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第9章 未来のために
閑話:サンコティオン(2)
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銀級ダンジョン「サンコティオン」は町から徒歩30分も掛からない。
しかもこの時間から入場する冒険者は日中に比べるとかなり少なく、俺たちの手続きはあっという間に完了して中へ入れることになった。
森の中に堂々と存在する入口に班ごとに入場すると、転移陣の向こうにはいつものガゼボ以外に、食用の獣を飼育する施設が広がり、そこの従業員や警備を担当する見るからに屈強な男たちが何事かとこちらを見ている。銀級以下のダンジョンは気候が安定しているから出入りが楽な第1階層では一次産業に従事する人も少なくない。此処もそのパターンで、銀級冒険者が護衛として就職する先にもなるから重宝されている。
そいつらへの説明はギルド職員に一任。
第1階層はこの通り常に人がいるから異変が起きていれば伝わり易く、俺たちの捜索範囲も第2階層からが本番だ。
「移動しよう」
20人以上の団体が脇目もふらず第2階層を目指す光景はきっと異様なものだっただろう。
捜索対象は薬師が4人と、その護衛の冒険者6人。
「第1階層から第2階層までの平均所要時間は90分、第2階層から第3階層までが5時間……」
クルトが不安そうな顔で事前に共有された情報を確認している。
第3階層から第4階層までも5時間。
第4階層の入口から今回の捜索対象である薬師一行が赴いただろう湖までは約3時間……すでに多くの冒険者が隅々まで開拓し尽したダンジョンだ。どこに何があるのか、どう危険なのか、各階層のほぼ全域が網羅されているから薬師も護衛を雇うことでダンジョンに入場できるのだ。
なのに、よりによって低階層でこの捜索隊派遣。
些か気味が悪い。
「それにしても、こうやって確認してみると銀級と金級ダンジョンの広さの違いがよく判る」
「だな」
金級といってもまだ二つしか挑戦していないが、どちらも数時間で一つの階層を抜けるなんて出来なかった。
特に「セーズ」は同じ階層で2泊することもあったことを考えるとそれだけで難易度の高さが窺えるというものだろう。
「すぐそこまで戻って来てくれていればいいが、場合によっては今夜は野営になるな」
なんせ間もなく日付が変わるような時間帯だ。攻略中のパーティが野営していることも考慮すると、こちらもあまり物音を立てられない。人命が掛かっているのは攻略中の彼らも同じだ。それに捜索は明るい時間帯の方が捗る。クルトの心境を思うと早く見つけたいと思うが、そのために他の命を軽んじるわけにはいかない。
「前方魔物の群れ。7匹!」
魔力感知を展開していた魔法使いの声に、誰もが瞬時に戦闘態勢を取る。
前に出るのは冒険者。
警備隊のメンバーは後方へ。彼らの相手は主に魔獣で、魔物ではない。魔獣は魔法を使わないので慣れていない彼らが相手するには厳しいからだ。
ならどうして彼らを招集したかといったら、捜索対象を運ぶため。
自力で歩けるなら良いがどんな状態で見つかるか判らない以上、迅速に連れ帰るための手段は予め準備しておかなければならない。
倒した魔物は倒した冒険者の収入になるんで、勇んで戦う銀級に任せ、俺たちは周囲の気配を注意深く探っていく。
そんなことを何度か繰り返している内に第2階層への移動を果たし、第1階層ではずっと感じられていた自分たち以外の人の生活感が完全に消えて嫌でも警戒心を煽る静寂が辺りを覆っている。
「……1時間ほど捜索を続けたら今日は終わりだ。朝に備えて休もう」
「了解です」
捜索隊が班ごとに広がっていく。
階層から階層へ続く正解の道を外れることなど普通は考えられないが、それを言うなら捜索隊が派遣されることも考えられない。となれば魔物に追い立てられて道を外れ迷っている、または動けなくなっている可能性が最も高く、魔物の目を誤魔化せる場所、隠れられる場所、追い駆けて来られない場所などが捜索ポイントになる。
時計は使えず。
空は外とリンクして色を変えるが太陽や月は見えないから方角も定まらない。
それを補うのはダンジョンを積み重ねていく経験だけだ。
『3班魔物と交戦中。敵は2。問題無し』
『4班捜索ポイント到着、これより捜索開始』
生まれたばかりのメッセンジャーが忙しなく夜空を行き来する。
これのおかげでどれだけ捜索時間が短縮するか。
遠く、魔剣の炎が闇を照らした。
今日のメンツならあれはクルトで間違いない。
反対側で黄緑色の曲線が不定期に描かれるのはウーガの矢だろう。あっちもこっちも交戦中。夜は魔物の行動も活性化するから縄張りに入って来た俺たちに容赦がない。
『2班戦闘終了、怪我人無し。捜索を継続します』
「了解」
捜索隊のリーダーである自分のところに集まるメッセンジャーを、その一言で相手に返す。
「時間的にそろそろだと」
「ああ。次にメッセンジャーが届いたら集合を伝えよう」
こちらも魔物を斬り伏せながら対応しつつ、今日の野営地に相応しい場所を探して歩いた。
体感でとっくに日が変わっただろう時間帯。
幾つもの焚き火と、テントと、小声の会話。全員が集まっていれば班ごとではなく馴染みのメンバーで固まるのは当然で、俺たちもパーティ5人で一つのテントを組み立てた。
嫌な思い出のある「サンコティオン」だ。
特にウーガの状態は心配だったが、意外に平気そうなのはエニスがわざと近付いて動揺させるせいだろう。自虐的と言えなくもないが……まぁこれまでのことを考えたら、一番「らしい」態度と言えるかもしれない。
ちなみに現在はドーガを抱き枕にしていて、クルトと三人で仮眠中。
俺とエニスが見張り番だ。
「……変な感じだな」
「ああ。たまに妙な視線を感じる」
低階層へ薬草採取にいった薬師一行の捜索隊が組まれること自体が異常だ。
捜索隊に怪しいヤツが参加していても、むしろ当然と言える。
「厄介だな……と思ったが、大して付き合いのない連中が信頼出来ないのは当たり前か」
「ああ。最近は人間関係に恵まれ過ぎていたからな」
エニスに言われ、脳内にポンッと浮かんだ顔に苦笑が零れる。
そういえばあいつ、良縁を結んで悪縁を絶つとかいう加護持ちだったか。
「たまには離れて行動するのも必須だな」
言って、二人で苦笑する。
自分の実力を測る良い機会だ。
これ以上の問題を起こさないよう改めて気を引き締めた。
しかもこの時間から入場する冒険者は日中に比べるとかなり少なく、俺たちの手続きはあっという間に完了して中へ入れることになった。
森の中に堂々と存在する入口に班ごとに入場すると、転移陣の向こうにはいつものガゼボ以外に、食用の獣を飼育する施設が広がり、そこの従業員や警備を担当する見るからに屈強な男たちが何事かとこちらを見ている。銀級以下のダンジョンは気候が安定しているから出入りが楽な第1階層では一次産業に従事する人も少なくない。此処もそのパターンで、銀級冒険者が護衛として就職する先にもなるから重宝されている。
そいつらへの説明はギルド職員に一任。
第1階層はこの通り常に人がいるから異変が起きていれば伝わり易く、俺たちの捜索範囲も第2階層からが本番だ。
「移動しよう」
20人以上の団体が脇目もふらず第2階層を目指す光景はきっと異様なものだっただろう。
捜索対象は薬師が4人と、その護衛の冒険者6人。
「第1階層から第2階層までの平均所要時間は90分、第2階層から第3階層までが5時間……」
クルトが不安そうな顔で事前に共有された情報を確認している。
第3階層から第4階層までも5時間。
第4階層の入口から今回の捜索対象である薬師一行が赴いただろう湖までは約3時間……すでに多くの冒険者が隅々まで開拓し尽したダンジョンだ。どこに何があるのか、どう危険なのか、各階層のほぼ全域が網羅されているから薬師も護衛を雇うことでダンジョンに入場できるのだ。
なのに、よりによって低階層でこの捜索隊派遣。
些か気味が悪い。
「それにしても、こうやって確認してみると銀級と金級ダンジョンの広さの違いがよく判る」
「だな」
金級といってもまだ二つしか挑戦していないが、どちらも数時間で一つの階層を抜けるなんて出来なかった。
特に「セーズ」は同じ階層で2泊することもあったことを考えるとそれだけで難易度の高さが窺えるというものだろう。
「すぐそこまで戻って来てくれていればいいが、場合によっては今夜は野営になるな」
なんせ間もなく日付が変わるような時間帯だ。攻略中のパーティが野営していることも考慮すると、こちらもあまり物音を立てられない。人命が掛かっているのは攻略中の彼らも同じだ。それに捜索は明るい時間帯の方が捗る。クルトの心境を思うと早く見つけたいと思うが、そのために他の命を軽んじるわけにはいかない。
「前方魔物の群れ。7匹!」
魔力感知を展開していた魔法使いの声に、誰もが瞬時に戦闘態勢を取る。
前に出るのは冒険者。
警備隊のメンバーは後方へ。彼らの相手は主に魔獣で、魔物ではない。魔獣は魔法を使わないので慣れていない彼らが相手するには厳しいからだ。
ならどうして彼らを招集したかといったら、捜索対象を運ぶため。
自力で歩けるなら良いがどんな状態で見つかるか判らない以上、迅速に連れ帰るための手段は予め準備しておかなければならない。
倒した魔物は倒した冒険者の収入になるんで、勇んで戦う銀級に任せ、俺たちは周囲の気配を注意深く探っていく。
そんなことを何度か繰り返している内に第2階層への移動を果たし、第1階層ではずっと感じられていた自分たち以外の人の生活感が完全に消えて嫌でも警戒心を煽る静寂が辺りを覆っている。
「……1時間ほど捜索を続けたら今日は終わりだ。朝に備えて休もう」
「了解です」
捜索隊が班ごとに広がっていく。
階層から階層へ続く正解の道を外れることなど普通は考えられないが、それを言うなら捜索隊が派遣されることも考えられない。となれば魔物に追い立てられて道を外れ迷っている、または動けなくなっている可能性が最も高く、魔物の目を誤魔化せる場所、隠れられる場所、追い駆けて来られない場所などが捜索ポイントになる。
時計は使えず。
空は外とリンクして色を変えるが太陽や月は見えないから方角も定まらない。
それを補うのはダンジョンを積み重ねていく経験だけだ。
『3班魔物と交戦中。敵は2。問題無し』
『4班捜索ポイント到着、これより捜索開始』
生まれたばかりのメッセンジャーが忙しなく夜空を行き来する。
これのおかげでどれだけ捜索時間が短縮するか。
遠く、魔剣の炎が闇を照らした。
今日のメンツならあれはクルトで間違いない。
反対側で黄緑色の曲線が不定期に描かれるのはウーガの矢だろう。あっちもこっちも交戦中。夜は魔物の行動も活性化するから縄張りに入って来た俺たちに容赦がない。
『2班戦闘終了、怪我人無し。捜索を継続します』
「了解」
捜索隊のリーダーである自分のところに集まるメッセンジャーを、その一言で相手に返す。
「時間的にそろそろだと」
「ああ。次にメッセンジャーが届いたら集合を伝えよう」
こちらも魔物を斬り伏せながら対応しつつ、今日の野営地に相応しい場所を探して歩いた。
体感でとっくに日が変わっただろう時間帯。
幾つもの焚き火と、テントと、小声の会話。全員が集まっていれば班ごとではなく馴染みのメンバーで固まるのは当然で、俺たちもパーティ5人で一つのテントを組み立てた。
嫌な思い出のある「サンコティオン」だ。
特にウーガの状態は心配だったが、意外に平気そうなのはエニスがわざと近付いて動揺させるせいだろう。自虐的と言えなくもないが……まぁこれまでのことを考えたら、一番「らしい」態度と言えるかもしれない。
ちなみに現在はドーガを抱き枕にしていて、クルトと三人で仮眠中。
俺とエニスが見張り番だ。
「……変な感じだな」
「ああ。たまに妙な視線を感じる」
低階層へ薬草採取にいった薬師一行の捜索隊が組まれること自体が異常だ。
捜索隊に怪しいヤツが参加していても、むしろ当然と言える。
「厄介だな……と思ったが、大して付き合いのない連中が信頼出来ないのは当たり前か」
「ああ。最近は人間関係に恵まれ過ぎていたからな」
エニスに言われ、脳内にポンッと浮かんだ顔に苦笑が零れる。
そういえばあいつ、良縁を結んで悪縁を絶つとかいう加護持ちだったか。
「たまには離れて行動するのも必須だな」
言って、二人で苦笑する。
自分の実力を測る良い機会だ。
これ以上の問題を起こさないよう改めて気を引き締めた。
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