生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第9章 未来のために

閑話:サンコティオン(9)

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 side:バルドル


 ウーガが顕現した狂えるカラスファティコルネイユのおかげで敵の位置は把握済みだ。
 魔石から魔物を顕現出来るという情報は既にすべての大陸で知られているが、まさか対象を数日間に渡って見張れるほか位置を知らせてくれるなんて情報が出回れば今後の討伐戦は大きく変化していくだろう。
 そういう意味で今回の作戦は非常に重要なものになる。
 冒険者と警備隊の腕自慢200名以上が、敵が潜伏している森の該当箇所を中心に、しかし相手に気付かれないよう遠く離れて360度ぐるりと囲めるよう配置される。
 遠く離れた味方との連絡方法はもちろんメッセンジャーだ。
 合図と共に少しずつ移動し、タイミングを見て狂えるカラスファティコルネイユを敵陣に放つ。

「うわっ⁈」

 2羽の魔物にいきなり頭を突かれて怒る討伐対象1。

「落ち着け、静かにしろ」

 討伐対象2がなるべく抑えつつも怒鳴ると、すぐに「怒ったらますます腹が減るぞ」と討伐対象3が呆れる。

「うるさいぞ……」
「仮眠の邪魔すんじゃねぇよ……」

 のそりと起き上がるのは仮眠中だった討伐対象4と、5。
 その間にも討伐隊は距離を詰めており、討伐対象1が狂えるカラスファティコルネイユを退治しようと剣を抜いたとき。

「おいおい、そんなの構ってる場合じゃ……」

 討伐対象6が、周囲の様子がおかしいことに気付いた。
 狂えるカラスファティコルネイユは賢い魔物だ。勝てない相手に挑んでくるような連中ではなく、嫌がらせのようなちょっかいを掛けて来る習性もない。
 何故なら死体をつつく狂えるカラスファティコルネイユはいつだって他の魔物と共に現れるからだ。
 なのにいま周辺に他の魔物の気配はない。
 まさかと魔力感知を実行してみれば、人の気配が自分たちを囲むようにびっしりと反応する。

「っ……討伐隊だ、囲まれてる!」
「はぁ⁈」
「ここなら見つからないんじゃなかったのか!」
「いいから逃げろ!!」

 パニックになった6人は武器を手にして地表を目指すが、そのとき、小さな入口から頃が混んできた球があった。

「ぁ……これ煙玉……!」

 一人が気付いた時には既に遅い。
 6人で隠れるには些か狭い、かつては大型の魔物の巣だったそこに煙が充満して目に染みる。
 だばだばと流れる涙。
 目が痛い。
 喉も痛い。
 肺に煙が充満して苦しい。
 何も見えない。
 外へ出れば討伐隊がそこまで来ているが、かといってこのまま煙に巻かれて気を失うなんて――!
 覚悟を決めて外に出る者。
 諦めてその場で崩れ落ちる者。
 まさかこの場所に気付かれるとは思っておらず、油断し、さらに睡眠不足や空腹、精神状態も不健全だった彼らは、抵抗こそあったものの一人ずつ確実に捕縛されていった。
 狂えるカラスファティコルネイユを放って、僅か30分の出来事だった。




 ※

「増援が来る可能性が高いと考えていたが、外れたな」
「さすがに分が悪いと判断して引いたんじゃないですか。近くまで来ていた可能性はありますよ」

 例えば討伐隊の中に――無言の指摘は正しくギルドマスターにも伝わっているはず。
 この町はこれから大変かもしれない。
 ただし敵の援軍が近くまで来ていたとして、今回の討伐対処だった6人を生かしたまま捕らえられたのは幸いだった。
 帰路もかなり警戒していたのだが幸いすべて杞憂に終わったのだ。


「あぁぁ、結局あのダンジョンに何泊したの? 14泊? ほぼ半月じゃん!」

 ようやく地元に帰って来て、ウーガが両腕を空に突き上げながら大声で愚痴る。

「あいつらのせいで俺たちの旅行計画ほぼパアじゃん! 許すまじ!」
「被害も出ているんだから不謹慎なこと言うなよ」
「それも含めて許さんのでしょ! しかも最後殴れなかったし! こうなったらしっかり償ってもらわないとね……っ」

 ぎりぎりと歯軋りまでしてみせるウーガにエニスは呆れ、ドーガは頭を振り、クルトは苦笑する。

「まぁ此処に来た目的自体は果たしたし、おまえも得るものはあっただろ」
「は?」
「里帰りして良かったな」

 言って、叩いた肩はエニスの。
 意味を察したウーガが顔を真っ赤にしたのはそのすぐ後だった。
 おかげでドーガたちの顔にも笑みが浮かび、諸々の手続きのために立ち寄った冒険者ギルドでの作業は比較的スムーズに進んでいたのだが、すべて終えて帰ろうというそのとき。

「あの」

 不意に呼び止められたのは、クルト。
 そして呼び止めたのは捜索隊に加わっていた女性魔法使いだった。

「急にすみません。確かマリーたちの捜索隊を率いてくれた金級オーァルパーティの方ですよね? 以前、マリーとパーティを組んでいたって話してた」
「あ……」

 確かにそういう話をしていたのは俺も隣で聞いていた。
 なんせ戦闘があれば協力し合わなければならない捜索隊だ。会話することで相応の信頼関係を結んだり、安心感を得るのは当然のこと。話のタネに捜索隊に参加した理由を話すこともある。
 声を掛けて来た彼女はマリーとテルアが住んでいた借家の近所に住んでいて、友人だとも聞いた。

「そうです。トゥルヌソルでマリーと、テルアと、組んでいました」

 クルトが肯定すると、その女はホッとしたように表情を緩ませた。

「あの、マリーが目を覚ましてて」
「え……」
「急にアレなんですけど、もしよかったら、お会いになりませんか……?」

 選択をこちらに委ねているように見えて、実際は、妙な圧力を感じる。
 個人的な本音を言えばこの女は怪し過ぎるんだが……?
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