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第9章 未来のために

260.あの日の約束を

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「何事ですかっ」

 僧侶の師匠と一緒にして顔の腫れが放置されていることに驚いて駆け寄ると、ドーガさん本人は不機嫌そうだったが師匠は苦笑いというか、困った顔で笑っていた。

「ドーガさんそれ痛くないんですか? サクッと治しましょう?」
「こんな下らない怪我に貴重な僧侶の治癒なんて使えない」

 早速とばかりに魔力を練って発動するだけだった治癒ソワンが本人に拒否されて霧散する。
 わけが判らずに師匠を見た。
 師匠は相変わらずの表情で軽く肩を竦めて見せた。

「僧侶が二人もいて怪我が放置されてる方が外聞良くないのにねぇ」

 細い針でチクッとするような師匠のセリフに、なるほどそういう言い方もあるのかと学ぶ俺。ドーガさんにも地味に効いている。

「右目の上、顎左、右肩から腕、脇腹に打撲痕、あと右の足首も捻ってるでしょ」
「えっ。そんなにひどいんですか?」
「拒否される前に一通り精査スキュルゥタしているから間違いないわ」

 おお流石師匠。
 本人の自覚がないところまで暴いているのはドーガさんの顔を見れば判る。ふははは、うちの師匠は凄いんですからね!

「その場ですぐに治せるのに、パーティでもない僧侶に治してもらうのは悪いとか治療費払えないとかゴタゴタ言うから仕方なく此処まで付き合ったのよ。レンならパーティメンバーだし支払いも要らないでしょ。さっさと治してしまいなさいな」
「いや、けど」
「もう一度言いましょうか?」

 師匠がぐいっとドーガさんとの距離を詰める。

「僧侶が二人もいて、怪我人放置なんて、私たちの、外聞が、良くないの、判る?」
「……っ」

 一言一句、しっかり聞けと言わんばかりの師匠の迫力に、ドーガさんもとうとう陥落した。




 ドーガさんと師匠が言い合っている途中から周りにいた面々も加わっての、クランハウス中央館大広間。用意していたサンドイッチ、以前の残りを保管していた唐揚げやフライドポテト、フルーツ、飲み物も出して、お昼ご飯。
 約束していたのは俺と師匠だったのに、気付けばバルドルパーティは勢ぞろいだし、アッシュさん、ヴァンさん、ミッシェルさんも参加となって、用意していたサンドイッチだけじゃ全然足りなくて神具『住居兼用移動車両』Ex.のパントリーから作り置きを大量に運ぶことになった。
 最近は地球の食材を使わずに料理することが多くなっていて、持ち出せるものが多かったのは幸いだ。あ、もちろんお米は国産が一番です。お米と調味料だけはどうしても譲れないんだ……!

「で、さっきの怪我はどうした」

 テーブルの上の食事が半分くらいなくなった頃、バルドルさんがそう訊ねた。
 ドーガさんはすごく嫌そうな顔をしたもののこのメンバー相手に隠し通せるとはさすがに思わないみたい。

「難癖付けて来た奴らがいてケンカになっただけだ」
「難癖?」
「……冒険者ランクのこととか」
「ああ」

 納得、という空気が部屋全体に流れる。
 エニスさんが薄く笑う。

「いろいろ言われるのは判ってただろう」
「そりゃそうだけど何も知らない連中に四の五の言われる筋合いないっ、……と思ったら、つい、こう」
「気にする価値無しで聞き流しているだけなのに、それを「逃げた」と解釈する連中もいるしね」

 ミッシェルさんが呆れたように言う。
 彼女も何かしら経験があるのかもしれない。普通の冒険者がどうダンジョンを攻略していくか知れば知るほど女性冒険者には厳しい世界だと思うし。

「だからって魔法使いが拳でオハナシとかどうなん」

 これはウーガさん。
 エニスさん同様に顔は笑っているんだけど、なんだろう、とても怖い。弟がひどい目に遭わされたんだから当然か。

「魔法使いでも前衛同様のトレーニングは積んでる」
「ふふ、お兄ちゃんたちスパルタだもんね」

 ミッシェルさんが笑う。
 でも実際、うちのパーティはゲンジャルさんとウォーカーさん指導のもと前衛後衛関係なくしごかれる。僧侶の俺だって体力や持久力を付けろと走らされるし、万が一に備えて自分の身を守れる程度の体技は身に付けろと実践訓練に放り込まれる。
 逆を言えばそれすら周りには「ズルい」「巧く取り入った」って思われるんだけどね。

「で、勝ったのか」
「当然」
「ふっ。そりゃ上々」
「でもしばらくは似たようなことが続くと思った方がいいわよ」

 アッシュさんが断言する。

「次は相手の人数が増えるかもしれない。同行者がいる時を狙ってくるかもしれない」

 師匠も頷く。
 師匠は「僧侶の薬」を開発する過程でいろんなパーティの治療薬を引き受ける形でダンジョンの攻略数をクリアして金級オーァルになった。表立ってあれこれ言う人はいなかっただろうけど、寄生とか、僧侶は特別で羨ましいといった陰口はいつだってあったらしい。
 
「その度にケンカしてたらさすがに身がもたないでしょ」
「んー、考えたんですが」

 ヴァンさんが挙手して言う。

「外野を黙らせるには実力を示すのが一番手っ取り早いかと思いますし、9の月の攻略開始に先駆けてバルドルパーティだけでセーズに挑んでみてはいかがですか? 目標は転移陣のある15階層で」

 しんと静まり返る大広間。
 その静寂を終わらせたのは師匠だった。

「そうね、それも良いんじゃないかしら。何なら倍でも。30階層までならレイナルドたちが確立させた正しい道順の情報がギルドで買えるし、30階層まで到達済みのレイナルドたちにわざわざ1階層から歩かせるのもね」
「その言い方だとセルリーさんも同行するように聞こえるんだが……」
「そりゃ行くでしょ」

 即答。

「私のあれこれをレンに継いでもらうための条件だもの、セーズを一緒に攻略しましょ、ってね。約束を守るんだから、レンも弟子としてしっかり働いてもらうわよ」
「師匠……!」

 長生きしてほしくて勢い任せにお願いしたダンジョンへの同行だったけど、直接そう言われることがこんなにも嬉しいとは思わなかった。
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