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第9章 未来のために
閑話:里帰り(9)
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side:クルト
バルドルが聞いた声からテルアとマリーが此処にいるのは間違いないらしいけど、正直、現実感がまるでない。
情報がうまく頭に入って来ないんだ。
資金が貯まったから冒険者を辞めて結婚するんじゃなかったのか。
それとも、あの時もいまみたいに頭の中が真っ白になっていたから聞き違いをしたんだろうか。もう少しで目標額が貯まるところまで来ているのに借金なんて背負えないから解散しよう、だったか。
……違う、そうじゃない。
理由なんてどっちでもいい。
あれから3年も経っているのに、名前を聞いただけで、近くにいると聞かされただけで、こんなにも動揺している自分自身に驚く。
「とっくに吹っ切ったと思ってた」
思わず独り言ちたら、すぐ傍に居たウーガには聞こえたらしい。
「それ、この3年が慌ただし過ぎて考える暇がなかっただけだったりして」
「え……」
「充実してたってことだよ」
面白そうに言われて思い返せば、レンくんに失くしたギルドタグを届けてもらったあの日からまだ3年しか経っていないのに、彼との記憶がそのままあの日から今日までの出来事だと考えると、もう「充実」なんて言葉では語り切れない時間だったことに改めて気付かされた。
借金だって一人で払い終えるには何十年掛かるのかと絶望したはずなのに、たった3年で全額完済かつ貯蓄まで出来てしまった。
ましてや隣には発情持ちだと知ってなお番になりたいと言ってくれる人がいる。
「……これ、本当に俺の人生かな」
「ええ? 頬っぺたつねようか? それとも背中に一発いっとく?」
平手をスイングし出すウーガには遠慮して、自分で頬を摘まんでみる。
……痛い。
「なにしてる」
慌てたように俺の手を掴んで頬肉を放させたバルドルが心配そうな顔で見て来る。気を抜けない場面では頼りになるリーダーなのに、俺のこととなると途端に情けない顔を見せる。
そういうところが好きだし、可愛いと思う。
「大丈夫だよ、ちょっと……整理しないとならない情報が多過ぎるだけだから」
「現実だって確認したかったんだってさ」
ウーガのフォローもあって、聞いているだけだったエニスとドーガも納得の顔。
「まぁそうなるよな。少し考えればトゥルヌソルから程良く離れていて、それなりに賑わってて、治安も良いとくれば移住先には持ってこいだって判っただろうけど」
「だな」
「向こうもまさか俺たちの実家が此処にあるなんて知らなかっただろうしな」
それ以前に俺がバルドルたちとパーティを組んでいることも、実家に挨拶に来るような仲になっていることも想像すらしていないはず。
そんな会話をしながら移動した先は冒険者ギルドだ。
テルアとマリーが薬師の護衛で銀級ダンジョン「サンコティオン」に4日間の予定で入っているなら、遭遇する可能性はほぼゼロ。それでも万が一のことを考えてフード付のジャケットを羽織った。
時間が良かったのか受付は空いていて、すぐに声を掛けることが出来た。
「金級のバルドルパーティだ。昨日来た時に任せたい依頼があれば用意しておくと言われたんだが」
「バルドルパーティの皆さんですね、お待ちしておりました」
職員の間できちんと情報が共有されていたみたいで、受付にいた彼女から奥の事務所に声が掛けられ、そこから凛々しいスーツ姿の女性が現れる。雰囲気がララさんに似ている。
「ご足労頂きありがとうございます。どうぞこちらへ」
たぶん応接室か会議室に案内されるんだろう。
促されるままギルドの建物の中を移動していると、予想通り、応接室に通された。バルドルとエニスが遣り取りをするから奥の席に。
俺、ウーガ、ドーガは端に座って待っていると、飲み物が運ばれて来て、その人が出て行ったタイミングで数枚の依頼書を抱えたさっきの女性がバルドル達の席に着いた。
「改めまして、今日はお越しいただきありがとうございます。私はここのサブマスターを務めております、エレナと申します。金級パーティが滞在しているという話を共有した際にギルドマスターが皆さんのことを懐かしがっていました。いまのギルドマスターはゼルスといいます」
俺はまったく知らない名前だったが、四人には思い当たる人物がいたらしい。
その表情を見れば判る。
「皆さんが冒険者を続けていると知ってとても喜んでいました。あいにく、今日は都合がつかなくて不在なのですが、もしお時間がありましたら顔を見せて差し上げてください」
「そう、だな。随分と心配を掛けたし……顔を見せに来ます」
「ええ」
……複雑そうな顔のバルドルとエニス。
俯いたドーガ。
読めない表情のウーガ。
どことなく沈んだ空気に察する。きっとそのゼルスというギルドマスターは、バルドル達がダンジョンで仲間を失った時の関係者なんだろう。
バルドルが聞いた声からテルアとマリーが此処にいるのは間違いないらしいけど、正直、現実感がまるでない。
情報がうまく頭に入って来ないんだ。
資金が貯まったから冒険者を辞めて結婚するんじゃなかったのか。
それとも、あの時もいまみたいに頭の中が真っ白になっていたから聞き違いをしたんだろうか。もう少しで目標額が貯まるところまで来ているのに借金なんて背負えないから解散しよう、だったか。
……違う、そうじゃない。
理由なんてどっちでもいい。
あれから3年も経っているのに、名前を聞いただけで、近くにいると聞かされただけで、こんなにも動揺している自分自身に驚く。
「とっくに吹っ切ったと思ってた」
思わず独り言ちたら、すぐ傍に居たウーガには聞こえたらしい。
「それ、この3年が慌ただし過ぎて考える暇がなかっただけだったりして」
「え……」
「充実してたってことだよ」
面白そうに言われて思い返せば、レンくんに失くしたギルドタグを届けてもらったあの日からまだ3年しか経っていないのに、彼との記憶がそのままあの日から今日までの出来事だと考えると、もう「充実」なんて言葉では語り切れない時間だったことに改めて気付かされた。
借金だって一人で払い終えるには何十年掛かるのかと絶望したはずなのに、たった3年で全額完済かつ貯蓄まで出来てしまった。
ましてや隣には発情持ちだと知ってなお番になりたいと言ってくれる人がいる。
「……これ、本当に俺の人生かな」
「ええ? 頬っぺたつねようか? それとも背中に一発いっとく?」
平手をスイングし出すウーガには遠慮して、自分で頬を摘まんでみる。
……痛い。
「なにしてる」
慌てたように俺の手を掴んで頬肉を放させたバルドルが心配そうな顔で見て来る。気を抜けない場面では頼りになるリーダーなのに、俺のこととなると途端に情けない顔を見せる。
そういうところが好きだし、可愛いと思う。
「大丈夫だよ、ちょっと……整理しないとならない情報が多過ぎるだけだから」
「現実だって確認したかったんだってさ」
ウーガのフォローもあって、聞いているだけだったエニスとドーガも納得の顔。
「まぁそうなるよな。少し考えればトゥルヌソルから程良く離れていて、それなりに賑わってて、治安も良いとくれば移住先には持ってこいだって判っただろうけど」
「だな」
「向こうもまさか俺たちの実家が此処にあるなんて知らなかっただろうしな」
それ以前に俺がバルドルたちとパーティを組んでいることも、実家に挨拶に来るような仲になっていることも想像すらしていないはず。
そんな会話をしながら移動した先は冒険者ギルドだ。
テルアとマリーが薬師の護衛で銀級ダンジョン「サンコティオン」に4日間の予定で入っているなら、遭遇する可能性はほぼゼロ。それでも万が一のことを考えてフード付のジャケットを羽織った。
時間が良かったのか受付は空いていて、すぐに声を掛けることが出来た。
「金級のバルドルパーティだ。昨日来た時に任せたい依頼があれば用意しておくと言われたんだが」
「バルドルパーティの皆さんですね、お待ちしておりました」
職員の間できちんと情報が共有されていたみたいで、受付にいた彼女から奥の事務所に声が掛けられ、そこから凛々しいスーツ姿の女性が現れる。雰囲気がララさんに似ている。
「ご足労頂きありがとうございます。どうぞこちらへ」
たぶん応接室か会議室に案内されるんだろう。
促されるままギルドの建物の中を移動していると、予想通り、応接室に通された。バルドルとエニスが遣り取りをするから奥の席に。
俺、ウーガ、ドーガは端に座って待っていると、飲み物が運ばれて来て、その人が出て行ったタイミングで数枚の依頼書を抱えたさっきの女性がバルドル達の席に着いた。
「改めまして、今日はお越しいただきありがとうございます。私はここのサブマスターを務めております、エレナと申します。金級パーティが滞在しているという話を共有した際にギルドマスターが皆さんのことを懐かしがっていました。いまのギルドマスターはゼルスといいます」
俺はまったく知らない名前だったが、四人には思い当たる人物がいたらしい。
その表情を見れば判る。
「皆さんが冒険者を続けていると知ってとても喜んでいました。あいにく、今日は都合がつかなくて不在なのですが、もしお時間がありましたら顔を見せて差し上げてください」
「そう、だな。随分と心配を掛けたし……顔を見せに来ます」
「ええ」
……複雑そうな顔のバルドルとエニス。
俯いたドーガ。
読めない表情のウーガ。
どことなく沈んだ空気に察する。きっとそのゼルスというギルドマスターは、バルドル達がダンジョンで仲間を失った時の関係者なんだろう。
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