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第9章 未来のために

257.掃除のあとは

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「俺たち、今年の界渡りの祝日に婚姻の儀を受けることにした」
「え――」

 突然の報告に、まずはびっくりして。
 でもすぐに顔が緩んだ。

「婚姻の……って、おめでとうございます!!」
「おめでとう!」
「やっとか」

 俺がクルトさんの手を取ってお祝いしたら、ウーガさんとエニスさんも笑顔で寿ぐ。

「今年の祝日っていつですか? 何日目にするんですか?」

 毎年10の月の満月を中日に、3日間行われる界渡りの祝日。
 一日目は『洗礼の儀』、二日目は『成人の儀』、三日目は『雌雄別の儀』というふうに決まっているが『婚礼の儀』はこれに含まれない。何故ならこの相手と番になりたいと思ったその日に受けられるのが『婚礼の儀』だから、言い換えればいつでもOKなのだ。

「祝日は14、15、16で、最終日の夜に受ける予定だ」

 満月は15日だけど3日目は未来の幸福を祈る日だ。
 他の二日間に比べると儀式を受ける人も少なくなるから教会側も歓迎してくれるに違いない。

「そっか……ふふっ、本当におめでとうございます!」
「ありがとう。レンくんにはたくさん迷惑や心配を掛けたけど……」
「おまえとの縁があってのいまだからな。感謝してる。ありがとう」

 クルトさんとバルドルさんに揃って感謝されただけでもびっくりなのに!

「それを言ったらオレらもレンに感謝してるよ!」
「だな。バルドルに幸せを運んで来てくれてありがとう」

 ウーガさんとエニスさんにまでお礼を言われてしまったら狼狽えずにいられるわけがない。
 いや。
 そんな。
 続けるべき言葉が出て来ない!

「バルドルさんを幸せにするのはクルトさんでっ。あ、バルドルさん、クルトさんを泣かせたりしたら絶対に許しませんからね!」
「肝に銘じておく」

 真面目な顔で言い切ったバルドルさん。
 照れ笑いするクルトさん。可愛い。
 幸せオーラで緩み切った雰囲気だが、よくよく周りを見てみると掃除途中でリビングには家具が積み上げられている。

「しっかし結婚報告が掃除中ってどうなのさ」

 揶揄うウーガさんに、今回ばかりは同意してしまうけど、クルトさん曰く。

「畏まったら逆に言えなくなりそうだし。俺とレンくんの仲だし、ね?」
「ふはっ。そうですね!」
「バルドルが俺たちに畏まるのも想像出来ないしな」
「っていうかそんな空気出して来た時点で熱出したかと思うよね」

 付き合いが長い分だけいろいろと酷い。
 酷いといえばドーガさんだ。
 このままだとドーガさんだけが何も知らないことになってしまう。

「でもせめて全員揃った時にすべきだったかな」
「後で俺から伝えとく」

 申し訳なさそうに言うクルトさんに、バルドルさんが問題ないと言い切ったけれど、そこでまたウーガさんが愉快そうに笑う。

「どうせなら本人が気付くまで内緒にしておこうよ。その方が面白そうじゃん」
「思い出したら伝えればいいさ。それより掃除を続けよう。終わらせないとこの状態で寝ることになるぞ」

 ウーガさんも酷かった。
 通常運転といえばそうなんだろうけど。
 ともあれエニスさんの言うことも尤もなので俺たちは掃除に戻った。掃いて、拭いて、すっかり綺麗になった個室に、リビングの方で磨いた家具を運び入れる。
 その頃にはドーガさんも帰宅したので、片付けに参加。
 全員でリビングの掃除をして、最後にベランダで叩きまくったマットレスをそれぞれの部屋に設置し終えた頃には陽がもう沈みかけていた。

「終わっっ………ったあああ!」

 両腕を上に伸ばして大きな声と一緒に息を吐いたウーガさん。

「お疲れ」
「これで今夜は気持ち良く眠れるね」

 一仕事終えて朗らかに笑い合うバルドルさんとクルトさん。結婚間近の婚約者同士の会話だと思うと俺の顔が勝手にニヨニヨと緩む。いや待てヤバいだろう平常心、平常心。
 動物と戯れるドーガさんを見て清めらるべきだ。

「おまえのおかげで今日からは此処でもゆっくり眠れるよ」

 雷神の頭を撫でながらしみじみと呟いている。
 船では帰って来ても同じ部屋だってことに軽く絶望しかけていたからね。と、浴室から顔を出したエニスさん。 

「風呂入ったから順番に入れ。その後で飯にしよう」
「今日のご飯なにー?」
「外の屋台で何か買ってこようか?」
「あ、今日の夕飯は準備済みです!」

 俺は慌てて声を上げる。

「家の方で仕上げして持って来ます、埃も落としてくるので少し待っててください」
「俺らも風呂入るからゆっくりでいいぞ」
「いつもありがとうな」

 みんなの声を背に神具『住居兼用移動車両』Ex.の扉を顕現をして中へ。
 扉を閉めてもいつもの存在感がないのはリーデン様がまだ帰ってきていないからだ。帰って来る前に全部終わらせたくて、まずは風呂に入って頭のてっぺんから足の爪先まで洗い流し一日の汚れを落とす。
 それから料理の仕上げ。
 船を降りる前に準備して、この部屋のキッチンに置いておいた2つの深鍋がそれだ。船で俺たちの食事を用意してくれていた料理長さんから教えてもらった、こっちの世界の野菜と肉のゴロゴロスープ。食べる直前、温める時に隠し味でこれを入れると良いと聞いた葉を乗せて火にかける。
 たちまち焼き立ての肉から香る、あの食欲をそそる匂いが広がる。

「これは空きっ腹にクる……!」

 準備が出来た鍋を一つずつ、二つとも神具『住居兼用移動車両』Ex.からクランハウスへ運び、一つはバルドルさんたち、一つはレイナルドパーティの皆のところへ。
 主食は作り置いてあったパンで、デザートはダンジョンで残った焼き菓子だ。

「お鍋は明日洗うので水にだけ浸けておいてください。では、また明日」
「おう、おやすみ」
「おやすみ」
「また明日ね」
「ゆっくり休めよ」
「んっんん~!」

 最後、大きな肉を咀嚼中のウーガさんにも見送られて、俺は今度こそと神具『住居兼用移動車両』Ex.に帰宅した。
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