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第9章 未来のために

277.セーズ(14)

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「面識も何もないのに助けてもらって、名乗りもせず、恥ずかしいところを見せてしまってすまない……俺は剣士のハノンだ」

 ようやく落ち着くもすっかり腫れぼったくなってしまった目で、彼はそう名乗った。

「普段は王都フロレゾンを拠点にしているが、此処に挑戦するために一か月くらい前にトゥルヌソルに移動したんだ。金級オーァル冒険者とは何組か顔合わせしたんだが……」
「ああ、俺たちは最近までマーヘ大陸にいた」
「! そうか、若いのに……あの制圧作戦に参加していたんだな」

 感心したように呟く彼は、たぶん40手前。他の皆さんも同じくらいだと思う。
 俺たちは金級オーァルに昇級する条件として作戦参加が義務付けられていたけど、金級オーァル全員を招集したら各地の治安に影響が出るので、各大陸のギルドが残留・任意・絶対参加を決定して各パーティに通告したと後で聞いた。

「拠点はトゥルヌソルか?」
「ああ。俺がパーティリーダーで剣士のバルドルだ」
「剣士のクルトです」
「僧侶のレンといいます」

 よろしく、とハノンさんが体を動かすと同時に彼の腹の虫が大きく鳴いた。
 ぐううぅぅぅ……としかも長く後を引く音に本人は顔を真っ赤にするし、こちらはつい笑ってしまう。でもお腹が空くのも当然だ。

「もしよければご飯にしましょう。しばらくまともに食事をしていないならお粥が良いかなと思うんですが」

 遠慮がちに鍋の中を見せたらハノンさんの眉根が寄る。
 ご飯はキクノ大陸の主食で、こっちの人には珍しい。しかもお粥はどろどろに見えるから慣れない人には……ねぇ。

「いや、出来れば普通の……こんなに美味しそうな匂いを嗅いでると……あ、いや、迷惑を掛けている身で贅沢が言えないのは判ってるんだが……っ」
「大丈夫ですよ。ハノンさんたちの分も用意していますからお好きな方をどうぞ」
「じゃ、あ……パンとスープで」
「はい」

 さすがに肉や生野菜はナシ。
 パンをスープに浸して食べてもらえばいいだろう。

「バルドルさんとクルトさんはお好みでどうぞ」
「うん、ありがとう」

 そうして二人が自分の分を、俺はハノンさんの分を用意して本人に手渡している間に、また別の一人が目を覚ました。同じ話を繰り返すのも何なんで、名前だけ聞いてやっぱり先に食事をしてもらうことにした。

「美味ぇ……スープもパンもマジで美味ぇ……!」

 そう言いながらまた泣いているハノンさん。
 喜んでもらえるのは嬉しいけど、もっと落ち着いて食べてくれないと喉に詰まらせんじゃないかと不安になります。



 それから1時間もすると、こちら側はもちろん保護されていた6人全員が目を覚まし、朝食を食べ終えた。6人全員がお粥よりパンとスープを選んだので、食べられなかったものはテントの特製パントリーにしまっておく。
 外に戻ると、師匠が6人の健康チェックをしていた。

「――んー……全員まだまだ疲労が蓄積した状態ね。僧侶としては最低でも今日一日は休息を取ることを勧めるけど」

 師匠がじっと見る先は、まだ暗い内に目を覚ましていたパーティリーダーのモーリさん。
 顎の無精ひげが濃くて、ごつい体格は2メートルあるんじゃないかってくらい大きい。筋骨隆々、日に焼けた浅黒い肌は、白いタンクトップがよく似合いそうだけど、実際は身長くらいある大剣を背負った戦士だ。
 今後どう行動するかの決定権はリーダーにあるけど仲間の意見を聞くのはうちのリーダーと同じだ。

「僧侶の言うことには従うべきだと思うが」

 そう言ってモーリさんが最初に視線を向けたのはハノンさんだ。
 彼はパーティのサブリーダーだった。

「僧侶以上に命の恩人だ。救ってもらった命を無駄にはしたくないし、明日までここで休憩を取るの良いんだが……食料がもうない」

 後半は俺たちを前に言い難かったんだろう。
 目線を落としていた。
 モーリさんが次に見たのは魔法使いのヒューバートさん。赤くて長い髪を一つに結わえていて、6人の中では細身だけどエニスさんより肩幅が広いし腕もムキムキだ。

「ここ、13階層の途中だよな? 2階層は水だけで行けたんだから……って考えるのはバカだろうな」
「2階層も?」
「魔物からお肉がドロップ……」

 びっくりし過ぎて思わず口を挟んだ師匠と俺だったけど、言い掛けて、気付いた。
 この人たちもマトモに肉を焼けない派……!

「……魔物の肉は腹を壊すんだ。体質的に合わないんじゃないかと……」

 絶……っ対に違うと思います!
 師匠も察したみたいで呆れた息を吐いているけど、以前は同じ派閥だったバルドルパーティの面々は「判るわぁ……」って顔で頷いている。
 あ。
 もしかして金級オーァル以上のダンジョン攻略の難易度が跳ね上がるのって料理が出来ないからじゃ? 
 料理を覚えたら制覇者が増えるのでは?
 そんなことを考えている間にも話し合いは進んでいく。
 モーリパーティの面々は何とかして15階層まで辿り着きたいが、体調悪く、体力低下、食料無し。さらにダンジョン監視員に申告した期限も今日で、時間もないと来た。

「詰んでるな」
「詰んだわ」

 言って、深い溜息。
 無理もないけれど。
 
「言っておくけど僧侶として無謀なことをしようとしている冒険者を放置は出来ないわよ」

 師匠。

「それを言うならギルドに所属する冒険者の一人として死にかけた仲間を放置する気はない」

 バルドルさん。

「しかし全滅の危機を救ってもらったばかりか体力回復薬、寝床、今朝の食事……と、もう金銭では支払いきれないような恩を受けた。これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない」

 モーリさん。

「でもさぁ」

 食後のお茶を飲みながらウーガさんが口を挟む。

「こんだけ面倒見たあんたらが数日後に遺体で発見されたなんて聞きたくないよ?」
「うっ……」

 本当にそれだ。
 ここはダンジョンの中で、魔物は人を見かけたら襲ってくる。いまは神力80%の風神たちがいるから何事も起きないだけ。別行動になれば遠からず彼らは魔物に襲われ、……無事でいられる保証はない。

「レンくん」
「はい」

 呼ばれて振り向いたらクルトさんが真顔で聞いてくる。

「例えば、レンくんが魔豹ゲパールに乗って走ったら今日中に転移陣まで行ける?」
「……なるほど?」

 雷神とチルルが残れば彼らが襲われることはない。
 俺も問題ない。
 手綱は鞄に入っているし。

「いや、でも道が不安です」
「それなら俺が同行するか」

 手を上げたのはエニスさん。
 確かにエニスさんが一緒に行ってくれるなら心強い。転移陣のある15階層までひとっ走りして、モーリパーティが無事なことを知らせて明日中に戻って来る。
 そうすればギルドが捜索チームを派遣することはなくなり、彼らは24時間しっかりと休むことが出来て、更に一足先にグランツェさんにメッセンジャーを送ることが出来たら一石三鳥だ。
 ただしモーリパーティの皆さんは目を真ん丸にして固まっている。
 普通はこんな計画を思い付かないだろうからね。
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