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第9章 未来のために
269.セーズ(6)
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その話を聞いたのは、バルドルさんから結婚の挨拶のために実家に行きたいと言った時だ。
バルドルさんたちの故郷はトゥルヌソルから約3日の距離にある「ヴィユェッテ」という町で、人口3,000人くらいの、小さいわけじゃないが大きくもなく、住んでいる人の半数が農作業に従事しているという長閑な土地。バルドルさんは物心ついた頃から年回りの近い子たちと4人組で遊んだり農作業を手伝ったりしていたそうだ。
そのうちの一人がエニスさん。
それから、リヒターさんと、ガインさん。二人はイヌ科だったって。
年齢はバルドルさんだけ少し上で、エニスさん達が同じ年齢。だからエニスさん達が12歳になるのを待って冒険者登録、4人はパーティを組んで鉄級から銅級への昇格を目指した。
毎日楽しかったって、昔を懐かしむのはエニスさんもだ。
「いまも楽しいし、幸せって意味では断然こっちだけどな」
ちゅってこめかみにキスされたクルトさんが真っ赤になっていた。
可愛かったです。
それはそれとして、4人が冒険者活動を始める少し前。
ガインさんのお父さんが再婚した。
番は生涯ただ一人の獣人族には珍しいことだったけど、相手は人族と婚姻の儀を受けていて「飽きた」と離縁されたばかりの女性で、彼女には二人の子供がいた。それがウーガさんとドーガさん。つまり俺の故郷風に言うなら二人は人族とのハーフなんだけど、こっちの世界では両親の種族が違うと必ずどちらかに偏るので、それも父親が一人で出て行った理由だとか何とか。
ともあれ女手一つで息子二人を育てるのに四苦八苦していた女性を放っておけなかったガインさんのお父さんが「子育てを協力し合おう」って持ち掛けたんだそうだ。なんせガインさんには年の離れた妹が3人もいて、お母さんとは死別していたから。
獣人族にとって番は唯一無二。
ガインさんのお父さんと、ウーガさんたちのお母さんの間に恋愛感情は欠片もなかったが、子どもは宝、一人前に育てようっていう親同士の絆が育まれるのはとても早かったという。
バルドルさんたちは冒険者稼業の傍ら、ガインさんの新しい弟たちの面倒をよく見ていた。
それは、二人が12歳になると同時に冒険者登録してすぐ自分たちのパーティに迎えるくらい。
鉄級から銅級へ。
成人。
そして全員で銀級へ。
トゥルヌソルのダンジョンにも挑んで自信が付いた彼らは6人で銀級ダンジョンに挑み、……リヒターさんとガインさん、二人が還らぬ人となってしまった――。
「一度に襲い掛かって来た魔物の数が多過ぎたんだ」
その様は、たぶんさっきの状況に似ていて。
「ガインはうちのタンク、リヒターは大剣をぶん回す戦士でな……二人とも魔物の引き付けが巧みだった」
足の速いバルドルさんとエニスさんに幼い二人を託し、彼らが逃げ切れるまでその場を守り続けた。
その後、話を聞いたギルドの職員が現場に駆け付けるも部分的な遺体と装備を回収出来ただけ。遺族は墓に入れてやれるものがあるだけで充分だと伝えたが、守られたバルドルさん達にとってはもう二度とダンジョンに挑むまいと思わせるほど辛い経験だったんだ。
だからこそいろいろあって此処まで来た現在。
金級に恥じない実力を身に着けたいっていう覚悟と、ダンジョンで命が失われることが減れば良いという願望が、彼らの中ではとても複雑に絡み合っている。
◇◆◇
川沿いを逸れて森が途切れた平原をひたすら真っ直ぐに進んでいる内に空の青色がだんだんと薄まって光の残滓に染まっていく。
こういう変化があるから太陽が見えない空でも陽が傾き始めているのだと判る。
第1階層はまだまだ広く、けれど魔物の襲撃が全くないので、警戒は解けなくても随分楽に進めている。
「本当に神気の影響なのかしら。だとしたら効果はどのくらい続くのか……もう応援領域自体は解いているのよね?」
「もちろん。戦闘が終わった時点で」
師匠からの確認に即答する。
「今日はこのまま進めるだけ進んで、一晩経ってからそれについては考えよう。レンの神力の影響が残ってるんだとしても、さすがに明日の朝には消えるだろう」
「そうね」
殿のバルドルさんと師匠が結論を出したことで皆の歩調が若干早まった。
先頭は相変わらずクルトさん。
その後ろにヒユナさんと、さっきまではドーガさんがいて、少し後ろにウーガさんと雷神だったんだけど、いまは二人が反対になっている。なんでだろ。
それから俺と風神、その背にチルル。
エニスさん、師匠、バルドルさんの順番。
たまに師匠や俺が使える草花や木の実に気付いて列を止めてしまうものの、序盤で戦闘に費やした時間分は巻き返せたかな。
人目があるときはそれなりに取り繕うけど、基本的に水場の確保は不要なので、空が完全に暗くなる前に足を止めて、神具『野営用テント』を設置3秒。
「ダンジョン内には他にも冒険者パーティがいるみたいだが此処で遭遇することはたぶんないだろ」
バルドルさんがそういうので、カモフラージュ用のテントは一つだけ。
夕食後の見張り担当は、最初は俺とウーガさん。人数が少ないので今回は俺も参加。テントに入るなりずっと先頭と殿で離れていたバルドルさんがクルトさんにくっついて離れなくなったのが面白かったです。
バルドルさんたちの故郷はトゥルヌソルから約3日の距離にある「ヴィユェッテ」という町で、人口3,000人くらいの、小さいわけじゃないが大きくもなく、住んでいる人の半数が農作業に従事しているという長閑な土地。バルドルさんは物心ついた頃から年回りの近い子たちと4人組で遊んだり農作業を手伝ったりしていたそうだ。
そのうちの一人がエニスさん。
それから、リヒターさんと、ガインさん。二人はイヌ科だったって。
年齢はバルドルさんだけ少し上で、エニスさん達が同じ年齢。だからエニスさん達が12歳になるのを待って冒険者登録、4人はパーティを組んで鉄級から銅級への昇格を目指した。
毎日楽しかったって、昔を懐かしむのはエニスさんもだ。
「いまも楽しいし、幸せって意味では断然こっちだけどな」
ちゅってこめかみにキスされたクルトさんが真っ赤になっていた。
可愛かったです。
それはそれとして、4人が冒険者活動を始める少し前。
ガインさんのお父さんが再婚した。
番は生涯ただ一人の獣人族には珍しいことだったけど、相手は人族と婚姻の儀を受けていて「飽きた」と離縁されたばかりの女性で、彼女には二人の子供がいた。それがウーガさんとドーガさん。つまり俺の故郷風に言うなら二人は人族とのハーフなんだけど、こっちの世界では両親の種族が違うと必ずどちらかに偏るので、それも父親が一人で出て行った理由だとか何とか。
ともあれ女手一つで息子二人を育てるのに四苦八苦していた女性を放っておけなかったガインさんのお父さんが「子育てを協力し合おう」って持ち掛けたんだそうだ。なんせガインさんには年の離れた妹が3人もいて、お母さんとは死別していたから。
獣人族にとって番は唯一無二。
ガインさんのお父さんと、ウーガさんたちのお母さんの間に恋愛感情は欠片もなかったが、子どもは宝、一人前に育てようっていう親同士の絆が育まれるのはとても早かったという。
バルドルさんたちは冒険者稼業の傍ら、ガインさんの新しい弟たちの面倒をよく見ていた。
それは、二人が12歳になると同時に冒険者登録してすぐ自分たちのパーティに迎えるくらい。
鉄級から銅級へ。
成人。
そして全員で銀級へ。
トゥルヌソルのダンジョンにも挑んで自信が付いた彼らは6人で銀級ダンジョンに挑み、……リヒターさんとガインさん、二人が還らぬ人となってしまった――。
「一度に襲い掛かって来た魔物の数が多過ぎたんだ」
その様は、たぶんさっきの状況に似ていて。
「ガインはうちのタンク、リヒターは大剣をぶん回す戦士でな……二人とも魔物の引き付けが巧みだった」
足の速いバルドルさんとエニスさんに幼い二人を託し、彼らが逃げ切れるまでその場を守り続けた。
その後、話を聞いたギルドの職員が現場に駆け付けるも部分的な遺体と装備を回収出来ただけ。遺族は墓に入れてやれるものがあるだけで充分だと伝えたが、守られたバルドルさん達にとってはもう二度とダンジョンに挑むまいと思わせるほど辛い経験だったんだ。
だからこそいろいろあって此処まで来た現在。
金級に恥じない実力を身に着けたいっていう覚悟と、ダンジョンで命が失われることが減れば良いという願望が、彼らの中ではとても複雑に絡み合っている。
◇◆◇
川沿いを逸れて森が途切れた平原をひたすら真っ直ぐに進んでいる内に空の青色がだんだんと薄まって光の残滓に染まっていく。
こういう変化があるから太陽が見えない空でも陽が傾き始めているのだと判る。
第1階層はまだまだ広く、けれど魔物の襲撃が全くないので、警戒は解けなくても随分楽に進めている。
「本当に神気の影響なのかしら。だとしたら効果はどのくらい続くのか……もう応援領域自体は解いているのよね?」
「もちろん。戦闘が終わった時点で」
師匠からの確認に即答する。
「今日はこのまま進めるだけ進んで、一晩経ってからそれについては考えよう。レンの神力の影響が残ってるんだとしても、さすがに明日の朝には消えるだろう」
「そうね」
殿のバルドルさんと師匠が結論を出したことで皆の歩調が若干早まった。
先頭は相変わらずクルトさん。
その後ろにヒユナさんと、さっきまではドーガさんがいて、少し後ろにウーガさんと雷神だったんだけど、いまは二人が反対になっている。なんでだろ。
それから俺と風神、その背にチルル。
エニスさん、師匠、バルドルさんの順番。
たまに師匠や俺が使える草花や木の実に気付いて列を止めてしまうものの、序盤で戦闘に費やした時間分は巻き返せたかな。
人目があるときはそれなりに取り繕うけど、基本的に水場の確保は不要なので、空が完全に暗くなる前に足を止めて、神具『野営用テント』を設置3秒。
「ダンジョン内には他にも冒険者パーティがいるみたいだが此処で遭遇することはたぶんないだろ」
バルドルさんがそういうので、カモフラージュ用のテントは一つだけ。
夕食後の見張り担当は、最初は俺とウーガさん。人数が少ないので今回は俺も参加。テントに入るなりずっと先頭と殿で離れていたバルドルさんがクルトさんにくっついて離れなくなったのが面白かったです。
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