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第8章 金級ダンジョン攻略
閑話:会いに行く(2) side:レイナルド
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初めて会ったのは俺がまだ10代の子どもだった頃。
ハーマイトシュシューは城の文官だった。
非常に真面目で優秀。彼のアイディアで研究・開発された魔道具によって仕事の効率が上がったことを評価され、王から一代限りの男爵位を賜っていた。
森人族はその生まれ故に親兄弟がなく、つまり後ろ盾を最初から持てないことを国の上層部は把握しているから、身柄の保護も兼ねて割と容易に貴族になれる。
しかしそれが事情を知らない下位貴族の妬みや嫉みを煽ることも少なくなく、酷いときには森人族特有の美しい見た目で「お偉いさんに取り入ったんだろう」なんて陰口を叩かれることもあったらしい。
俺がハーマイトシュシューを庇ったその日は、取り入ったと揶揄されていた相手が兄だった。
単純にバカな連中がいるもんだと思っての介入だったが、結果、俺たちは恋人ごっこをするに至った。
愛も献身も要らない。
バカバカしい噂で就業時間に邪魔されることがなくなればいい。
色目を使ってくるくだらない連中が近付かなくなればいい。
そして時々お互いの性欲を発散させる。
都合が良いだけの関係。
それで良かったんだ。
当時既に騎士団に所属して国への忠誠を誓っていた。
俺の剣は国王陛下を守るための武器であり、この命は国民を守るために費やされるもの。
公爵家の三男だった俺にはそう生きる以外に国の役に立つ方法がなく、実際にそう生きてみれば周囲の想定以上に成長が早く実力が高いことが証明され、未踏破ダンジョンの完全攻略を命じられてゲンジャルたちと引き合わされた。
以降はトゥルヌソルに移動し、冒険者登録。
兄が用意した邸で暮らしながら市井のために身を粉にした鉄級時代。
受けられる依頼を片っ端から受けて銅級から銀級に昇級し、その後は金級になるためダンジョン攻略に勤しんだ。
といっても身分上は冒険者活動ばかりしているわけにもいかず、時には煩わしい役目も果たすこともあった。
いよいよ未踏破ダンジョン「セーズ」に挑む権利を獲得してこれを行使したが、未踏破ダンジョンというだけあって難易度が非常に高く思うように進まない。
31階層まで進むだけで5年近い月日が流れた。
ハーマイトシュシューがトゥルヌソルの冒険者ギルドにマスターとして派遣されてきたのがこの頃だ。
傍に居た方が都合が良いと彼は言い切った。
遠く離れていると、別れたと思って良い寄って来る奴がいるから、って。
10年以上の恋人ごっこを終えた今だから判る。
随分と可愛い嘘を吐いてくれたものだ。
更に森の奥へ進む。
魔道具の反応は更に奥だ。
あいつはもう間もなく動かなくなる体でどこまで、……離れようと思ったのか。
奥へ、奥へ。
30分ほど歩いて、ようやく魔道具の気配を肌で感じた。きっと地面に転がっているだろうと思って足元ばかりみていたが、よりしっかり見るために木の幹に手を当てて体を支えながら移動していたところで、ふと気付く。
エトワールの木に比べれば、既に樹といっても差し支えないようなしっかりとした胴回りだ。
堂々と空に向かって枝葉を伸ばす姿は周りの木と遜色ない立派さ。
森人族の木に樹齢は関係ないと知識では知っていても、エトワールのあの細い木を見た後だと咄嗟には確信出来なかった。
だけど、触れた樹皮の奥に確かに感じる魔導具の魔力。
「……シュー」
まさか、手に握ったまま持って行ったのか。
ずっとその手に握っていたのか……?
命が尽きてその身が変化し大地に根付いてなお内側に。
「俺も大概バカだが、おまえも相当だ」
樹皮を撫でる。
温もりも命の鼓動も感じない。
彼の面影などそこには欠片も見当たらない。
なのに疑う余地もなく判ってしまう、目の前のこれが、おまえだと。
「はぁ……」
額を当てる。
ざらついた、冷たい手触り。
失ったものを再認識させられて、思う。
次こそ花を持って来よう。
互いに好きなものの話もあまりしなかったが彼は森人族らしく植物が好きだった。花なら枯れても土に還るから土地を汚すこともない。
それに、死期を悟って此処にきたハーマイトシュシューが暮らした部屋や、荷物をそのままにしているとは思わないが、何かしら彼の私物があるなら預かっておこう。
この木が、新たな森人族として生まれ変わる日がいつになるかは判らないけれど、その子は目印を持っているはずだ。きっとそれを持って生まれて来る。
以前の生の記憶を持っているとか、生まれ変わりなんて現象が実際にあったという話は聞いたことがない。が、彼の木から生まれるなら彼の子も同然だ。
だから――。
「俺が生きている間に生まれて来たら、その時は……家族になろう。良い父親になれるかは判らないが努力するよ。おまえの母親は男を見る目がなかったから、俺が最良の番を見つけてやる」
こんな森の奥深く、独りで何を言っているのかと思うが。
判っていても声に出さずにはいられない。
喋っていなければ、胸が痛くて。
……あぁそうか。
これが、後悔か。
もっときちんと話していれば彼の死に涙が出ただろうか。
好きだと嘘でなく伝えることが出来ただろうか。
なんてことだ。
自覚がなかっただけで後悔ばかりじゃないか。
「っとにな……」
乾いた笑いが零れる。
もう罪滅ぼしにもならないが、今度こそ間違えずに向き合うために。
「……また会いに来るよ」
たくさんの花を持って。
***
読んでいただきありがとうございます。
これにて8章はおしまいです。
次回から9章に入りますが所用で執筆時間が取れないため3日間お休みします。次回更新は12日です。よろしくお願いいたします。
ハーマイトシュシューは城の文官だった。
非常に真面目で優秀。彼のアイディアで研究・開発された魔道具によって仕事の効率が上がったことを評価され、王から一代限りの男爵位を賜っていた。
森人族はその生まれ故に親兄弟がなく、つまり後ろ盾を最初から持てないことを国の上層部は把握しているから、身柄の保護も兼ねて割と容易に貴族になれる。
しかしそれが事情を知らない下位貴族の妬みや嫉みを煽ることも少なくなく、酷いときには森人族特有の美しい見た目で「お偉いさんに取り入ったんだろう」なんて陰口を叩かれることもあったらしい。
俺がハーマイトシュシューを庇ったその日は、取り入ったと揶揄されていた相手が兄だった。
単純にバカな連中がいるもんだと思っての介入だったが、結果、俺たちは恋人ごっこをするに至った。
愛も献身も要らない。
バカバカしい噂で就業時間に邪魔されることがなくなればいい。
色目を使ってくるくだらない連中が近付かなくなればいい。
そして時々お互いの性欲を発散させる。
都合が良いだけの関係。
それで良かったんだ。
当時既に騎士団に所属して国への忠誠を誓っていた。
俺の剣は国王陛下を守るための武器であり、この命は国民を守るために費やされるもの。
公爵家の三男だった俺にはそう生きる以外に国の役に立つ方法がなく、実際にそう生きてみれば周囲の想定以上に成長が早く実力が高いことが証明され、未踏破ダンジョンの完全攻略を命じられてゲンジャルたちと引き合わされた。
以降はトゥルヌソルに移動し、冒険者登録。
兄が用意した邸で暮らしながら市井のために身を粉にした鉄級時代。
受けられる依頼を片っ端から受けて銅級から銀級に昇級し、その後は金級になるためダンジョン攻略に勤しんだ。
といっても身分上は冒険者活動ばかりしているわけにもいかず、時には煩わしい役目も果たすこともあった。
いよいよ未踏破ダンジョン「セーズ」に挑む権利を獲得してこれを行使したが、未踏破ダンジョンというだけあって難易度が非常に高く思うように進まない。
31階層まで進むだけで5年近い月日が流れた。
ハーマイトシュシューがトゥルヌソルの冒険者ギルドにマスターとして派遣されてきたのがこの頃だ。
傍に居た方が都合が良いと彼は言い切った。
遠く離れていると、別れたと思って良い寄って来る奴がいるから、って。
10年以上の恋人ごっこを終えた今だから判る。
随分と可愛い嘘を吐いてくれたものだ。
更に森の奥へ進む。
魔道具の反応は更に奥だ。
あいつはもう間もなく動かなくなる体でどこまで、……離れようと思ったのか。
奥へ、奥へ。
30分ほど歩いて、ようやく魔道具の気配を肌で感じた。きっと地面に転がっているだろうと思って足元ばかりみていたが、よりしっかり見るために木の幹に手を当てて体を支えながら移動していたところで、ふと気付く。
エトワールの木に比べれば、既に樹といっても差し支えないようなしっかりとした胴回りだ。
堂々と空に向かって枝葉を伸ばす姿は周りの木と遜色ない立派さ。
森人族の木に樹齢は関係ないと知識では知っていても、エトワールのあの細い木を見た後だと咄嗟には確信出来なかった。
だけど、触れた樹皮の奥に確かに感じる魔導具の魔力。
「……シュー」
まさか、手に握ったまま持って行ったのか。
ずっとその手に握っていたのか……?
命が尽きてその身が変化し大地に根付いてなお内側に。
「俺も大概バカだが、おまえも相当だ」
樹皮を撫でる。
温もりも命の鼓動も感じない。
彼の面影などそこには欠片も見当たらない。
なのに疑う余地もなく判ってしまう、目の前のこれが、おまえだと。
「はぁ……」
額を当てる。
ざらついた、冷たい手触り。
失ったものを再認識させられて、思う。
次こそ花を持って来よう。
互いに好きなものの話もあまりしなかったが彼は森人族らしく植物が好きだった。花なら枯れても土に還るから土地を汚すこともない。
それに、死期を悟って此処にきたハーマイトシュシューが暮らした部屋や、荷物をそのままにしているとは思わないが、何かしら彼の私物があるなら預かっておこう。
この木が、新たな森人族として生まれ変わる日がいつになるかは判らないけれど、その子は目印を持っているはずだ。きっとそれを持って生まれて来る。
以前の生の記憶を持っているとか、生まれ変わりなんて現象が実際にあったという話は聞いたことがない。が、彼の木から生まれるなら彼の子も同然だ。
だから――。
「俺が生きている間に生まれて来たら、その時は……家族になろう。良い父親になれるかは判らないが努力するよ。おまえの母親は男を見る目がなかったから、俺が最良の番を見つけてやる」
こんな森の奥深く、独りで何を言っているのかと思うが。
判っていても声に出さずにはいられない。
喋っていなければ、胸が痛くて。
……あぁそうか。
これが、後悔か。
もっときちんと話していれば彼の死に涙が出ただろうか。
好きだと嘘でなく伝えることが出来ただろうか。
なんてことだ。
自覚がなかっただけで後悔ばかりじゃないか。
「っとにな……」
乾いた笑いが零れる。
もう罪滅ぼしにもならないが、今度こそ間違えずに向き合うために。
「……また会いに来るよ」
たくさんの花を持って。
***
読んでいただきありがとうございます。
これにて8章はおしまいです。
次回から9章に入りますが所用で執筆時間が取れないため3日間お休みします。次回更新は12日です。よろしくお願いいたします。
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