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第9章 未来のために
閑話:里帰り(7)
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side:バルドル
冒険者ギルドを出るときの妙な感覚は、クルトへの土産を選んでいる間にすっかり忘れていた。昔かなり世話になった屋台の主人が現役だったんで話が盛り上がったせいもあるだろう。
二人分を買って宿に戻った後は懐かしい味を堪能し、いろいろ我慢して寝た。
朝になって受付に確認に行ったらメッセージを預かっている、と。
「今日のお昼を一緒にどうかって」
「もちろん大丈夫」
部屋でメッセージの内容を確認するとクルトは緊張した面持ちながら即答した。まぁ、ここまで来てダメだとは言えないか。
「じゃあ行くと返事してくる。此処を出るのは昼前でいいんだが、今夜はどうする? 実家に部屋用意してくれていると思うが気になるなら夜はこっちでもいいぞ」
「泊まらせてもらえるならお世話になりたい」
「そうか」
注意深く表情を見ながらクルトの希望を受け入れる。
……レンがいればもう少しリラックスさせられたんだろうと思うと若干悔しくはあるが、俺もクルトの両親に挨拶に行くことを考えたら、やっぱり緊張する。
俺の両親のことだから、俺自身は大丈夫だと思っているが、会ったこともない相手のことを「大丈夫だ」「信じろ」と言ったところで受け入れるのは難しい。それが番にしたいと望むほど欲している存在の親だとしても。
「クルト」
「ん?」
「俺はおまえの番になりたい」
今更、というよりは急に何かと戸惑うように目を瞬かせるクルトが可愛いし、愛しいし、何度「好きだ」と伝えても足りない。
俺の唯一無二。
魂の半身。
「……俺も、バルの番になりたいから此処にいるよ」
「ああ。だから大丈夫だ。俺の一番は何があってもおまえだ。親が何か否定的なことを言ってきたとしても俺はクルトの味方だし、クルトがしんどくなったら俺が必ず連れて帰る」
「帰るって。これから実家に帰るのに」
「俺たちの家は俺の実家じゃない」
本心そのままの言葉に、けどクルトは驚いたみたいだった。
やっぱりイヌ科と他の種族じゃ考え方が微妙に違うのか。それともこれはクルト個人の自信の無さの表れか。……どっちでも関係ないか。
頬に触れる。
いつもは優しい体温も、緊張のせいかひんやりとしていた。
「クルト、もう一度言うからちゃんと聞いて、覚えといてくれ。俺の番はこの先なにがあってもクルトだけだ」
「バル……」
俺の手に、手を重ねて来たクルトは眉間に皺を寄せていて複雑な心境が見て取れたが、それでも、強張っていたのは幾分か解れて見える。
しかも、額と額を合わせて、柔らかな髪が擦り寄る。
「バル、好きだよ」
「俺も好きだ」
ふふって小さく笑う。
ああ、笑えてる。
肩も下がったかな。
「ずっと隣にいる」
「うん」
ようやくいつもの雰囲気が戻って来たクルトと午前中はそのまま会話して過ごし、約束の時間の30分前くらいに宿を出た。
昨夜のうちに宿にメッセージを残してくれていたのは母親で、昼ごはんを家で一緒にって内容だった。
で、まぁ結局どうなったかって言ったらクルトは無事にうちの両親との対面を終えてすっかり気に入られた。
そうなるだろうと思っていた俺からすると予定通りだったが、今日からしばらく泊まることになった部屋に案内されて二人の視線から遮断された途端、脱力するみたいに膝をついたクルトは泣きそうな顔をしていた。
「大丈夫か?」
「平気……気が抜けただけだから」
「荷物は預かる」
宿屋から持って来た荷物を部屋の隅に移動する。
いまは客間になり、ベッド2台とクローゼットがあるだけのここは、昔の俺の部屋だ。
2階建ての一軒家、裏側は畑。
父親は農夫で主に小麦を、家の庭では母親が趣味で花や野菜を育てている。近所に住んでいる姉夫婦は畑を手伝っていて、今夜は子どもたちも一緒に夕飯をってことなんで、クルトとしてはまた初対面の相手と挨拶することになる。
「夜まで時間あるし、気分転換に少し町歩きしないか?」
「する」
「冒険者ギルドにも付き合ってくれ。昨日もう一度来て欲しいって言われたんだ」
「ウーガたちも何か依頼受けようって言ってたね」
「たまの里帰りだからな」
割の合わない内容で埃を被っている依頼があれば引き受けようってことだろう。
俺たちは依頼に行くほどではないが一目で冒険者と判る軽装備で部屋を出る。2階はかつて俺と姉の個室だったものを客間にした二部屋があるだけで、階段を下りた先は居間。
その先のキッチンでは母親が洗い物をしていた。
「あら、出掛けるの?」
「ギルドに行ってくる。その後は町の案内かな」
「そうなのね。この町には美味しいものがいっぱいあるから食べ歩きもいいわよー。あ、でも今夜は夕飯の支度頑張っちゃうから満腹になったらダメよ」
「ありがとうございます、気を付けます」
後半はクルトに向けてで、本人も正しく受け取っている。
1階はここと、両親の寝室と水回り。そんな大きな家ではないが居間は大人20人前後が集まっても余裕の広さで、実際、近所の友人を招いて宴会を催すことが多いし、この辺の家はみんなこういう造りだ。今夜は身内だけの集まりになるが子どもがいるので賑やかさは普段と変わらないだろう。
「エニスの家も親が畑をやってる。あの赤い屋根の家……見えるか?」
人差し指の爪くらいにしか見えない小さい家を指差す。
クルトは目を凝らしながら「あれかなぁ」と首を捻った。そんな可愛らしい動作に頬が緩むのを自覚しながらエニスに向かってメッセンジャーを飛ばす。
「挨拶は無事に済んだ。これからギルドに行って依頼の確認して来る。墓参りは明日の午後でどうだ」
真っ直ぐに家に向かって飛んでいくと、建物の中に消えた。それでクルトもどれがエニスの家か確信出来ただろう。
「墓参りの件、エニスにだけでいいの?」
「ウーガたちの実家はあの隣の家だからな。今日も一緒にいる気がする」
「そうなんだ」
クルトはそう返すと、少し考える素振りを見せた後で少しだけ遠い目をする。
「パーティって、やっぱり近所に住んでいた同年代で組むことが多いんだな」
「ん?」
「俺が前にいたパーティもそうだったんだよ。イーサンとルディ、テルア、マリー、それから、ジェイも」
「ああ……」
久々に聞いても腹立つ名前だなと思ったが、ふと昨日の違和感を思い出す。
――……マリー、明日から薬師の護衛で「サンコティオン」だから……
――……うん聞いた。四日間だったよね……
「あ……っ」
あの声!
聞き覚えがあったはずだ、クルトが前に組んでいたあいつらだ……!
冒険者ギルドを出るときの妙な感覚は、クルトへの土産を選んでいる間にすっかり忘れていた。昔かなり世話になった屋台の主人が現役だったんで話が盛り上がったせいもあるだろう。
二人分を買って宿に戻った後は懐かしい味を堪能し、いろいろ我慢して寝た。
朝になって受付に確認に行ったらメッセージを預かっている、と。
「今日のお昼を一緒にどうかって」
「もちろん大丈夫」
部屋でメッセージの内容を確認するとクルトは緊張した面持ちながら即答した。まぁ、ここまで来てダメだとは言えないか。
「じゃあ行くと返事してくる。此処を出るのは昼前でいいんだが、今夜はどうする? 実家に部屋用意してくれていると思うが気になるなら夜はこっちでもいいぞ」
「泊まらせてもらえるならお世話になりたい」
「そうか」
注意深く表情を見ながらクルトの希望を受け入れる。
……レンがいればもう少しリラックスさせられたんだろうと思うと若干悔しくはあるが、俺もクルトの両親に挨拶に行くことを考えたら、やっぱり緊張する。
俺の両親のことだから、俺自身は大丈夫だと思っているが、会ったこともない相手のことを「大丈夫だ」「信じろ」と言ったところで受け入れるのは難しい。それが番にしたいと望むほど欲している存在の親だとしても。
「クルト」
「ん?」
「俺はおまえの番になりたい」
今更、というよりは急に何かと戸惑うように目を瞬かせるクルトが可愛いし、愛しいし、何度「好きだ」と伝えても足りない。
俺の唯一無二。
魂の半身。
「……俺も、バルの番になりたいから此処にいるよ」
「ああ。だから大丈夫だ。俺の一番は何があってもおまえだ。親が何か否定的なことを言ってきたとしても俺はクルトの味方だし、クルトがしんどくなったら俺が必ず連れて帰る」
「帰るって。これから実家に帰るのに」
「俺たちの家は俺の実家じゃない」
本心そのままの言葉に、けどクルトは驚いたみたいだった。
やっぱりイヌ科と他の種族じゃ考え方が微妙に違うのか。それともこれはクルト個人の自信の無さの表れか。……どっちでも関係ないか。
頬に触れる。
いつもは優しい体温も、緊張のせいかひんやりとしていた。
「クルト、もう一度言うからちゃんと聞いて、覚えといてくれ。俺の番はこの先なにがあってもクルトだけだ」
「バル……」
俺の手に、手を重ねて来たクルトは眉間に皺を寄せていて複雑な心境が見て取れたが、それでも、強張っていたのは幾分か解れて見える。
しかも、額と額を合わせて、柔らかな髪が擦り寄る。
「バル、好きだよ」
「俺も好きだ」
ふふって小さく笑う。
ああ、笑えてる。
肩も下がったかな。
「ずっと隣にいる」
「うん」
ようやくいつもの雰囲気が戻って来たクルトと午前中はそのまま会話して過ごし、約束の時間の30分前くらいに宿を出た。
昨夜のうちに宿にメッセージを残してくれていたのは母親で、昼ごはんを家で一緒にって内容だった。
で、まぁ結局どうなったかって言ったらクルトは無事にうちの両親との対面を終えてすっかり気に入られた。
そうなるだろうと思っていた俺からすると予定通りだったが、今日からしばらく泊まることになった部屋に案内されて二人の視線から遮断された途端、脱力するみたいに膝をついたクルトは泣きそうな顔をしていた。
「大丈夫か?」
「平気……気が抜けただけだから」
「荷物は預かる」
宿屋から持って来た荷物を部屋の隅に移動する。
いまは客間になり、ベッド2台とクローゼットがあるだけのここは、昔の俺の部屋だ。
2階建ての一軒家、裏側は畑。
父親は農夫で主に小麦を、家の庭では母親が趣味で花や野菜を育てている。近所に住んでいる姉夫婦は畑を手伝っていて、今夜は子どもたちも一緒に夕飯をってことなんで、クルトとしてはまた初対面の相手と挨拶することになる。
「夜まで時間あるし、気分転換に少し町歩きしないか?」
「する」
「冒険者ギルドにも付き合ってくれ。昨日もう一度来て欲しいって言われたんだ」
「ウーガたちも何か依頼受けようって言ってたね」
「たまの里帰りだからな」
割の合わない内容で埃を被っている依頼があれば引き受けようってことだろう。
俺たちは依頼に行くほどではないが一目で冒険者と判る軽装備で部屋を出る。2階はかつて俺と姉の個室だったものを客間にした二部屋があるだけで、階段を下りた先は居間。
その先のキッチンでは母親が洗い物をしていた。
「あら、出掛けるの?」
「ギルドに行ってくる。その後は町の案内かな」
「そうなのね。この町には美味しいものがいっぱいあるから食べ歩きもいいわよー。あ、でも今夜は夕飯の支度頑張っちゃうから満腹になったらダメよ」
「ありがとうございます、気を付けます」
後半はクルトに向けてで、本人も正しく受け取っている。
1階はここと、両親の寝室と水回り。そんな大きな家ではないが居間は大人20人前後が集まっても余裕の広さで、実際、近所の友人を招いて宴会を催すことが多いし、この辺の家はみんなこういう造りだ。今夜は身内だけの集まりになるが子どもがいるので賑やかさは普段と変わらないだろう。
「エニスの家も親が畑をやってる。あの赤い屋根の家……見えるか?」
人差し指の爪くらいにしか見えない小さい家を指差す。
クルトは目を凝らしながら「あれかなぁ」と首を捻った。そんな可愛らしい動作に頬が緩むのを自覚しながらエニスに向かってメッセンジャーを飛ばす。
「挨拶は無事に済んだ。これからギルドに行って依頼の確認して来る。墓参りは明日の午後でどうだ」
真っ直ぐに家に向かって飛んでいくと、建物の中に消えた。それでクルトもどれがエニスの家か確信出来ただろう。
「墓参りの件、エニスにだけでいいの?」
「ウーガたちの実家はあの隣の家だからな。今日も一緒にいる気がする」
「そうなんだ」
クルトはそう返すと、少し考える素振りを見せた後で少しだけ遠い目をする。
「パーティって、やっぱり近所に住んでいた同年代で組むことが多いんだな」
「ん?」
「俺が前にいたパーティもそうだったんだよ。イーサンとルディ、テルア、マリー、それから、ジェイも」
「ああ……」
久々に聞いても腹立つ名前だなと思ったが、ふと昨日の違和感を思い出す。
――……マリー、明日から薬師の護衛で「サンコティオン」だから……
――……うん聞いた。四日間だったよね……
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