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11『試練の洞窟』攻略を開始した。

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 一時間後、俺達六人の『六花の戦士』と多くの騎士達が、城の転移陣を使って北の果てにある『試練の洞窟』へと辿り着いていた。
 常に雪と氷に支配される此処は全方位を海に囲まれた小島。
 辺り一面が雪に覆われ、木どころか草の一本さえ生えてはいない。
 魔法的な何かで維持されているのだろう転移陣から洞窟入口までの一本道以外、平地はほとんどが高さ一メートル以上の積雪で、騎士団が陣を張るために必要な場所を確保するには、まず雪かきから始めなきゃならないらしい。
 俺がそんなことを考えている間にも騎士団の力自慢達が背中から雪かき用の除雪器具を降ろし、雪山を崩しに掛かる。
 俺達の国も冬になればそれなりの量の雪が降るけれど、ここまでの積雪はほとんどない。

「俺達も手伝った方が良さそうですね」
「まさか!」

 少しでも早く終わらせるためにと思って言ったが、近くにいた騎士達が驚いた様子で手や首を振っている。

「『六花の戦士』である皆様は『試練の洞窟』攻略を開始してください。此処は我々が整え、また、魔の一族が海を越えて他国に侵入しないよう完全なる防衛を果たして見せます」

 騎士の一人が俺達を洞窟の入口まで案内しながら言う。
 そう、だよな。
 俺達がすべきは、何よりもダンジョンの攻略。世界を守る為に結界の強化を果たさなきゃならない。
 それが俺達に課された役目であり責任だった。

「ヘンな事を言ってすみません」
「いいえ、確かに驚きましたが……ははっ。君にそんな風に気遣われるのはくすぐったいな」
「くすぐったい?」
「ああ。それ以前から会話らしい会話をした覚えもなかったが、数日前に見かけた時には明らかに様子がおかしかったからな。魅了のせいだと聞いて納得したが、こんなふうに……いや、以前にも増して普通に会話が出来る事が嬉しいよ。騎士団長もきっとお喜びだろう」

 やけに親し気に接してくるなぁと思い記憶を探ってみれば、親父の仕事繋がりで随分昔から付き合いのある騎士だと判る。
 ミリィの魅了の件も含めて、心配を掛けていたんだろう。
 しかし此処でも「以前のリント」に何かが疼く。
「リント」が「俺」なせいだろうが、以前のリントに関する客観的な情報が俺の中にはほとんど無くて、ひどく胸が騒ぐんだ。
 両親。
 学園の友人。
 その周辺の数多の知人。
 リントは俺だけれど、……だったら「以前のリント」は——。

 いや、いまはそれどころじゃない。
 俺には「俺の」やるべき事があるんだ。
 前を向け。
 立ち止まるな。
 この世界を守るって、神様と原作者に約束したんだから。

「その節はご迷惑をお掛けしました」

 頭を下げるという、此方の世界では奇妙な動作に驚いたらしい騎士団の面々は、それでも「本当によかった」と笑ってくれた。
 侯爵家の両親にはもちろんだけれど、迷惑を掛けたたくさんの人達に、俺はリントとして責任を果たしていかなければならないんだなと改めて痛感した。

「必ず『試練の洞窟』を攻略して、結界強化を成功させてきます」
「ええ。頼みましたよ」

 そうして、目の前に現れたのは地底まで続きそうな……否、三〇階分も地下に降りていくのだから実際に地底まで続いているんだろう先の見えない洞窟の入口。
 その右手側には場違いなほど緻密な細工が施された台座が、所々に薄青色が滲む直径三十センチくらいの大きな玉を支えるようにして置かれていた。
 これは帰還玉と呼ばれていて、各階層をクリアした際に下層へ繋がる階段の側に必ず置かれているものと同一だ。
 これによって『六花の神子』と『六花の戦士』はダンジョンと此処、そして自国へと容易な行き来が可能になっているのだ。
 今までは物語の中のアイテムでしかなかったもの。
 想像しかしていなかったダンジョンを前に、ごくりと喉が鳴り、全身が緊張したのを自覚する。

「行くか」

 妙に明るい声で、励ますように促してくれたのは王弟殿下だ。
 上に立つ事に慣れている言動には安心感が伴う。
 俺は王弟殿下を見遣り、ニコラス、アメリア、ルークレア、そしてユージィンを見た途端に視線を逸らされて心臓にグサリと来たが、全員が揃っている事を改めて確認し、一歩を踏み出す。

「行きましょう」



 ***

 先頭をマッスル・キングことニコラスが歩き、その後ろに王弟殿下。アメリア、ルークレア、ユージィンが続き、俺が殿を務める。
 その並びでしばらく歩き、もう背後に外の明かりなど欠片も見えなくなった頃、ぽっかりと開けた空間が現れた。
 足元には俺にはさっぱり理解不能の魔法陣が敷かれているが、セレナから聞いていた通りなら此処で『六花の戦士』は試練を乗り越えるための武器を授かる事になっている。

「伝承の通りだな。陣の六か所に六花の紋があるだろう? 自分に刻まれたのと同じ型のところに立ってくれ」
「はい」

 どうやら出発前に伝承を確認済みだったらしい王弟殿下の指示を受け、それぞれの紋の上に立つ俺達。
 最後の一人が其処で動きを止めた途端、何もしていないのに魔法陣が光りを帯び始めた。

「おおっ」
「いよいよという雰囲気ね」

 ニコラスとアメリアが声を上げる間にも光りはその輝きを増し、ついには洞窟の天井に届くまでに伸びていった。
 そうしてひと際強く光り輝いた後、俺達の胸の高さには、各自に相応しいと判断された武器が、手に取られることを待っているかのように浮いていた。
 俺には片手剣。
 ニコラスに両手剣。
 王弟殿下は槍。
 ユージィンが弓。
 アメリアは杖。
 そしてルークレアがハープ。

「……っ」

 触れただけで、途端に頭の中に叩きこまれる”戦い方”。
 なるほど。これは選ばれた戦士に与えられるチート能力みたいものってことだな。
 俺の剣には、俺の左二の腕に刻まれ、今は足元にも刻まれている扇形の六花の紋が刻まれていて、いかにも自分専用って感じだ。
 うん、カッコいい。
 これは全員が同じ仕様だろう。
 試しに何度か素振りをしていると、

「ほう。初めて持ったとは思えないほど馴染むな」

 槍を捌いていた王弟殿下の感想が俺と同じだった。
 ニコラスの満面の笑顔、アメリアの満足そうな顔を見ても間違いなさそうだ。

「お兄様の弓は、矢はどうなるのでしょう?」
「魔力が矢となる仕様のようだから、魔力が切れない限りは矢が切れる心配もないということだね」
「つまり無理は禁物という事ですね」

 ルークレアが言い聞かせるようにユージィンに言うのを聞いて、原作での彼を知っている俺は無言でうなずいてしまうのだった。

「さて、では行くか」

 武器を持ち。
 気持ちを切り替え。
 俺達は『試練の洞窟』攻略を開始した。
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