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第9章 未来のために
259.デンワ
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「――というわけで図らずもセーズが金級ダンジョンの中では最難関だという事実が発覚しました」
「なにが「というわけ」なのかはさっぱりだが悪くない情報だ」
翌朝、朝食用のポテトサラダと卵料理を本館の調理場で用意していたらレイナルドさんが現れたのでこれ幸いと昨夜の話を報告したら、そんな答えが返って来た。
「悪くないんですか? 最難関ですよ?」
「5年掛けて31階層までしか行けてないってのは、他の金級ダンジョンと比べて遅い方だと思っていたが、最難関が確定情報ならむしろ順調と言い換えられるからな」
「……そんな、真逆の反応になっちゃいますか」
「未踏破のダンジョン攻略にはそれだけの金と時間と労力が必要なんだ。最難関のダンジョンなら、他と比べて少なければ少ないほど俺たちが優秀ってことだ」
なるほど。
金級どころか銀級以下のダンジョンもほとんど知らない上に先人がしっかり道を示してくれている場所を歩いてくるばかりだったけど、それでもトラントゥトロワの広大で厳しい環境はなかなかに辛かった。
あれを、正解かどうかも判らないまま進むのはひどく辛いものだっただろう。
「まぁおまえがいるだけで難易度は下がりそうだが」
苦笑するレイナルドさんに、俺は慌てて否定する。
「そんなことないと思います。リーデン様の伴侶でも簡単じゃないって言われましたから」
「へぇ?」
「でもレイナルドさんが率いるメンバーなら大丈夫だから楽しんでおいでって」
「楽しめ、か」
その言葉を、どこか挑戦的な笑顔で受け止めたレイナルドさんは確認するように聞いてくる。
「おまえたちは9の月までにセーズに挑むのか?」
「どうでしょう。3日……じゃなくてもう2日後ですね。師匠と会う約束が出来たので、師匠にも聞いてみて、かな?」
「ああ、それがいいな。グランツェたちも一度は入場済みだし、おまえたちのパーティにはクルトがいる。あいつは第4階層まで俺たちと一緒に進んだ経験があるからきっと頼りになるぞ」
「おおっ。心強いです!」
言ってから、昨日の報告を思い出して「あ!」となる。
でも結婚報告ってやっぱり自分の口からするべきことだよね……?
それに……。
「レイナルドさん」
「ん?」
「……あの、……えっと、ちゃんと会えましたか……?」
聞いていいのかも自信がなくてどんどん小さくなっていく声に、レイナルドさんは2、3度目を瞬かせた後で喉を鳴らすようにして笑った。
「あぁ気を遣わせたのか。問題ない、ちゃんと会えた」
「! 判ったんですか?」
「おまえがくれた魔道具のおかげでな」
「まど……え⁈ 電話に出たんですか⁈」
「ぶはっ」
思わず身を乗り出したら吹き出された。
解せぬ。
「なんで笑うんですか」
「いや……デンワっておまえの世界の魔道具の名前だったか」
「ですです」
「くくくっ。それに出るわけないだろ。おまえもエトワールがどうなったか見たはずだが」
言われて思い出すのは命が尽きると同時に姿を変え、乾いた大地に根差した細い木だ。あのままでは遠からず枯れてしまうと考えて、根から掘り起こした彼女を、彼女を俺たちのところまで連れて来た同族の男の子に預けてトゥルヌソルの森人族の森に植樹してもらうべく見送ったのが2カ月以上前の話だ。
「エトワールの木も森人族の森にしっかりと根付いていたぞ」
「! 良かった……っ」
「本当にな」
お互いの表情に安堵の色を滲ませて息を吐く。
俺自身は森人族の生態を正しく理解したと言い切れないのが辛いところだが、それでもたった一つの命だ。無意味に散らされずに済んで良かったと心から思う。
「シューの木からも、いつか新しい森人族の子が生まれる」
いつになく優しい声だと思ったら、ふわりと頭を撫でられた。
「その子は目印を持っているだろうからさ。生まれたら引き取ろうと思う」
「……!」
「これ、ありがとうな」
レイナルドさんが手に乗せている小さな通信用の魔道具がきらりと光る。
どういう意味なのか正確に聞き取ることは出来なかったけど、でも、レイナルドさんの笑顔を見ていると役に立ったのだと思えてとても嬉しかった。
それからの2日間は普段通りといえばその通りで、俺は朝晩の食事の用意以外は終日フリーだけど一人で出歩くのは止められているのでタイミング良く外出しようとしていたエニスさんに同行させてもらったり、クルトさんと本館の調理場でお菓子を作ったり、風神・雷神・チルルのもこふわに癒されながらごろごろしたりなどそれなりに有意義な休日を送ることができた。
そうして迎えた師匠との約束の日。
お昼に合わせて行くというメッセンジャーが飛んで来たので、野菜や肉、果物など種類豊富なサンドイッチを作って待っていたら、たまたま師匠と一緒に帰って来たドーガさんが顔を青紫色に腫らしていた。
「なにが「というわけ」なのかはさっぱりだが悪くない情報だ」
翌朝、朝食用のポテトサラダと卵料理を本館の調理場で用意していたらレイナルドさんが現れたのでこれ幸いと昨夜の話を報告したら、そんな答えが返って来た。
「悪くないんですか? 最難関ですよ?」
「5年掛けて31階層までしか行けてないってのは、他の金級ダンジョンと比べて遅い方だと思っていたが、最難関が確定情報ならむしろ順調と言い換えられるからな」
「……そんな、真逆の反応になっちゃいますか」
「未踏破のダンジョン攻略にはそれだけの金と時間と労力が必要なんだ。最難関のダンジョンなら、他と比べて少なければ少ないほど俺たちが優秀ってことだ」
なるほど。
金級どころか銀級以下のダンジョンもほとんど知らない上に先人がしっかり道を示してくれている場所を歩いてくるばかりだったけど、それでもトラントゥトロワの広大で厳しい環境はなかなかに辛かった。
あれを、正解かどうかも判らないまま進むのはひどく辛いものだっただろう。
「まぁおまえがいるだけで難易度は下がりそうだが」
苦笑するレイナルドさんに、俺は慌てて否定する。
「そんなことないと思います。リーデン様の伴侶でも簡単じゃないって言われましたから」
「へぇ?」
「でもレイナルドさんが率いるメンバーなら大丈夫だから楽しんでおいでって」
「楽しめ、か」
その言葉を、どこか挑戦的な笑顔で受け止めたレイナルドさんは確認するように聞いてくる。
「おまえたちは9の月までにセーズに挑むのか?」
「どうでしょう。3日……じゃなくてもう2日後ですね。師匠と会う約束が出来たので、師匠にも聞いてみて、かな?」
「ああ、それがいいな。グランツェたちも一度は入場済みだし、おまえたちのパーティにはクルトがいる。あいつは第4階層まで俺たちと一緒に進んだ経験があるからきっと頼りになるぞ」
「おおっ。心強いです!」
言ってから、昨日の報告を思い出して「あ!」となる。
でも結婚報告ってやっぱり自分の口からするべきことだよね……?
それに……。
「レイナルドさん」
「ん?」
「……あの、……えっと、ちゃんと会えましたか……?」
聞いていいのかも自信がなくてどんどん小さくなっていく声に、レイナルドさんは2、3度目を瞬かせた後で喉を鳴らすようにして笑った。
「あぁ気を遣わせたのか。問題ない、ちゃんと会えた」
「! 判ったんですか?」
「おまえがくれた魔道具のおかげでな」
「まど……え⁈ 電話に出たんですか⁈」
「ぶはっ」
思わず身を乗り出したら吹き出された。
解せぬ。
「なんで笑うんですか」
「いや……デンワっておまえの世界の魔道具の名前だったか」
「ですです」
「くくくっ。それに出るわけないだろ。おまえもエトワールがどうなったか見たはずだが」
言われて思い出すのは命が尽きると同時に姿を変え、乾いた大地に根差した細い木だ。あのままでは遠からず枯れてしまうと考えて、根から掘り起こした彼女を、彼女を俺たちのところまで連れて来た同族の男の子に預けてトゥルヌソルの森人族の森に植樹してもらうべく見送ったのが2カ月以上前の話だ。
「エトワールの木も森人族の森にしっかりと根付いていたぞ」
「! 良かった……っ」
「本当にな」
お互いの表情に安堵の色を滲ませて息を吐く。
俺自身は森人族の生態を正しく理解したと言い切れないのが辛いところだが、それでもたった一つの命だ。無意味に散らされずに済んで良かったと心から思う。
「シューの木からも、いつか新しい森人族の子が生まれる」
いつになく優しい声だと思ったら、ふわりと頭を撫でられた。
「その子は目印を持っているだろうからさ。生まれたら引き取ろうと思う」
「……!」
「これ、ありがとうな」
レイナルドさんが手に乗せている小さな通信用の魔道具がきらりと光る。
どういう意味なのか正確に聞き取ることは出来なかったけど、でも、レイナルドさんの笑顔を見ていると役に立ったのだと思えてとても嬉しかった。
それからの2日間は普段通りといえばその通りで、俺は朝晩の食事の用意以外は終日フリーだけど一人で出歩くのは止められているのでタイミング良く外出しようとしていたエニスさんに同行させてもらったり、クルトさんと本館の調理場でお菓子を作ったり、風神・雷神・チルルのもこふわに癒されながらごろごろしたりなどそれなりに有意義な休日を送ることができた。
そうして迎えた師匠との約束の日。
お昼に合わせて行くというメッセンジャーが飛んで来たので、野菜や肉、果物など種類豊富なサンドイッチを作って待っていたら、たまたま師匠と一緒に帰って来たドーガさんが顔を青紫色に腫らしていた。
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