたまま固まっていた。
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