生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第9章 未来のために

275.セーズ(12)

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 風神に連れられて向かったのは13階層から14階層を目指す正しい道程からほんの少し外れた草原の上だ。人を引きずった後があり、道から一番近い場所には、たぶんこの人が半ばを引きずったんだろうなという恰好で重なるようにして気を失っている男二人。
 それから、もう少し奥の方には雑草に埋もれるようにして気を失っている男が四人。
 師匠が手早く確認していく。

「呼吸は浅いけど状態異常の所見はなし。装備はボロボロ、怪我も多い……でもどれも軽傷ね。レン、奥の子たちから精査スキュルゥタを。ヒユナはレンが確認を終えた子たちから体力回復薬を飲ませて頂戴。初・中・上のどれを飲ませるかは薬を作ったレンに任せるわ」
「えっ。この状態じゃ上級以外は意味ないですよ?」
「あら、無断で飲ませて後でぼったくるのね。いいわよ、成長したじゃない」
「ぼっ……ええっ?」
「ぶふっ」

 ウーガさんが吹き出し、エニスさんも笑う。
 どうやら揶揄われたらしいと気付いてイラッとするが、それもこの人たちに大きな問題はないからだと思うとホッとする。念のために全員に精査スキュルゥタを使って全身を確認したが麻痺や毒といった状態異常は一つもなかったし病気もなし。
 極度の疲労状態だ。
 ヒユナさんにそう伝えて、上級の体力回復薬を飲ませてもらう。
 師匠が研究・開発した『僧侶の薬』だけど神力の濃度の差で俺が作ったそれは師匠と比べても効果が1.5倍。師匠に弟子入りしたヒユナさんと比べたら3倍くらい違うので、市場価格しか知らない人に後で代金を請求したら確かにぼったくりと思われるかもしれない。
 と、一人目に薬を飲ませ終えたヒユナさんが細めた目でこっちを見て来る。

「……レンくん。これ体力回復薬なのに小さい傷が塞がっていくよ……?」
「あー……はい。そういうこともあります」
「普通ないからね?」

 はい。
 すみません。

「テント一つ目かんりょー! 運び入れていいよ」
「おう」

 俺たちが持っているカモフラージュ用のテントを組み立てていたウーガさんの声がして、バルドルさんが一人目を抱え上げる。
 テントはウーガさんとクルトさん、ドーガさん。
 冒険者の運び入れはバルドルさんとエニスさんが担当だ。
 で、倒れていた冒険者たちの荷物を勝手に開いている師匠は目当てのものを見つけると問答無用で引き抜く。

「寝かせるのは待ちなさい、これ下に敷いたら少しは寝心地良いでしょ」

 どうやら寝具関係を探していたらしい。
 俺たちは個室に全部あるので貸せるようなものがないからだろう。
 精査スキュルゥタを終えた後は俺も回復薬を飲ませる作業に移る。6人全員がテントに運ばれた後は、神具『野営用テント』を設置して夕飯の支度。
 上級の体力回復薬にはゆっくり眠らせる効果を持つ薬草が使われているから保護した彼らはしばらく目を覚まさない。なのでテントの中のキッチンで調理をしている間に、バルドルさん達が師匠と一緒に近くの森に入って焚き火用の枝を集め、食べられる果実などを採取して来た。
 テントで囲むようにした中心で火を熾し、鍋を掛けるためのトライポッドを頑強な枝で拵えてもらう。
 空はすっかり暗くなった。
 月は無いけど星の瞬きが眩しいほどの夜空。

「今日も皆で外で食べましょう」
「ああ。もう鍋を運んでもいいか?」
「お願いします」
「全員食器準備~」
「今日も美味そうな匂いだな……!」

 目が覚めた時に彼らにも食事が必要だと思ったので、ダンジョン内で採取したキノコの味噌汁と、同じくダンジョン内で採取した木の実や花とドロップ肉の炒め物。それからおにぎり。保護した人たちはもしかしたら数日まともに食べていない可能性もあり、粥を作っておきたかったから主食は米にした。
 全員普通に食べれそうなら粥は件のパントリーに保管して次の機会を待てばいい。
 テントの中の6人がまだ当分は目が覚めそうにないのを見て回ってから、焚き火を囲むよう座って「いただきます」。

「――ああ美味い……っ」

 最初におにぎりや味噌汁を口にして感動するのは、俺にすっかり和食に慣らされたバルドルさん達だ。

「ん、確かに美味しいわね。私これ好きだわ」
「レンくんの食事はどれも美味しいです」

 師匠とヒユナさんも食が進んでいるようで嬉しい。
 しばらく他愛のない話で食事を楽しんでいたが、食後のお茶を出した頃になって師匠がバルドルさんに言う。

「ところで、知り合い?」

 テントで眠る人たちを視線だけで示す。
 バルドルさんは「いや……」と難しい顔で答えながら、それでも記憶を探るような顔で視線が下を向く。次いでエニスさんやクルトさんにもどうなのかと尋ねるが、皆も知らないみたいだった。
 金級オーァルダンジョン――しかも未攻略の此処にいるんだから基本的にはプラーントゥ大陸出身の冒険者のはずだ。
 最寄りの街がトゥルヌソルで、俺たちの拠点はそこ。
 普通なら情報が入りそうなものだけど1年近く大陸を離れていたから――。

「師匠こそ見覚えはないんですか?」

 俺たちより一足先に戻っていた師匠の方が情報を持っているのでは、と思って聞いてみるも師匠も知らない人たちだそうだ。それもそうか、知っていたら最初からそう言うだろう。
 金級オーァル同士、情報交換なんかで交流するために顔合わせくらいはするものだってレイナルドさんは言っていて、確かに彼らは顔が広そうだけど俺たちは昇級した経緯が特殊なのと、慌ただしく活動しているせいでそういう機会がなかなかない。
 ダンジョンの中で遭遇したのはある意味では好機かもしれない。彼らにとっては間違いなく幸運だったと思うしね。

「風神、彼らが無事だったのは俺たちを此処まで引っ張って来てくれたおかげだよ。ありがとね」
「ほんとだ。お手柄だったね」
「ありがとう」

 ウーガさんとヒユナさんにも頭を撫でられて、風神は得意顔。
 隣で雷神が「ぐるぅ……」と少しだけ不満そうだった。
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