生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第9章 未来のために

258.結婚のお祝いに悩んでいたら

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 神具『住居兼用移動車両』Ex.に帰って扉を閉めると、途端に奥から強い神力を感じる。
 リーデン様が帰っているんだ。

「ただいまです!」

 靴を脱ぎ捨てるようにして居間に駆け込み、抱き着く。
 そのつもりで広げていたのだろう腕は少し驚いたようだったがすぐに俺を抱き締めてくれて、すごく近い場所で「おかえり」の声が聞こえて来た。

「どうした、随分と機嫌が良いようだが」
「クルトさんが! クルトさんとバルドルさんが結婚するんですって!」
「おまえの友人たちか、それは嬉しいな」
「はい!」

 嬉しくて、本当に嬉しくてますますリーデンさまにしがみつくように抱き着いた。
 去年の年末にちょっとズルしてクルトさんに雌雄別の儀を受けてもらった後、バルドルさんとはいつ結婚してもおかしくなかった。だけどクルトさんには三年前の、トゥルヌソルに獄鬼ヘルネルを招き入れた結果、住宅街の一角を木っ端みじんに吹っ飛ばし多数の人々の生活を脅かしてしまったという失態から抱えることになった借金があった。
 婚姻の儀を受けると、その借金はバルドルさんにも返済義務が生じてしまう。
 だから完済するまで待って欲しいというのがクルトさんの希望で、バルドルさんは辛抱強くその日を待っていたという経緯がある。

「借金額は相当だったと記憶しているが……」
「はい。でも今回の、オセアン大陸からマーヘ大陸までのあれこれで、ダンジョンの素材だけじゃなく特別手当も出たので、完済出来たんですって!」
「そうか」
「クルトさん頑張ったんです。本当に、……っ」

 思い出すだけで鼻の奥がツンとした。
 本当なら元のパーティメンバー全員で完済すべき借金だったのに、4人は二組の恋人同士で、婚姻の儀を目前に控えていた。せっかく貯めた結婚資金を借金返済に充てたら将来がめちゃくちゃになるからって、全部クルトさんに押し付けてパーティは解散。気付いたらトゥルヌソルから全員いなくなっていた。
 何がどうしてそうなるのさ!
 俺は今でも大して知らないその人たちに怒ってる。
 たとえ最終的に承知したのがクルトさんだったとしても、全部をたった一人に押し付けて逃げた彼らを、俺は絶対に許さない。
 だけどそんなことがあったから、俺は初めて「友だちとのケンカ」という経験が出来た。
「仲直り」も覚えたし。
 腸が煮えくり返るような怒りという感情も。
 他人の恋路を見守る楽しさも。
 そう。
 あれがあってこそバルドルさんとの縁も繋がったんだって思えるから、怒っているけど、恨みはしない。
 下手したら本当に呪いが発動するぞ、とはリーデン様の言だしね。

「何かお祝いしたいんですけど、何が良いと思いますか。こっちのお祝いってどんなのを贈るんでしょうか」
「さて……。あまり物を贈る習慣はないからな。誕生日も言葉で祝うのが主だったろう?」
「そういえば……」
「おまえの故郷では、どんなものを贈るんだ?」
「いろいろありますよ。夫婦でお揃いの食器類とか、新しいおうちで使って欲しいインテリア家具……あ、カタログから欲しいものを選んでねっていうのも多かったはず」
「カタログ?」
「3,000円とか、5,000円っていうふうに決まった金額を送り主が先に支払い済みなので、贈られた人は手元に届いた本の中に乗っている商品ならどれでも注文出来るんです」
「ほう。それは良さそうだな」
「でしょ? さすがにこっちでそんなのは見たことないから無理ですけど……」
「確かに難しいだろうな。揃いの食器ならこちらでも見つけられそうだが」

 少し落ち着いてきたところでリーデン様に促されてソファに移動する。

「食器……でもダンジョンで使うものをお揃いにすると皆の目が生暖かくなる気がします」

 しかも本人たちには「恥ずかしいけど使わないとレンくんに悪い」って気を遣わせてしまう。それではお祝いにならない。
 そうなると二人きりの場所で使うもの?
 二人きり……寝室、寝具、……ラブグッズ?
 いやいやいや。

「どうした?」
「ちょっと頭の中がピンク色になっただけです」
「ふっ。おまえはたまにおかしなことを言う」
「あはは……」

 リーデン様が頭の中を覗くような神様でなくて良かったと心の底から思った。
 ともあれ贈り物についてはまだ時間もあるからゆっくり考えるとして、自分たちの夕飯だ。

「今日は船の料理長さんが教えてくれたスープとパンなんです。一緒に食べますか?」
「ああ。私の分もあるならぜひ」
「もちろんありますよ」

 俺が立ち上がるとリーデン様も一緒にキッチンに立って、支度を手伝ってくれる。

「パンはレンが焼いたものか」
「そうです。かなり前のものだけど、そこのパントリーに入れてあったので焼き立て同然ですよ」
「活用しているようで何よりだ」

 食卓を拭いて、スープとパン、カラトリー、それからシトロンの果実水。
 二人で手を合わせて「いただきます」。

「トゥルヌソルに戻ったということは、しばらくは休みか?」
「3日後に師匠に会って、バルドルパーティで今後の計画を話し合う予定があるだけで他は休み同然ですね。朝と夜は皆の分の食事を用意するつもりですけど。決まっているのは9の月の頭から未踏破の金級オーァルダンジョン「セーズ」の攻略を開始するってことですね」
「ほう。いよいよあのダンジョンにおまえが挑むのか」

 意味深に微笑むリーデン様。
 あれ、何か嫌な予感がしますよ?

「セーズには何かあるんですか?」
「そういうわけではないが、あのダンジョンは19ある金級オーァルダンジョンの中の最難関だから、私の伴侶と言えど苦労するだろうと思ってな」
「最難か……え?」
「あのイヌ科シアンの男が率いるのなら大丈夫だ。楽しんでおいで」
「えええ」

 衝撃の事実に変な声が出た俺を、リーデン様は優しい目で見つめていた。
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