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第9章 未来のために

閑話:里帰り(3)

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「――ってわけで、俺とクルトは宿に部屋を取ろうと思うんだが」
「ああ、良いんじゃないか」

 親に「帰る」と知らせたのはダンジョンに入る前で、日時に関しては30日後くらいという非常にざっくりしたものだったから、実際に会わせる前に双方時間が必要だろうと思ったことをエニスに伝えると、あっさりそんな言葉が返って来た。

「ダンジョンの疲れもあるだろうし、セーズから此処に来るまでもかなりプレッシャー感じてるみたいだったからな」
「ああ」

 そうだろうと頷いていたら、本人が「待って」と割り込んできた。

「此処まで来てご挨拶を後回しにするなんて」
「旅の疲れが出たとでも言えばいい」
「さっきの、ケイティさんも、絶対って」
「おまえの方が大事」

 当たり前のことを言ったら、クルトは目を瞬かせた後でボッと顔を赤くした。
 こういう反応がまた可愛くて今すぐ隠したくなる。誰にも見せたくない。

「そっかぁ……でも大事な挨拶だからこそ万全の状態で臨むべきだよね」
「ケイティたちの事は気にしなくて良いぞ。客が珍しいから興奮してるだけだし、一日おいた方がまともに話せるようになるんじゃないかな」

 ウーガとドーガが良いことを言う。
 クルトはまだ納得しかねる様子だったが、最終的には俺たちに説得されてくれた。
 残念なのは選べるほど宿がないことで「ヴィユェッテ」には3軒の宿屋があるが一つは商人たちが情報交換を兼ねた特殊なタイプで、もう二つは旅人や冒険者向け。ただし片方は一般住居の空き部屋を貸しているような形で本当に寝るだけになってしまううえ、宿の主は昔からの顔馴染みだ。
 こちらに泊まれば身内が突撃して来る未来が見える。
 というわけで門からそれほど離れていない商業地区の一角にある宿屋で二人部屋を借り、エニスに両親に宛てた手紙を預けて三人を見送った。

「……本当にいいのかな」

 まだ不安そうなクルトを促して、宿の3階、借りた部屋に移動する。

「大丈夫だ。さっきあいつらと喋ってて改めて思ったが、今回が初対面になる番を連れて帰る前の知らせがダンジョンに入る前だったのはマズい」
「それ、は……そうかな」
「だろ」

 なんせいい年齢した息子が初めて番にしたい相手を紹介すると便りを出したんだ。
 きっと手紙を読んだ当時は夫婦揃って驚いただろうし、クルトがどんな人物か無限に想像を繰り返しては楽しみになったり不安になったりしたはずだ。それから、どう歓迎しようか悩んだはず。
 いきなり連れて帰ったら、もしかしたらあるかもしれない用意なんかを俺が全部無駄にしてしまうことになる。
 そういうことを端的に説明すると、クルトも理解してくれた。

「きちんと連絡して、一晩置いてから戻るので正解だと思うぞ。もしかしたら明日の何時以降に来いとか返事あるかもしれないしな」
「そう言われると確かに……」
「な。――悪くない部屋だ」

 貰った鍵についていた番号札の部屋はシングルのベッド2台と、荷物置き。それから二人分の椅子、その真ん中に丸いテーブルが窓際に置かれているだけのとてもシンプルな内装だったが落ち着いた色味で休むにはもってこいの部屋だ。
 1階に個別のシャワー室が5つ設置されている他、トイレは各階に個室が2つずつ。鍵は中から掛けられるようになっている。あとは、鍵が一つしかないので二人とも部屋を出る時は別行動しないようにってところか。
 飯は店に食いに行くか、買って来れば良いし、後は……。

「クルト」
「ん?」

 荷物を下ろして身軽になった恋人をやっとの思いで抱き締めた。
 人前でくっつくと恥ずかしがられるし、そういうときの顔がまた可愛いので仲間にも見せたくなくて控えているのだ。
 実家の準備が……といろいろ言ったが、あのまま真っ直ぐ実家に行かなくて助かったのは俺もだ。
 両親の前でいちゃつこうとしたら全力で嫌がられる気がするし、その前にしっかりとクルトを補充しておきたい。

「はぁ……生き返る」

 首筋に鼻を埋めて思い切り息を吸うと、肺が愛する相手の匂いで満たされて心が高揚する。クルトから漏れ聞こえる擽ったそうな声がそれを更に煽った。

「バル。せめてシャワーの後にして」
「後もする」
「明日はご挨拶に行くんだぞ」
「だから俺の匂いもおまえにつけておかないと」
「っ……」

 下腹部をそっと撫でたら判り易く体が揺れた。隣に立てるようなってしばらくはこういう触れ合いを忌避していたクルトだが最近は人目さえなければ割と素直に受け入れてくれるようになった。
 度を越すとさすがに蹴られるんだが、そういうときですら可愛い。
 愛しい。
 すげぇ好き。

「好きすぎて、いますぐしないとおかしくなる」

 口付けたら複雑そうな顔で見返された。

「……なんで、そんなに……」

 続けようとして声には出さなかった言葉が何かは判る気がした。
 実家に挨拶に行こうと決める前から、それこそ何度も何度も確認された。発情期持ちで、大陸によっては蔑みの対象になること。完済済みだが獄鬼ヘルネルをトゥルヌソルに侵入させたことで莫大な借金を抱えていたこと。まだしばらく子どもは産みたくないこと――気になること、心配なこと、そういうたくさんの不安を、何度も、何度も話し合って来た。

「……本当に俺でいいの」
「おまえ以外なんて考えたくもない」

 即答には今にも泣きそうな笑顔が返って来る。
 クルトそっくりの子どもなら絶対に可愛いがクルト一人に愛情を注げる期間は貴重だし、借金は完済してるだけでなく既に貯蓄もある小金持ちだ。プラーントゥ大陸では発情持ちだからってどうということもなく、むしろ発情中のエロさは控えめに言っても最高だ。

「好きだ」

 おまえが安心するまで何度でも伝えるし、今すぐにだって婚姻の儀を受けて番にしてしまいたい。
 俺の唯一。
 最愛。

「今日はゆっくり休め。やっぱり疲れた顔してる」
「……この手は休めって言ってないみたいだけど」
「余計なこと考えないように手伝う」
「ふはっ。なにそれ」
「必要だろ?」

 それから一頻り二人で笑って、有言実行したのだった。
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