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1 沈黙からの、大絶叫

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「ルークレア・クロッカス!! いまこの場を以てして貴様との婚約は解消だ!!」
 王太子殿下の宣言に周囲が騒めいた。
 殿下の腕の中にはヒロインのミリィ・ストケシア。
 え、この小説に断罪イベントなんてあったっけ?
 ……っていうか、何で俺は此処に居るんだ!?
 ちょっと落ち着いて思い出そう。
 現実逃避? それくらい許して欲しい。小説の世界に転生なんて、二次元で楽しむ分にはいいけれど実際にこうなってしまったら動揺も混乱も一周回って虚無になる。
 いや、この小説って人気あり過ぎてスマゲームになったんだったかな。
 だとしたら、此処はどちらの世界なんだ??


 俺は別にゲーマーってわけじゃないが、話題になっているものには一通り目を通す習慣があった。
 何故なら俺はゲイで、それを周囲には隠していたから。
 家族や友人達に知られるのが怖くて、絶対に気付かれたくなかったから、いつだって恋愛以外の話題で楽しく付き合えるようアンテナを伸ばしていたんだ。

 だから、近ごろは気軽に読めるテンプレ小説とか、異世界転生漫画も広く浅く嗜んだ。
 特に隣の席の女子が集団で盛り上がっていたのが『氷雪の恋~あなたと紡ぐ真実の愛~』というタイトルのweb小説。人気があり過ぎて来年春にはスマホゲームになるらしく、更には神絵師がキャラデザを手掛けたそうで、主要人物のイラストが一人ずつ公開されるたびに黄色い悲鳴を上げていた。
 そんな感じで、まぁとりあえず知識だけは頭に入れておこうと思い、読み始めたのが先週半ば。神絵師のキャラデザのおかげでイメージもし易く、存外はまってしまったのは覚えている。
 男が性的対象になる俺としては、イケメンが何人も出てくる時点で悪くなかったし、実をいうと登場人物の一人が、まあ、端的に言ってどストライクだったんだ。
 

 と、まぁそんな理由でスマホで小説を読んでいた。
 登下校の電車の中はもちろん、駅から家までの距離だって歩きスマホで読んでいた。それが原因で事故って転生した? いや、さすがにそこまでアホじゃない……と思いたい。

 ほんと、俺はどうして此処にいるんだ!?

 お空にいるかどうかも判らない神様に祈るような気持ちで訴えたら、いきなり頭の中に何かが降って来た。
 情報だ。
 すごい勢いで俺の中の知識が、……記憶が塗り替えられていく。
 えええええ??
 今度こそ完全に混乱して固まった俺に、いきなり王太子殿下が同意を求めてきた。

「リント、君も同意見だな!」
「えっ……と、何の話だっけ?」
「「「は?」」」

 全く聞いていなかったから正直に聞き返しただけなのに、周りにいた男全員に更に聞き返された。
 金髪碧眼の王太子殿下エルディン・セス・ルーデンワイス。
 茶髪翠眼の宰相の息子キース・グランワルド。
 緑髪金眼の魔導士団団長の息子トーマス・マンスフィールド。
 殿下の腕の中でヒロインことミリィ・ストケシアも聞き返しこそしなかったけれど目を丸くして俺を凝視している。

 あー……うん、ふわふわなブロンズ髪に大きな藍色の眼、抱き締めやすそうな小柄な体躯。確かに可愛いとは思うけど、俺はゲイだし。
 あ、ちなみに俺は騎士団団長の息子リント・バーディガル。
 髪は藍色、目は黒色。
 と、俺の見た目は置いておくとして、降って来た情報を整理する時間は絶対的に足りてないけど、一つだけ確かな事があるんだよな。

「大丈夫かリント。殿下はルークレアを捕らえて処罰すべきだろうと言っているんだ。さっきまで打ち合わせしていただろう?」

 トーマスから胡乱な視線を投げ掛けられて、そう言う事かと納得する。
 ヒロインを腕に抱いて、婚約者だった公爵令嬢を断罪する王太子殿下。つまり彼の正面には彼女が——ルークレア・クロッカスが衛兵達によってダンスホールのど真ん中に跪かされているわけで。
 更にその隣には、彼女とそっくりの銀髪蒼眼、公爵家の息子ユージィン・クロッカスが真っ青な顔をして別の衛兵達によって妹に近付く事を阻まれている。

 ユージィン・クロッカス。

 俺の推し!

 実物が美形過ぎて見惚れていたら、殿下が痺れを切らしたらしい。俺の返答も待たずにルークレア嬢を断罪しようとするからビックリだ。

「さぁもう証言は充分だろう!? 俺達の証言を以てルークレア、貴様を地下牢に捕らえ然るべき審議を——」
「え、俺は反対だけど」

 殿下の言を遮って言ってやれば、急にシンと静まり返るダンスホール。二〇〇人くらいいそうな正装姿の若い男女と衛兵達が、全員揃って驚きの表情で俺を見ている。
 なんだよ、俺そんなに変なこと言ってるか?

「だっておかしいだろ。そこにいるミリィちゃん、俺達全員に「殿下と結婚しても私の愛は貴方のものです」って言ってんだぜ?」
「——」

 沈黙からの、大絶叫だった。
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