生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第9章 未来のために

閑話:里帰り(16)

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 side:バルドル


「なんで⁈ おかしいでしょ! おかしいよねクルトどう思う⁈」
「ノーコメントで」
「クルトしかいないんだから味方してよ! もしくはレン連れて来てー!」
「レンくんは今頃「セーズ」で頑張ってるから無理」
「クルトー!」
「絡むなアホ」

 一滴も飲んでないのにどうして絡み酒みたいなことになるのか。
 強引に腕力でクルトから引き離せばウーガは非常に不満そうな顔だ。

「もう帰るっ、トゥルヌソル……ううん「セーズ」で良い。きっとレンなら中立で味方してくれる!」
「中立の時点で味方も何もないだろ」
「じゃあグランツェパーティに頼む!」
「味方は頼んでなってもらうもんじゃないと思うぞ」
「……グランツェパーティは微笑ましいって言って見守るのに徹しそう」

 クルトの想像に完全同意。
 まぁレイナルドパーティよりは良いんじゃないか、あそこのメンバーは散々面白がって、最終的にレイナルドに呆れられる気がする。

「うぉうぉうぉう!」

 同じ結論に至ったらしいウーガが吼えると、うちの母親が「まあまあ」って子どもにするみたいにウーガの頭を撫でた。

「恋愛なんて先に惚れた方が負けなのよ。主導権を握ったと思って強気に出たらいいじゃない」
「……強気?」
「そうそう。どうしても番にしたいのはエニスくんの方で、答えを出すのはウーガくん。嫌なら嫌ってはっきり言っちゃえばいいの」

 言われた内容にまた驚いたような顔をして見せたウーガは、しばらくして食卓に沈んだ。

「……イヤだなんて言ったらエニスがパーティ抜けちゃうじゃん」
「でも望みがないならさっさと突き放しちゃう方がエニスくんのためよ? 物理的に離れないといつまでも燻ぶっちゃうんだから。ね、バルドル」
「んぐ」

 まさかの被弾で喉を詰まらせるかと思った。
 咳き込みながら睨んでも、当の本人は素知らぬ顔。クルトを紹介した最初の日に根掘り葉掘り聞き出された身としては非常に居た堪れない。おかげでクルトも目尻が赤くなっている。

「あー……まぁ、チラとでも視界に入ればどうしたって「こいつだ」と何度でも再認識してしまうからな」

 本能なので止めることも出来ない。
 ただひたすらにこの相手が欲しい、愛したいと心が騒ぐ。それを抑えるには会わないのが一番で、二度と視界に入らないよう距離を取るのが一番なのは確かだろう。ただ、自分の一番を知ってしまった獣人族ビーストが他人に番にと望まれても応えられるかは……人それぞれだろうな。
 ウーガが正にその状態だ。

「敢えてアドバイスするなら、……おまえがエニスと離れるのは嫌だっつーなら、番はともかく、それに準じた関係になるのは一つの方法だぞ。まずはオトモダチから、でもな」
「なんで? 根拠は?」
「おまえの本能はガインを番に選んだが、あいつは主神様の御許に渡った。エニスの本能はおまえを番に選んだ。この先どんな出逢いがあっても、婚姻の儀を受けなくても、エニスにおまえ以上の存在は現れない」

 それはまんま俺が常々不安に思っていることでもある。
 もし婚姻の儀を受ける前にクルトの本能が求める相手と出逢ってしまったら――そう考えるといますぐにでも教会に駆け込んで儀式を受けたい衝動に駆られる。
 獣人族ビーストは一途だ。
 この相手と決めた時点で心変わりすることはほぼないし、クルトの事も信じているが、本能ばかりはどうしようもない。婚姻の儀にはその衝動をも和らげてくれる効果がある。
 だから人によっては、番にと望んだ相手にフラれ、それでも望んでしまう衝動を抑えるために適当な相手と婚姻の儀を受ける者もいる。幸い身近なところにこのケースはないのだが。

「5年も耐えてるんだから、もう1~2年弄んでもあいつなら耐えられるだろ」
「ものすごく人聞き悪いね⁈」
「言っとくがこの5年のおまえの言動は俺らからしたら充分に残酷だったからな?」
「それはっ……だって……ええええ」

 撃沈。
 ウーガがごろりと床にうつ伏せた。
 一方で俺たちの会話を聞いていたクルトはこれまでのエニスの心労を思ってか教会の神像みたいな顔をしている。

「俺はこの人だって思うような出逢いはしたことないけど、あれって相当な衝撃なんだろ? よく5年も……あんな距離感で……」

 ああ、うん。
 涙出るだろ。
 たぶんレンにしたって、ここ3年のあれこれを振り返ればエニスが不憫過ぎて同情すると思うぞ。

「ウーガくんたら、そんなにエニスくんに甘えていたの?」

 うちの母親がクルトに聞く。

「そう、ですね。一晩中一緒だったこともありますし……花街に誘ったり……?」
「まぁ……」

 さすがに抱き枕とは言えなかったらしいクルトと、何とも言えない表情になる母親に、ウーガ。

「だってオトコの嗜みじゃん! 溜めてイイコトないじゃん! 特定の相手なんていないってアイツが言うから! 健康大事じゃん!」
「……それだけ大事にされてたんならもうエニスくんでいいんじゃないか?」
「簡単に言わないでおっちゃん!」
「難しく考えても良いことないぞ」
「味方がいない……!」

 ウーガが拳で床を叩き出した。
 うるさい。


 そんなウーガをしばらく放置して食事を進めていたら、母親が「そういえば」と話題を切り出した。

「あと5日くらい滞在してくって朝に言っていたじゃない? 他に予定のない日があるなら収穫を手伝って欲しいんだけど」
「え」

 これにはウーガが顔を上げた。

「残んの? ってことはあいつらに会うことにしたんだ?」
「……うん。もうこんな機会ないだろうし」

 クルトの視線が少しだけ下がる。

「向こうこそ俺に会いたくないかもしれないけど、せめて……借金は完済したし、俺は幸せにしてるから気にしないでって伝えようと思う。ドーガとエニスにも今日の帰りに伝えたよ」
「へぇ……」

 ウーガは意外そうな顔をした後で再び床にうつ伏せた。
 クルトと母親は、明日は魔獣討伐の依頼があるので明後日でどうかと提案中。元パーティメンバーがダンジョンから出てくる予定が明日なら、ギルド経由で伝言を渡すにしても二日後くらいを指定するのが妥当だからだ。
 こっちには俺も同行する予定だし、心配はない。今一番の懸念事項はエニスと顔を合わせたウーガが討伐依頼できちんと自分の役目を果たせるのか否かである。
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