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第9章 未来のために

閑話:サンコティオン(4)

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 side:ウーガ


 平気だと思ったけど「サンコティオン」の入口を見た瞬間に全身の毛が逆立つような衝撃に襲われて、イヤな汗が噴き出した。
 なのに体は冷えていく。
 自分の指先が氷みたいに冷たくなって、痛い。
 行くなんて言わなきゃ良かった。
 平気だなんて強がるべきじゃなかった。
 怖い。
 ……怖い。
 ここは大事な人たちが死んだ場所。
 オレたちが負けた場所。
 ダンジョンへの入口は底の見えない巨大な穴……もう二度と這い上がって来れないんじゃないか、って。

「ウーガ」
「っ……」

 ハッとして顔を上げたらエニスがいた。

「ここで待っていろって言っても聞かないんだろ」
「一人で待つなんて絶対ヤダ!」
「だったら戻って来た後の事でも考えておけ」
「は?」
「俺とセックスするとかさ」
「――」

 あまりにもあんまりな発言にまた頭の中が真っ白になって、次いで、呼吸が苦しくなる。

「ば……っかじゃないの⁈」
「その調子」
「はぁ⁈」

 何がさ!
 頭に来てカッカしてたら、いつの間にか指先は痛くなくなっていた。




 中に入ってしまえば捜索隊の一員として人命救助が最優先だ。余計なことを考えている余裕なんてあるはずがなく深夜まで続いた活動ですっかり疲弊してしまったら仮眠の時もあっさりと熟睡してしまった。抱き枕ドーガだけじゃなく反対側にクルトがいたのも大きかった。
 すごいよ、体温。
 安心する。
 翌朝も早くから捜索再開だったが気分は悪くなく、だけど捜索対象は一人も発見出来ないまま目的地の湖に着いてしまった。
 バルドルの表情が次第に険しくなっていくのも理解る。
 だって此処まで見つからないなんて最悪の事態も想定しなきゃならない段階に入っている。行方不明者の中にクルトの元仲間がいなければもう少し楽だったんだろうけど……。

「周辺の捜索を! ただしこの時間帯だ、必ず二班合同で行動しろ!」

 バルドルの指示でオレたちの班はクルトの班と行動することになった。
 空は真っ暗。
 クルトの班にいた魔法使いが光魔法のライトで周囲を照らしてくれるから、オレは感知魔法で周辺の魔力反応を丁寧に探っていく。
 そうして捜索対象のだろうテントを発見した場所から湖を半周した辺りで感知範囲の端に人の魔力が引っ掛かった。

「誰かいる」
「魔力感知に人の反応アリ!」

 俺の声をクルトが班全体に周知すると同時、班の雰囲気が引き締まり警戒かつ戦闘態勢に移った。

「反応は二人分。たぶん冒険者だ」
「私も感知出来たわ、そこの崖の向こう側」

 近付くにつれて周辺の地形もはっきりとし出して皆が武器を握り直す。
 数日放置された雰囲気の残るテント。
 荒らされた荷物。
 全員が血痕を残すことなくいなくなったという状況……考えれば考えるほど楽観視なんか出来ない。
 じりじりと縮まる距離。
 息をするのも憚られるような緊張感。
 クルトが前に出るのは金級オーァルで、更に言えば、魔剣持ちだから――。

 キンッ

 剣と剣がぶつかる。
 クルトの手首が変に曲がるも剣の軌跡はそうしないと。あいつ最初からクルトじゃなくて剣を狙ってた!

「クルト!」
「平気!」

 平気じゃない!
 そう言い返そうとしたけどもう一人隠れていたヤツが現れた。
 殺気。
 装備からして冒険者だろうにそいつは俺たちを殺すつもりで襲い掛かって来る。

「後衛下がれ!」
「くっ」
「てめぇ何考えてんだ!」

 飛び交う怒声。
 あまりにも近距離で剣士6人が乱戦となるとオレの出番はない。せめて邪魔にならないよう後ろに下がろうとしたら、直後。

「っ!」
「⁈」

 後ろから羽交い絞めにされた。
 同じ班だった銀級アルジョン冒険者だった。

「なにしてんの⁈」
「あんたの魔弓を寄越せ!」

 なに言ってんのこいつ!

「ふざけるな! ダンジョンで悪さしたら冒険者人生終わりだぞっ、逃げられるわけない!」
「どうせ魔法武器を手に入れないと死ぬんだ、何がなんでも逃げ切ってやるさ!」
「はぁ⁈」

 だから逃げ切れるわけないっつてんだろ!
 冒険者同士がちょっとしたことで争って相手に怪我させるだけでも傷害って罪状が身分証紋に記録されるんだ。ダンジョンに入るとき、出る時には、街や村の門にあるのと同じ魔道具で必ず身分証紋を確認する。償いをしていない罪人は絶対に逃げられないようになっている。

「いいから寄越せ!」
「ヤダね!」

 弓を奪われまいとしているせいで体勢が整わない。
 しかも足が地面につかない。
 暴れても相手の腕が緩まない。
 こんなヤツにくれてやるもんかと思うけど、いまは放すのが正解だろうか。でも……でも!

「あ」

 不意に頭上を越えてクルトの肩に止まる魔の鴎ムエダグット

『いますぐ全員集合! 急げ』

 バルドルのその声に応えるようにクルトの剣が相手を弾き返す。
 距離を取る。

「応援頼む! ウーガが危ない!」

 飛び立つ魔の鴎ムエダグット

「貴様いまの!」
「これでも金級オーァルだ、連絡手段くらいある!」
「クソが!」
「時間がない!」

 俺を羽交い絞めにしているヤツが叫ぶ。

「魔法武器だけ奪って逃げるぞ!」
「させるか!」
「抑え込め!」

 人数ならこっちが有利。
 だけどこいつら、単純に強い。本当に銀級アルジョンなの⁈

「寄越せ!」
「放せ!」

 俺がいるせいで他の味方だろう面々も手を出せない。
 弓を諦めるしかないのか、そう思った時だった。
 帰って来た魔の鴎ムエダグット。それより先に響き渡ったリーダーの声。

「ウーガ⁈」
「バルドル!」

 しかもその後ろにエニスがいる。
 ドーガもいる。
 味方がいっぱい増え――。

「あ……っ、味方じゃない奴がいるかも!! 気を付けろ!!」

 叫ぶが早いか魔法使いの火魔法が放たれた。
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