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「左からアイスウルフ四!」
火球ファイアボール!!」
「失せろ!!」
「奥七、コボルト!」
「はああああああ!!」

 二十五階層に降りてからモンスターの数が心なしか増えている。
 魔の一族と思しきうねうねとした黒い物体は数を減らしていたが上層を目指すのは変わらず、武器の強化が進んでいる事で、ルークレアは二十六階層以降に黒いうねうねとは異なる魔の一族と思しき存在も感知し始めていた。

 岩場を疾走しモンスターを叩き切る俺と、潰しに掛かるニコラス。
 貫く王弟殿下。
 射るユージィン、燃やし尽くすアメリア。
 そして支えるルークレア。

 自分で言うのも何だがバランスの取れた良いチームになっていると思う。
 そうして、二十五階層も終わりが見えて来た頃、ルークレアから「……おかしいわ」と低い呟きが零れ落ちた。他のメンバーは「どうした」と固い表情で彼女の言葉の続きを待ったが、俺は一人納得していた。
 やはり、と。
 ここは二十五階層だ。
 中ボスがどこかにいる。

「ルークレア、どうおかしい?」
「二十五階層はこの先で終わり、下層への階段も近くにあるはずです。けれど……どこにもそれらしい箇所が見当たりません。階段の側に必ず設置されている帰還玉もありませんし」
「……行き止まりという訳ではなさそうだし、更に奥へ進むというのは?」
「私の探索結果を信じて頂けるなら、あの先はありません。何かしらの罠、幻術……いずれにせよ危険かと」
「俺もルークレアに賛成する」

 俺は手を挙げて伝えた。
 詳細は言えなくとも可能な限り仲間を危険から遠ざけておきたい。

「それに、俺の場合は完全な勘だが、イヤな予感がする」
「ふむ……此処に来るまでの探索結果を見てもルークレアの能力には信頼を置けると考えるが、どうだ」
「同意します」
「そうね」
「俺も賛成だ」

 全員の意見が一致したなら、ではどうするかだ。
 原作なら此処でルークレアが叫び出して戦闘が始まるのだが、誰からもそんな気配はない。いつまでも此処で立ち止まっているわけにもいかないのだが……。

「!」

 全員が一斉に先がないはずだと言われた洞窟の奥を見据えた。
 武器を構え、いつでも応戦出来る状態で息を殺す。
 何かが来る。
 ルークレアの探知を待たずとも全員が察したのは、奥から放たれるのが明らかな殺気だったからで——。

「……嘘、だろ」

 見えて来たその姿に、俺は思わずそんな声を漏らしていた。
 王弟殿下も同様に「何故……」と呟き、ニコラスは俺とそいつを何度もしつこいくらいに見比べている。

 藍色の髪、黒い瞳。
 同世代の中でも一回り大きなしっかりとした体躯は、幼少の頃から父親との鍛錬を重ねてあらゆる武術でもって鍛えられてきたからで。

 国の騎士団団長である父親に、鍛えられてきたから。

「リント……?」
「どうしてリントが二人……?」

 ルークレアとアメリアが声を震わせていた。
 側にいる俺と、洞窟の闇の中から現れた”俺”を見比べて、困惑、驚愕、そんな幾つもの感情が入り混じった声を。

「……あぁ、そうか……だから……」
「リント?」

 ユージィンも驚きを隠せない様子で、しかし急に声を発した俺を気遣うように呼んでくれた。
 彼に名を呼ばれること。
 案じてもらえること、それが嬉しいと心が弾む。その心は、確かに俺だ。
 だけれどーー。

「もっと早く気付くべきだったんだな……」

 俺はようやく理解した。
 俺が此処に来た時にはもう始まっていたんだ。
 セレナが言っていたじゃないか、自分は初日からいるんだ、と。
 その初日とはいつだ。
 
 ——……まぁ、昨日までのおまえよりはよほど良いか……あぁいや、魅了されていた期間と比べるのも何だが……
 ——……ええ、そうですよ。それ以前から不愛想で無口な子でしたけれど、なんだか「そうであろうとしている」ような不自然さがありましたもの。あの頃に比べれば、自分の気持ちを素直に吐露してくれる方が安心だわ……

 ——……魅了に掛かっていたとはいえ、君は昨日までミリィ嬢に愛を語っていたじゃないか……

 ——……おまえ、アーノルドの事は知っているんだろう?
 ——……ユージィンの兄君ですよね。三年前に亡くなられた……

 何度も、何度も。
 誰かが過去を語った。
 以前のリントを語った。

 そう、ルークレアに聞かれた時だってそうだ。

  
 ——……お兄様のこと、いつから?

 俺が彼に恋したのなんて、本当につい最近なんだ。
 原作を読み始めてすぐにユージィンの描写に一喜一憂するようになり、彼が登場すると心が躍った。寝る時間も惜しんで彼の登場シーンを読み返した。
 スマホゲームになると聞き。
 毎日一人ずつメインキャラクターのビジュアルが公開されていると聞き。
 ユージィンの姿絵に、彼が現実にいればと心の底から願った。
 すごい勢いで嵌まったのが、の記憶。

 ならば、この何年も恋し焦がれてきた想いは?
 ユージィンに触れたい、抱きたい。

 他の誰にも渡すまいと渇望する、この気持ちは……?

「……おまえがユージィンを好きだったんだ……」
「は?」
「え?」

 闇の中から現れた彼に向けた俺の言葉に全員が目を瞠った。
 疑いの眼差し。
 理解に苦しんでいる表情。
 だが、事実。

「……おまえが本物のリント・バーディガルなんだな……?」
「なっ」
「リント、おまえ何言って……っ」
「あはは!!」

 闇の中のリントが笑う。
 冷たい眼差しで俺を睨みながら、嘲りを含んだ高笑いだった。

「やっと気付いたのかよ、偽物。——そうだ、おまえの役目はここで終わりだ」
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